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“4”の記憶倉庫 その三

「サッカーの他に、やりたいことがある。そのためにもっと勉強して、良い高校に入りたい。」



 それが中学生の時、サッカー部を辞める理由として親に言ったセリフだ。

 そしてあり余った時間で小説、漫画、ゲームなどの娯楽に手を出しつつも、親の目を気にして勉強を続けた結果。

 僕は地元でそこそこ有名な進学校への入学を果たしたのだ。


 そうだった。懐かしい。

 そういえば勉強を続けられた一つの理由に、進学校なら不良はいないだろう、少なくともイジメられることはないだろう、そんな藁にも縋るような願いもあったんだっけか。



「四ツ谷健佑です。趣味は読書です。よろしくお願いします。」



 高校一年生の四月、教室での風景が流れる。

 場面はそれぞれの自己紹介。

 一切の面白みのないこの自己紹介は間違いだったのだろうか。

 そんなことを考えてしまう理由は、この先を観る前から直感的に理解していることがあるからだ。


 僕の記憶には、楽しい高校生活なんてものの記憶はない。


 イジメられることは、たしかに無かったんだ。そういう意味ではこの進路は間違ってはいなかった。

 けれどきっと、もっと他にも良い選択肢があったのだろう。そんなことを考える。

 目の前の随分と大きくなった僕自身が一人で机にうずくまり、寝たふりをする光景を見ながら、だ。



「なあ聞いた?昨日、ナオキのヤツがデートしてるとこが目撃されたんだと。」


「へえー、いいねえ。お相手誰なん?」


「なんか女テニ部の部長らしいよ。」


「年上かよ!やるぅ。」



 羨ましい。僕もその輪に入りたい。

 そういった机に伏した僕自身の思考が、手に取るようにわかる。

 けれど自分自身、それが無理だと考えてしまっていることだってわかっている。

 ……いや、そう決めつけてしまっていたのだ。あの頃の僕は。


 自分の手に入らないものを見ているということは辛い。

 だからこの当時、僕は閉じた自分という世界の中でたたひたすらに、他者を呪っていた。


 死ねよ。死ね。

 僕以外の人間なんて、僕に優しくないすべての人間なんて、いなくなってしまえ。

 そんな風に。

 それも自分に危害を与えたわけでもない、ただ普通に高校生活を過ごしているだけの他人に対して。



「そうだ、四ツ谷、これ。」


「え。な、なに。」


「この前休んでただろ?先生に休んでた日のプリント渡しとけって頼まれててさ。」


「あー、ありがとう。」


「おう。」



 いじめられている中学生の時とは違い、他の人間と喋れないわけではない。

 けれど小学生のように自然と人の輪に入ることができるわけでもない。

 事務的な会話を除いてマトモな会話を交わした覚えはなく、ただただ辛い日々が過ぎた。

 特に文化祭や体育祭は苦痛そのものだったようで、目の前に映る当時の僕の表情はまるで今にも死んでしまいそうなくらいだった。



「大学受験のために、高校を休んで自習したいんだ。学校の授業だと、大学受験の役に立たなくてさ。」


「そんなことしていいの?」


「みんなけっこうやってるよ。だからもしも担任から電話かかってきても、ごまかしといてほしいんだ。」


「へー、そう。わかったわ。」



 この場面はそう、高校3年生になり母親を説得して、学校をさぼるようになった場面だ。

 学校という自分の孤独を自覚させられる環境に嫌気がさした僕は、この後学校には行かず塾の自習室でひたすら勉強をするという日が増える。

 僕はいわゆる不登校生徒だったが、親に学校に居場所が無いと知られ惨めな思いをすることも嫌だった僕はほどほどに学校にも行っていた。

 我ながら中途半端で情けない奴だ。

 ただ、それでも当然学校から電話はかかってくる。



「健佑、先生が少しかわってほしいって。」



 ある日、朝早くに担任から自宅にかかってきた電話で、僕は言われた。



「四ツ谷君、あなたこのままだと卒業できないですよ。」



 何か悩みでもあるの、だとか。

 先生は味方だから学校においで、だとか。

 それは心の底ではまだ何かを期待していたのかもしれない僕の心を打ち砕いた言葉だった。



「……どれくらい出れば卒業できますか。」


「残りは三日に二日くらいは来ないと……あ、でももちろん学校には毎日来ないと、」


「三日に二日ですね、わかりました。」



 電話を切った僕はその日以降、三日に二日は学校に出るようになった。

 ただし、HRのある日は必ず休んだが。


 文化祭、体育祭、球技大会、そして日々の何気ない毎日等々。

 世間一般で言うところの青春の時をただひたすらに孤独に過ごした僕は、他者を呪い、世界を呪い、そして自分自身に嫌気がさしながらも延々と勉強した。

 自分でも驚くべきことだが、高校では友達と呼べる人間は本当にただの一人もできなかった。


 ただしその甲斐あってか、僕は国内有数の有名大学に現役で合格することになる。

 今度こそその先に、明るい未来があることを信じていた。

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