He83245世界 英雄帝国 【再会】
目を開いた。
両手両足、身体が思うように動くことを確認したうえで、自分の身体の感触を手探りで判断する。
万が一にも「事故」に遭っていて、自分の器に羽や角といった変異が見られておりそれに気が付かなかったとあっては目も当てられない。
判断に数秒、問題のないことを確認して僕はようやく顔を上げた。
目の前にはIh014の姿。なんだか久しぶりな気がする。
彼女には生気がなく息もしていない。意識がまだこちらに着いていないということだ。
今回の任務は大規模転移事案とのことで、転移者の数は20人。
転移者20名は元の世界において同じ学校の同じ学級に通っていた小集団であり、転移直後からその神秘性により国で破格の好待遇を受けているのだとか。
そして僕たちと合同で任務にあたるエージェントAa015 とIh030の二名は、僕たちよりも先に現地入りして動いている。
この世界で僕たち4人のエージェントの器はそれぞれが有数の上質な肉体として適応できそうだということ、さらに相性良好の四人のエージェントを投入するということで、敵の数こそ多いもののスムーズな任務達成が期待されているとのこと。
ただ、そんなことはいっそのことどうでもいい。
「ヨツヤ、ケンスケ……。」
空を見上げるようにして首を傾ける。
周囲は背の高い木々の立ち並ぶ薄暗い森で、少なくとも今は僕とIh014以外に人の気配は無いように思えた。
だからというわけではないけれど、その名を一人、ポツリと呟いてみる。
そう、僕の、エージェントAa004の本当の名は四ツ谷健佑。
冴えない人生を送り、あっけなく人生を終えた男。
大丈夫、もう忘れてなどいない。今度こそしっかりと覚えている。
思考を張り巡らせる。
意識の海で僕と会話する、あの人物はいったい何者なのだろうか。
転生撲滅委員会の一員として転移・転生者を殺し続けることは、果たして本当に正しいことなのだろうか。
そして全知ストリングスの忠告、記憶を思い出したことは誰にも悟られないように。
これは裏を返せば、記憶を取り返したことが転生撲滅委員会に知られれば、僕は不穏分子という扱いで処分をされるということではないのだろうか。
わからない。わからないことが多すぎる。
けれどまるで霧が晴れたかのように思考を巡らせることができる。
不安と焦りばかりが加速するそれが良いことか悪いことかは別にして、だが。
「ん……あ。先生、お久しぶりです。」
どれだけ一人で考えていたのだろう。
もしかしたらその時間は1時間よりも長かったのかもしれないし、もしかしたらせいぜい5分やそこらといったものだったのかもしれない。
考えにふけるという行為は時間の流れをつかむのが難しい。
「ああ、久しぶり。おはよう。」
目を覚ました彼女にそう告げる。
……エージェントとして過ごした決して少なくない期間、ずっと記憶を失っていたからだろうか。
思えば生前に苦手だったはずのコミュニケーションも、人並みにはできるようになっている自分に気付く。
「前回の任務は大変な目にあったそうだね。」
「いえ、そんなことは……」
ありません。
そう言おうとして口をつぐんだ彼女は、もう一度言葉を選びなおした。
「はい、大変でした。それはもう、消えてしまいたいくらいに。」
「そっか。
……僕は仮にも先生なのに、そんな時に側にいてあげられなくてごめんね。」
「いえ、そんな。先生だって、大変な任務をこなしてきたところだと聞いています。」
お互いに少しよそよそしい、そう感じる。きっとむこうもそうだろう。
きっと僕たちはどちらも疲れているのだ。精神が、そう、意識が。
けれどポツリポツリと言葉を交わしていく中で一つ、彼女の目に何か覚悟のようなものを感じた話題があった。
「ところで僕はこの世界でいつもどおりフォーと名乗るけれど、どうする?
世界観としては、どんな名前でも不自然は無いそうだよ。」
「アデライーデ。そう名乗ります。」
即答だった。
それはこの世界で名乗る名前の話題。
ただ、慣れないと呼びにくいかもしれないので、愛称としては今まで通りアイと呼んでください。
そう付け加えはしたが。
そんな時、森の奥から人の気配がした。
足音を立てて近寄ってくるその男は白髪で腰の曲がった老人。
ただしその顔には不気味な笑みを張り付けている。
「ほっほっほ。お二方、お初にお目にかかります。」
僕たちと一定距離を取った老人は頭を下げてこう言った。
「イガラシ様のご友人ということで、お迎えに上がらせていただきました。」
「……イガラシ?」
怪訝な顔をするアイ。
ただし、僕にはそれで伝わった。