7話 熱視線
最近は一晩眠るうちに魔界にいられる時間が3日間までのびた。
こうなってきたらどちらがメインの生活なのか分からなくなってくる。
「再来月、夜会を開催する事となった。これからは夜会に向けた準備もよろしく頼むぞ!」
本体の眠る世界は間もなく8月を迎える。やっと二重生活に慣れてきた頃魔界で勉強の合間お茶をしていると執務を終えたイザークが部屋に入ってくるなりこう告げた。
「夜会…って?」
「言ったろ?コトネの召喚は国の一大イベントだったって。あれからしばらく経ったから国民が早くコトネに会いたいとうるさいらしい。」
いきなりの夜会という私にとっては非日常的な単語に背筋が凍る。
「え…?ちょっとイザーク、その夜会って何するの?皆でご飯?」
「貴族のみだが招待客は膨大になるからパーティーってところだな。もちろん、コトネは俺と踊るんだからな」
「まぁ、素敵ですわね!さっそくドレスや小物を考えましょう!」
「それでしたら仕方ありませんね。しばらくはマナーやダンスの時間を増やしましょう」
アンナとサンタさんはイザークの知らせに喜んでいるが私はそれどころじゃない。
「あの、私座学とか魔法の勉強は楽しさもあって頑張ってるんだけど…ダンス…はその体育の成績万年1だったんでちょっと…」
きっと私の顔は真っ青だろう。じわりと冷や汗が出るのを感じるがイザークは楽しみなのかいつにも増してテンションが高い。
「どうした?コトネ。体育だとか万年1はどういう意味かわからんが大丈夫だ!優秀な講師をつけるからな!」
アンナはさっそくデザイナーに話をしてくると、サンタさんはマナーとダンスの講師を呼んで日にちの調整をしてくると言ってそれぞれ足取り軽く部屋を出ていってしまった。
残されたのは私とイザークだけ。私が青ざめた顔をしている意味が分からないとばかりにイザークは不思議そうに首をかしげると私の髪の毛を撫ではじめた。
「あのねイザーク、特にダンスは期待しないでね!」
「ダンスなんて俺のリードに合わせていればいいんだ。心配するな。最高に可愛いコトネを皆に見せてやろうな」
どうしよう、全然伝わってない!とてつもなく心配だ!運動音痴な遺伝子が怨めしい…!!
・・・
(1.2.3、1.2.3…)
ダンスの先生を相手に頭の中でリズムを刻みゆっくり踊って練習をする。
「あれっ?ちょっ…まって」
ターンが入ったところで頭の中で反復していたリズムが乱れて足がもたつく。
「ターンまではとってもお上手に踊れていましたよ。もう少し速いテンポでもう一度行いましょうか」
「ま、待ってください。速いテンポはまだ頭と足が追い付かないのでまだゆっくり練習したいなぁ…って」
お城に使える先生達は皆素晴らしい方ばかりだ。
ダンスの先生もとっても丁寧に教えてくださっているのに私が付いていけない。本当に情けない…。
(夜に自室でも一人で自主練してるんだけどなぁ)
今日もみっちり先生に付きっきりで3時間はダンスの練習をしてから自室に戻る。
「ねぇアンナ、私の気のせいでなければ今日の練習中すごく視線を感じていたのだけれど…」
自室へ帰る途中の廊下で、常に一緒に行動してくれているアンナに近づき声を押さえて話す。イザークがダンスの練習中に顔を出すことは多々あるが毎回きちんと声をかけてくれる。昨日まではそんな視線は気にならなかったのが今日になってやたらと見られている気がする。
「コトネ様お気づきでしたか…。ダンスの練習のに気が行っているといいなと思っていたのですが」
練習は集中して頑張っている!でもそれ以上になんていうか熱視線を感じてしょうがない。現に今も…。
もしや!と思いくるっと上半身のみ後ろを振り返るが、廊下に人影は見当たらずシーンと静まり返っている。
「…誰もいないわね」
「コトネ様あの、多分お相手の方もお上手に隠れているのかと…。」
「誰か見当がついてるの?」
歩く速度を弱めてヒソヒソとしゃべる。
「あの、今朝リネン担当の者達が忙しくしていまして何かあるのかと伺ったところ親しくしている近隣領地のご令嬢がなにやら急にこちらにお泊まりになる事が決まったとかで。
そのご令嬢といいますのがかねてよりイザーク様をお兄様と慕っている方でして…もしかしたらコトネ様の所にいらっしゃるかもしれないと思ってはいたのですが、まさかこのような形でとは…」
こうヒソヒソしていては全く話が進まない。アンナにはこの角を曲がったら私に構わず真っ直ぐ歩くようにとお願いして一つ作戦をたてた。
この角を曲がるとすぐに階段がある。曲がったところで身を潜めていれば…
ひたひたと足音が近づいてくる。
時おりヒールの音がするのでつま先立ちで歩いているようだ。足音が角まで近づき、アンナの後ろ姿見付け私がいないことに気づいて慌てて角を曲がって追いかけようとするところで…
「やっだー!道を間違えてしまったわ!アンナ待ってぇ!」
(うーん、演劇の練習も必要かな?)
