1日目 異世界一日目にして就職先を獲得しました
石造りのようだがコンクリートも使われているように見える、太い柱で支えられてはいるが、天井は低く3m程だろうか。ゲームで見るギルドのようなカウンターがあり、そこには15、16歳ほどに見える少女が受付をしていた。挙動不審なくらいにあたりを見渡していると、少女がこちらの存在に気付いたのか声をかけてきた。
「新しい転生者の方ですね!アスタルクへようこそ!こちらで、転生者登録をお願いします。」
カウンターからはそれなりに距離があったがよく通る元気のいい声だった。その声につられるように俺は彼女のもとへ向かった。
近くで見るとよくわかるが、快活な雰囲気のその少女は間違いなく美少女と言っていい美貌の持ち主だった。しかし、綺麗ではあるが近寄りがたい感じはなく、むしろかわいらしいというのが近いかもしれない。だが、それ以上に目を引くのは彼女の服装のほうだった。1800年代とは言っていたがなるほど、シャツの胸元は緩くきれいな肌があらわになっている。と、ここまでわずか数秒で確認し、まるで自分は女性に興味などない紳士ですよと言わんばかりに声をかけた。
「初めましてお嬢さん。確かに私は転生者ですが、どうしてそれがわかったのですか?」
声をかけられた時より抱いていた疑問をとりあえず投げかけてみた。
そういわれると少女は少し笑うと、
「後ろを振り返ってみるのはいかがでしょうか?初めてのものがみられると思いますよ!」
実にかわいらしいその少女から目をそらすことを忍びなく思いながら振り返ると、そこにはいかにも魔法を使っていますよと言わんばかりの魔法陣が描かれた台座があった。周りは少し光っていて蛍が飛んでいるようである。
「これはすごいな!これが魔法か!」
先ほどまでの紳士的雰囲気など忘れてついテンションが上がってしまった。しかし、これも仕方のないことだろう、だって生まれてこの方魔法なんて見たことがない。当たり前だ、前の世界にそんなものなかったんだから。しかし、自分のテンションがおかしなことになっていることに気付いて少し恥ずかしくなったが、それでも少女は笑顔で答えた。
「はい!そうですよ!はじめてこちらの世界に来られた方は皆さん同じような反応をされるんですよ。それで、来られたばかりに申し訳ないのですが、転生者登録をお願いしてもいいですか?」
「転生者登録?」
確かに、最初に少女はそのようなことを言っていたなと思っていると少女が続けて、
「はい!転生者登録です。初めてこちらの世界に来られた方には転生者登録をお願いしているんです。そちらの世界のゲームというものでいえば、冒険者登録とかギルドメンバー登録というものでしょうか。あなた様のステータスを登録させていただいたうえで、こちらの世界での存在証明書の発行を行うんです。証明書といっても出したり消したりできるカードのようなものなんですけどね。」
なるほど、実に分かりやすい。しかし、こんなシステムまであるということは、よほど転生者が多いのだろう。転生者が多いほど、自分の選んだ異能力の意味は増すのでありがたい。
「分かりました。それで、その転生者登録というのは、どうすればいいんですか?」
「簡単です!こちらの用紙に手をかざしてオープンステータスと唱えてください!」
そういわれ羊皮紙のようなものに手をかざして唱える、
「オープンステータス」
すると、その紙に俺のステータスが写された。
「はい!ありがとうございます!アンリさん?ですね!これからよろしくお願いします。ステータスの詳しい確認をするので少々お待ちください。」
そういって、後方の扉の向こうに去っていった。
ところで、俺の名前はアンリではなく、安利なんだが、神様が異世界に合うように読みを変えてくれたのだろうか、まあなんにせよこれからはアンリと名乗っていこう。姿があまり変わっていないので生まれ変わった感じがしていなかったが、名前が変わるとなかなか違っていいものだ。そうして、異世界転生したのだということをかみしめつつ、少女が戻ってくるのを待っていたが。次に少女が戻ってきたとき、少女が持ってきたものは一枚の紙と、先ほど以上の笑顔だった。
先ほどの受付の少女が笑顔で駆け寄り一枚の紙を机にたたきつける、
「アンリさん!無職ですよね!就職!しましょう!うちに!」
さっきまで俺のテンションの高さをほほえましそうに笑っていた彼女のテンションが今度はおかしなことになっていた。俺が面食らって返答に困っていると、彼女はさらに、先ほどのステータスを写した紙を眼前に広げて見せた。
「これです!この異能力です!異能力無効化!これこそうちに必要な人材なんです!というか、アンリさんはこの世界での生き方を知らないですよね!うちが全部サポートしますから、お願いします!うちで働いてください!」
そういって彼女はまた机の上の紙をたたいた。一体先ほどまでの彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。快活な雰囲気はあったがやはり彼女の素はこういった感じなのだろう。というか、さっきから彼女はここで働いてほしいようだがそもそもここは何の仕事をするところなのだろうか。それを聞かないことには始まらない。
「落ち着いてください!ここで働くってそもそも何をすればいいんですか?」
そういわれて、はっとしたような表情を一瞬して少女は落ち着いたようで、少し恥ずかしそうにしながら答えた。
「すみませんでした、ですが、どうしてもアンリさんに働いてほしい理由があるのです。」
そういって深刻な表情をする彼女の話を聞かない理由はない。
「かまいませんよ。続けてください」
「はい。アンリさんも、ご存知だと思いますが、今この世界では増えすぎた転生者が問題になっているんです。その中でも、神様にもらった異能力を悪用する人たちがいるんです。うちの仕事はそういった人たちを取り締まることで、先ほどの転生者登録もその一環なんです。」
「なるほど、しかし、転生者は異能力を持っているために取り締まるのが難しいから、俺の異能力無効化が欲しいと、そういうことですね?」
「はい。そのとおりです。ですのでお願いします。この世界で生きるためのサポートを全力でさせていただきますので、ぜひうちで働いていただけませんか?もちろんお給料もでますし、完全週休二日制ですよ!」
完全週休二日制、実にいい響きだった。しかし、そんなことは関係なく俺はすでに決めていた。なんといってもここで働けばこのかわいい少女と毎日一緒である。それだけで働かない理由などなかったのだ。だから、俺はできる限りのさわやかな笑顔で答えた。
「ええ、かまいませんよ。こちらこそよろしくお願いします。」
「本当ですか⁉本当ですね!それではこの契約書をよく読んでサインをお願いします!」
その契約書には給料と休暇のシステムなどが記されており辞める際の決まりなども書かれていた。それをさっと読みサインをして差し出すと少女は今まででもっと良い笑顔をしていった。
「アンリさん!これからよろしくお願いしますね!」
「あぁ、えっと。すみませんがまだ名前を聞いていませんでしたね。なんとお呼びすれば?」
「フェリアです!」
「わかりました。フェリアさん、これからよろしくお願いします。」
「はい!あらためてよろしくお願いします!」
そういってはにかむ彼女の姿は何物にも代えがたく、つい数時間前に自らが死んだことなどもう頭の片隅にさえ残らないほどであった。
「それではこちらについてきてください!」
そういって先ほど彼女が消えていった扉のほうに歩いていく、しかし、突然振り返りこれまた抜群の笑顔で言った。
「ようこそ!異世界転生者管理課へ!」