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“4”の記憶倉庫 その四 「あなたへ。」

 中学校生活に良い思い出が無い人間は、高校こそは楽しく過ごせるようにと切に願う。

 しかしこれは僕の持論だが、そういったことを願う時点でその願いはほぼ叶わない。

 なぜなら本当に楽しく過ごせる人間にとっては学校生活が楽しいことは当たり前で、楽しく過ごせるように頑張らなけらばなどと思うことはないからだ。

 だからこそ彼らは自然体で過ごすことができ、そしてそこに馴染むことのできない少数派の人間のことを理解できない。


 そして中学校生活・高校生活ともに良い思い出が無い人間は、今度は大学こそは楽しく過ごせるようにと切に願う。



「母さん、父さん、もしも僕が第一志望の大学に受かったら、一人暮らしをさせてほしい。」



 人によっては地元から離れた大学に通うという一大決心をしてまで、平穏で人並みな青春の時間を望むだろう。

 一度人間関係や周りの目をリセットして、新たな一歩を踏み出すためにあえて地元を離れるのだ。

 そう、この時の僕みたいに。


 ……だが先ほどの持論の通り、僕の生活は大学でも孤独を極めた。

 なんてことはない、結局は積極性や協調性、そういったものが足りていなかったというだけの話。

 結局のところ他者を呪い、世界を呪い、そして自分自身に嫌気がさしながらも延々と流れていくだけの時間を変えることはできなかったのだ。



「転生、かあ。」



 目の前には絶望しきった顔の、自室で読み終わった小説を放り投げて呟く自分がいる。


 転生。

 それはきっと社会に、いや、世界に上手く溶け込むことのできなかった人間が一度は思い描く夢なのだろう。

 僕の居場所はこんな世界ではない。

 もっと充実した、もっと楽しい、もっと満ち足りた人生が送れるはずなんだ。

 きっとそんなことを思う人間が少なからずいるからこそ、こんなにも世の中にはそれをテーマとする作品が溢れるのだ。


 ……いっそ試しに、トラックにでも轢かれてみようか。


 この時の僕はそんな馬鹿なことを考えていたんだ。

 けれどいくらこの世に絶望しているとはいえ、自殺なんて勇気のいることができる気概が僕にあるわけもなかった。


 そして、また場面が切り替わる。



「ああ。」



 切り替わると同時に僕の口からは自然と言葉がこぼれた。

 ああ。そうだった。



「まもなく、2番線を、列車が通過します。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください。」



 そこは電車を待つ駅のホーム。

 特別に人が多いわけでもなく、何か変わったこともない。

 誰に押されたわけでも、何かにつまづいたわけでも決してない。

 だけど僕はこのホームで命を落としたんだ。



「お、おい!人が線路に落ちたぞ!?」


「ちょっ、えっ、どうすんのこれ?」


「何あれヤバくない?」


「マジやばーい。」



 自殺をしようとしたわけじゃない。

 この日に何か特別に嫌なことがあったわけでもない。

 ただこれは経験した人間にしか理解できないことなのだろうが、心が疲れ切っているとき、無意識のうちに線路へと歩みを近づける自分に気付くのだ。


 そしていつもなら途中でハッと気付くところを、この日の僕は自分が線路に落ちるその時まで気付かなかった。

 だから死んだ。それだけだ。



 ブツリと映像が切れたように、目の前が真っ黒になる。

 これで、僕の生前の記憶は終わりなのだろう。











「残念ながら、キミは転生できない。キミの意識はこのまま消えゆくのみだ。」



 僕の目の前は黒のまま。

 けれど突然、声が聞こえた。

 この声は、意識の海のアイツの声。


 ……「アイツ」?

 そういえば僕は、意識の海で僕に語り掛ける声の主の名前を知らない。

 彼?が何者かも知らない。

 そしてそのことに対して何も疑問を持たないでいた。

 その事実に今、この瞬間に初めて気づいた。気づくことができた。



「けれど、この世の中には本当に転生できる人間もいるんだよ。」



 この声は当時の僕に話しかけているのだろう。

 あくまでもこれは僕自身の記憶、過去の会話なのだ。



「もしも本当に異世界転生・異世界転移が現実的に行われているとして。

 しかしその機会は誰にでも平等に与えられているものではなく。

 さらに言うなら自分にはその機会が与えられておらず、他の誰かが満喫しているさまを指をくわえて見ていることしかできない――

 そんな状況に、僕たちは置かれているとしよう。」



 そう、過去の会話。

 けれど、どうして今まで忘れていたのだろう。



「憎いよね、恨めしいよね。

 ぐちゃぐちゃにしてやりたいよね。」



 こんなにも、こんなにも強く、突き刺さるような内容であるのに。



「さあ、手を取ろう。

 僕たちは同志。

 この狂った歪みを、正しに行こうじゃないか。」



 言葉が出たわけではない。

 けれど当時の僕は、強く強く肯定した。



「いい返事だ。キミを歓迎するよ。

 ようこそ、転生撲滅委員会へ。」



 この声、場面を最後に、今度こそ僕の記憶の旅はおしまいのようだった。それは直感で理解できた。


 ――記憶を取り戻した後には色々と疑問が浮かぶと思うけど、記憶を思い出したことは誰にも悟られないように。


 最後に全知のありがたい忠告を思い出して、僕の意識は落ちていく。

 再びあの場所、意識の海へと。

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