私が棒読みで階段から廊下に出ると廊下には驚いた顔をした可愛らしい女の子が大きな瞳でこちらを見ていた。
「あら、どちら様かしら?はじめまして、コトネ・サクライでございます。」
マナーで教わった教科書通りの挨拶をする。
「は、はじめまして。わたくしユリアーナ・クリスティ・シュタイーヒでございます。」
緩やかなウェーブのかかった綺麗な赤い髪の毛に大きなリボンをつけドレスも女の子らしいフリルの多いものを着ている。見た目年齢は10代後半といったところだろうか?
「ところで、ユリアーナ様何か私にご用がありまして?」
ダンスだマナーだと心身ともに疲れているのでなんだかもう色々とめんどくさくなり直球で聞いてしまう。
「何もありませんわ!たまたま私の行く先にコトネ様がいらっしゃっただけですわ!」
(いやいや、そんなわけないでしょう!)心の中で盛大にツッコミする。
「コトネ!ここにいたのか」
廊下の先でアンナに会ったのかイザークとアンナがこちらへやってくる。
「イザークお兄様!!」
ぱっとユリアーナの顔が輝く。誰が見ても今ユリアーナの回りにはハートが沢山飛んでるだろう。
「なんだ、二人とも紹介するより先に会ってしまったか。コトネ、こちらはカザトラから少し離れたシュタイーヒ領主の一人娘ユリアーナだ。ユリアーナ、皆から聞いているだろうが俺の可愛いコトネだ。今日は学校の行事でカザトラまで来たときいていたがもう学校は終わったのか?」
「はい!終わりました!そのままシュタイーヒまで帰ろうかと思いましたがイザークお兄様にお会いしたかったのでお父様にお願いして一晩こちらでお世話になることになりました!」
先ほど私と二人きりで話したときは明らかに言葉にトゲがみえたのにイザークにはデレデレだ。
(これがツンデレってやつなのかしら?)
「ユリアーナの父上は先代とも仲が良く度々城に来る機会があってか俺のことを兄と慕ってくれているんだ。コトネも可愛がってやってくれ…っと、まだ俺は仕事が片付いていなくてすぐ戻るが夕食は皆で食べよう」
奥から呼ばれイザークはあわてて廊下を後にする。わざわざ少ない空き時間に顔を見に来てくれたようだ。
また廊下には私とアンナ、ユリアーナのみとなった。
「先ほど、通りかかった先でコトネ様のダンスの様子を拝見しましたがあまりに酷いダンスで驚いてしまいましたわ!一国の王の妃になるであろうお方が恥ずかしくないんですの?」
イザークがいなくなってしまったらまたトゲのある子に戻ってしまった…。思い出すなぁ、まだ職場の後輩神田さんが入社したての頃随分とツンツンしていた事を…。
「お恥ずかしながら私の住んでいた地域ではダンスを踊る習慣がなくて最近教わり始めたばかりなんですよ。歴史や地理、数学は得意なのですがダンスは苦手で…」
私は魔界人に比べたら年齢は子供だが立派な社会人の大人だ。完璧な笑顔を顔に張り付けてビジネス対応してみせると歴史、地理、数学といった単語でユリアーナの顔がひきつったように見えた。
「そうですわ!もう学校は終ったとおっしゃっていましたよね?ユリアーナ様、ぜひ私の自主練習に付き合ってくださいませんか?」
「えっ…!?わたくしこれから学校の課題を終わらせなくてはいけなくて…」
私がこんな事を言い出すなんて思ってもいなかったのだろう。明らかに顔も声も驚いている。
「あら、残念。私の部屋には度々イザークも顔を出すのでユリアーナ様がいらっしゃれば喜ぶかと思ったのですが…」
ここで切り札!イザークの名前を出せばきっと断らないだろう。言いつつ少しにやりと笑ってしまった。
「イザークお兄様が?そ、それなら仕方ありませんわね。課題の合間にお付き合いして差し上げても宜しいですわ?」
最近はダンスやマナーの先生と肩の凝る会話しかしていなかったし見た目年齢年下の女の子と話す機会なんて全くなかったので(トゲは見えるが)ユリアーナと話すことができたら楽しいだろうなと思ったのであまりに計画通りで心の中でガッツポーズをする。
(職場の神田さんみたいに打ち解けてくれるといいなぁ…)
期待を抱きつつ皆で自室へ向かう。
ユリアーナと話すときはコトネもつられてちょっと上品な口調になっちゃってます。
お嬢様言葉は独断と偏見入ってます。勉強不足ですいません!