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65話 キエア火山.5

 


 私が駆け出そうと足に力をいれると、突如強い風が私の体をとりまきぐっと強く押し出した!

 一歩、二歩踏み出すと体が空中に持ち上がり聖霊の力により魔物の左胸までものの数秒でたどり着いた。


 位置的にすぐ下に魔物の鋭い爪が見えるが、アマロとイザークに抑え込まれた魔物は氷をはね除ける余裕がないのかエルクの魔法で氷漬けにされたままだ。

 もしも…があっても、エルクが守りの魔法を展開してくれているので不安はない!

 皆を信じて魔物の胸に刺さった剣を両手で掴み一度ぐっと引いた。


 すると、魔物は剣に手を掛けられた事に気づいたのかエルクの氷の魔法を跳ね返し、私めがけてまるで虫を払うかのように鋭い爪をもつ手を大きく動かした!

 魔物の手は私の顔わずか数十センチまで迫ったが、エルクの魔法によって透明な壁に阻まれこれ以上私には届かない。大丈夫だと分かっていてもあまりの迫力に心拍が上がり冷や汗が流れ落ちた。


 エルクは私に向かう魔物の手を再び魔法で凍らせると私に目配せした。その目は「大丈夫!お守りします!」と言っていた。

 気を取り直し再び剣に向き直る。魔物の胸に深くまで刺さる剣は私の力だけではビクともしていない。

臆せず再び足に力をいれ直し引こうとすると手のまわりに七色の光が集まり聖霊が呟いた。



『オモイッキリ! イクヨ!』


 聖霊の合図に合わせ、もう一度渾身の力を込めると剣はズズッと10センチ程動いた!あと数回引き抜けばきっと…!そう思いもう一度手に力を込めると誰かが私の右肩を叩いた。


 驚いて振り向くとそこには力強い瞳で私を見る男性がいた。男性はまるで幻のようにぼんやりと透けていた。


 幽霊…?いや、きっと彼の魂を聖霊が呼び寄せたのだろう!


「ノア様!?」


 ノア様は口元を結び力強く頷くと、逞しい腕を剣に伸ばし私の手に重ねて剣を握った。

 私も頷き、剣に向き直ると大きく声をだした!



「せぇの───!!」



 私の小さな力と聖霊の大きな力、そしてノア様の力強さで剣は一気にずるりと抜け、その姿を表した!!


「エルク、今よ!」


「はい!!」


 エルクの魔法で目の前に魔方陣の描かれた用紙が現れた!

 用紙のまん中めがけて、ノア様の剣を再び魔物の心臓めがけて降り下ろす!

 剣先が魔物の胸に触れると剣は強く押され、ずぶりと深く突き刺さった!


 すると、魔方陣が書かれた黒い線が光だし魔物の悲鳴とも叫び声ともとれる怒号がけたたましく響いた!!


 私の体は聖霊の力によって風に乗りエルクの元へ返された。ノア様は…剣を深く魔物へ突き刺した瞬間までは確かにその手が私の手に重ねられていたのにすでに消えてしまっていた。


「エルク、見た!?ノア様が手を貸してくださったわ!」


「ええ、見ていました」


 エルクの目にはたくさんの涙が溜まっていて今にも大きな瞳からこぼれ落ちそうだった。


 魔物はその間にも最期の力を振り絞ってのたうちまわっていた。

 アマロに喉元を抑えられ上を向いた口からは大きく炎を吐き出し、イザークに抑えられた尻尾は短い後ろ足を蹴りながら懸命に降りきろうとしている。

 イザークはさらに抑え込もうと魔物の後ろ足を氷の魔法で動きを封じ込めた。


 魔方陣は闇の力を吸いとる為により強く光ると、みるみる魔物の大きさは小さくなっていった。


「イザーク、大丈夫!?」


「ああ、暴れる力は弱くなってきている!危ないから近づくな」


 魔物の力はよほど強大なのだろう。それからしばらくしてやっと、まるで怪獣のような大きさだった魔物は小さなドラゴン程度まで小さくなると光に包まれ消え、エルクの魔方陣とノア様の剣だけが残された。


「これで完全に消えたのね…?」


「はい。跡形もなく無になりました」


 イザークはアマロを魔力の空間へもどすと自身の腕をさすりながらこちらへ帰ってきた。


「二人ともありがとう。お陰で魔物は討伐できた」


「腕…大丈夫?」


 イザークに近寄るとぽんぽん、と頭を撫でられた。「大丈夫だ」そう言うとノア様の剣を拾い地面へ突き刺すと片ひざをつき剣へ深々と頭を下げた。


「ご協力、感謝いたします」


 すると、再び聖霊の雫石が光り私達の前にノア様の魂が姿を現した。

 急いで私とエルクは最敬礼をしノア様へ感謝を表した。


「皆さんどうぞ頭を上げてください。現魔王殿、私の成し遂げられなかった討伐を成功させてくれ大変感謝しています。これで私もやっと安心して眠れます。エルクスレーベン、また君にここで会えるとは思ってもいなかったよ。永きに渡りアヴァを支えてくれて感謝している。そして、私の意思を継ぎ魔物を討伐してくれてありがとう」


 ノア様はイザークに深く頭を下げるとエルクへ近づき透ける体でエルクの頭に触れるように手を伸ばした。

 エルクはぼろぼろと大粒の涙をながし「とんでもありません」と声を絞り出した。


「そして、コトネさんエルクスレーベンの友となりまた、魔界を支えていただきありがとうございます。どうかお二人で今後も魔界を大きく発展させていって下さい」


 ノア様は私とイザークに交互に目配せしながら微笑み優しい声でこう言ってくださった。


「はい、もちろんです」


 気づかなかったけれど私の頬にもいつの間にか涙が流れていて頬を伝い地面へ落ちた。


 雲の合間から光が強く差し込むとノア様はすっと消えそこには剣だけが残された。




 ・・・




「た、ただいま!」


 イザークの移動魔法で城へ着いたときにはすでに疲れはピークで気を抜いたら足の力が抜けて崩れ落ちそうなほどだった。


 執務室へ到着すると待っていてくれた涙目のアンナと真剣な表情をしたケヴィンがすぐに駆け寄ってくれた。


「皆様、ご無事で何よりです!」

「イザーク様、魔物は…!?」


「俺を、誰だと思ってるんだ?」


 イザークがにやりと笑って見せると歓喜の声が響いた。


「コトネ様!ご所望のチェリーパイご用意してありますよ!」


 満面の笑みでアンナはいそいそと執務室のテーブルに真っ白なテーブルクロスをかけ、あっという間にお茶会のセッティングを終えた。チェリーパイはお祝い事だからか、いつもの2倍サイズだ。


「わあっ!アンナありがとう」


 疲労で体が糖分を欲しているのか急に元気が出た。

 私はもちろん、エルクも喜んでいただいたけれど普段甘いものを積極的に食べないイザークもケヴィンも嬉しそうに口に運び、勝利を祝った。

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