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59話 にゃん…?

 

 次の週、ケヴィンの休みに会わせてイザークは執務を片付けると念のため廊下で会ったケヴィンに話しかけた。


「ケヴィン、明日休みだろう?久しぶりに昼食でも一緒にどうだ?」

「昼ですか…夜なら空いてるんですけど、どうしたんですか?急に」

「良い鴨肉が手に入ったと聞いたからな。ケヴィン好きだろ?」

「鴨…いいなぁー、夜じゃ駄目ですか?」

「いいぞ。じゃあ夕食の時間になったら俺の部屋に来てくれ」

「はい!ありがとうございます。じゃあ、この後も仕事が残ってるので…」


 ケヴィンがそう言って足早に離れると私は廊下の角から顔をだした。"廊下で会った"と言ってもイザークがあえて"ケヴィンが通る場所で待ち構えていた"が正しい。

 そして私も心配だったので、一緒にイザークの後ろをついてきていたのだ。


「聞いたかコトネ?」

「聞いていたけど…本当に後をつけるの?」


 くるりと私の方を向くとイザークの顔にはわくわくした気持ちが押さえきれないようで、しっかりと"楽しい事になるぞ"と、表情に出ていた。

 これは、もう絶対に後をつけると決めた顔だ…。



 ・・・



 翌日、イザークは楽しそうに外出の準備をはじめた。

 一応変装ということを考えてか、商人のような服を用意させていたようでイザークにしては珍しい恰好をしていた。


「ケヴィンが街へ出掛けたらどうするの?そんな格好でも、イザークが行ったら騒ぎになってしまうでしょ?」


「ああ、きちんと考えたさ。この服装にこのマントを羽織れば…」


 黒のマントを手にし肩に羽織ると一瞬でイザークの髪色は黒から薄い茶に、瞳の色は赤から水色に様変わりした。一瞬で変化したことに驚いたけれど、これは私にも覚えがある!


「もしかして、エルクに頼んでいたの?」


「そうだ。コトネが以前羽織ってたのを思い出して急いで作ってもらったんだ。ほら、コトネも念のため変装していけよ」


 なんとも用意周到な!いつの間にエルクに頼んでいたのだろう?私も以前エルクにいただいたベージュのマントをクローゼットから取り出して羽織り、一緒に鏡の前に立ってみた。

 イザークの格好良さは髪と瞳の色が変わっても変わらず人目を惹くけれど、ずいぶんと印象が変わるのですぐに王様が街を歩いているなんて気づく人はいないだろう。私も髪色と瞳の色は魔族にいてもおかしくない様に変化しているので目立つことはない。


 ここで部屋のドアがノックされ、イザークの側近が顔を出した。マントのことは聞いていたのか、別段驚いた様子はない。


「門番からケヴィン様が馬車で外出されたと連絡がありました」


「よし、外出先はどこだ?」


「一番近くの街と記入してありました」


 ケヴィンのような場内に居住している者が外出する際には門番に名前と行き先を告げなければ外出ができない。門番はそれをノートに記録しているので行き先を掴むことは簡単なことなのだ。


「では行くか!」


 私の手を掴むとイザークは魔法を発動し、移動魔法であっという間に街の入り口に着いてしまった!街へ来たのはユリアーナと出掛けて以来だったのでずいぶんと久しぶりになる。相変わらず人通りは多くて賑わっている。これなら私たちが街の人にまぎれてケヴィンを追跡するくらい何とかなりそうだとほっとした。

 しばらくイザークと手をつなぎながら広場に停まる馬車を眺めているとやっと城から出ている従業員用の馬車が広場に停まり、私服姿のケヴィンが降りてきた。


「イザーク、本当に大丈夫かしら?ドキドキするわ」


「堂々としていれば案外バレないものだ。俺がケヴィンを見てるからコトネは気にせずまわりの店を見て普通に行動してくれ」


 普通に…。と言われてしまうと逆にぎくしゃくしてしまうのだけれど。とりあえずケヴィンは気にせずイザークに手を引かれるがまま付いていき、久しぶりの街を楽しもう!と気合を入れた。


