0日目 まだ無職なので業務日誌なんてありません。
眼下に広がる光景が、自らの状況を鮮明に伝えている。否が応でも理解せずにはいられない。死という現実を、直視せねばならなかった。死因はただの交通事故。自分に非はなかったはずだ。運転手の居眠りか、わき見運転か、事故の原因はわかりはしない。ただ、そこには無残な自分の姿とそれを見つめる自分がいるだけである。
「俺が何をしたっていうんだよ」
受け入れがたい現実に、漏れた言葉は自らに非はなかったという、もはや何の意味も持ちはしないものだった。
こんな時に、ライトノベルの主人公ならば、
「俺は死んだのか」
「異世界転生キタ」
「トラックとかべたじゃない?」
と、すぐに自らの置かれた状況を理解し、死を受け入れたのだろう。しかし、彼に限ってそのようなことはない。彼もそういった本や漫画、アニメを好んではいたが、ただの人間である。自らの死をすぐに受け入れられはしないし、異世界転生だとか頭のおかしなことも言いださない。唯々自らの受け入れがたい現実に、冷たくなった彼の現実に、頭を熱くするばかりであった。
彼が死んでからどれだけの時間が過ぎただろうか、彼の前から現実は消え去り、そこには光が広がるだけの、それだけの空間があった。
ああ、これは夢だ、そうに違いない。俺は死んではいない。これはきっと朝の光で、もうすぐ目が覚めるのだろう。そう思い、思い込ませた。しかし、目が覚めることはなく、眩しいだけの空間に俺はいた。
「夢でいいだろ」
そう呟きはするが、俺自身が死んだことなど分かってはいるのだ。あのときの、体を引き裂かれる痛みが、内臓が破裂して走る痛みが、悪寒が、それらの生きていると思わせてくれた感覚が、一瞬で消え去ったあの瞬間が、夢のはずがないからだ。それでも、分かることと受け入れることとは別のことだ。
「受け入れられるかよ、自分の死なんて……」
自らの死を受け入れられない彼にも、そろそろお決まりの展開が必要ではないだろうか?
事実は小説よりも奇なりという言葉があるのだから、彼の人生が小説よりつまらないものであってはならないのではないだろうか?
せめて、小説程度には面白おかしく、劇的な、小説的な人生を送るべきではないだろうか?
ならば与えてやろうではないか。何千何万と紡がれた物語を、数えきれない人の人生の数と比べればまだまだ少なすぎる世界を、彼にも等しく、異世界転生を。