 ケヴィンは目的の場所が決まっているのか馬車から降りると人波をかき分けてどんどん街の中心部へ歩いていく。途中から人があまりにも多いのでイザークの腕をしっかりと掴みはぐれないように気を付ける。


 途中、ケヴィンが立ち寄って挨拶したのは以前腕相撲をした店だ。”鍛冶屋のカール”の名前はまだ店先に貼り出されていて、つい思い出し笑いをしてしまった。


「ねぇ、普通誰かと待ち合わせをするなら街の入り口で待ち合わせして一緒に街中を散策…じゃないのかしら?ずいぶんと歩いてきたわよね?」


「そう言われたらそうだな。どこへ向かってるんだかな」


 ケヴィンは腕相撲の店を出るとしばらくメイン通りを歩き、突然路地を曲がった。路地の先はメイン通りから一本離れただけなのに人通りは少なく静かで建物が密集しているからか、昼間なのに薄暗い。ずいぶんと街を知った人でないと入らないような道だ。

 一人だったら絶対入り込まない道をイザークの腕にぎゅっと力を入れてついていくと数メートル先を歩くケヴィンがさらに細い路地に曲がったかと思うと姿を消した。


「ん?どこかお店に入ったのかしら?」


「そうだな…この路地で看板が出てる店は…」


 さらに細い路地は商店というよりも倉庫街のようになっていてお店がある雰囲気が全くなかった。ただ、一つだけ看板を掲げている店があった。


「ねぇ、イザーク…もしかしてここかしら?」


 その看板は可愛らしいもので、看板の下に貼り出された店のお知らせを読むと、どんな店なのかはすぐに分かった!

 日本にもたくさんこの類いの店があるのは知っていたけれど、私は一度も入ったことのないお店だ…。


 互いに顔を見合わせると私にもイザークの顔にも「まさか?」といった思いが見てとれる。

 店への細い階段をイザークが先に上り、私も後ろからついていきドアを開けた。

 ドアにはよく響く鈴がついていて開けるとチリンチリン、と音がしてすぐに可愛らしい女性店員がこちらへやってきた。



「いらっしゃいませぇー!にゃんカフェへようこそー!」



 女性店員の頭には猫耳のカチューシャがついていて、両手にはふさふさのねこじゃらしが握られている…。


 イザークは衝撃だったのか「にゃん…カフェ?」と呟いてしばし呆然としていたので、慌てて私が女性店員から入店の説明を聞き中へ入った。



「では、隣の部屋がにゃんこちゃん達のお部屋です!ごゆっくりどうぞー!」



 パステルブルーで塗られたかわいらしい扉を開けると再びチリンチリン、と鈴の音がした。ドアの先には鈴の音にこちらを振り返る数十の猫たちと、ソファで膝に猫を抱きかかえにこにこと笑顔を振りまいている…


「ケヴィン!!?」


「えっ…イザーク様!???」


 平日の午前中だからか、私達以外にお客さんがいないのが幸いだった。イザークとケヴィンは互いに驚いて大声を出すとがっくりとうなだれた…。


「イザーク様とコトネ様、ですよね?ど…どうしてここに!?」


「悪い、ケヴィンが最近休みの日にコソコソと出掛けてるみたいだったからどうしたのかと後をつけたんだ」


「そんな…!一体俺が何をしてるかと思ってたんですか!?」


「付き合ってる女性でもいるのかと…」


 ケヴィンは私たちの見た目に慌てながらも、膝に乗せた猫を抱き抱えてうろたえながらイザークに事情を説明した。

 どうやら、ティティの一件で自分が猫好きだということに気づいたケヴィンはティティがエルクの元へ帰ってしまってさみしくなってしまい、どうにかして猫を撫でられないものか!?と探したところ街で営業している猫カフェを見つけてここ最近休みの日は癒されに訪れているらしい。

 ガタイの良い男性が一人で来店するのは珍しいらしく、店員にもすっかり覚えられて常連になってしまっているのだとか…。


「そんなぁ、何かあればイザーク様に言うに決まってるじゃないですか!」


「そうなのか?この猫カフェの事は黙っておいて?」


「こ…これは少し恥ずかしい気持ちもあって…って!団員には言わないで下さいよ!士気が下がります!!」


 二人の話にどうやら私はお邪魔みたいなので備え付けのねこじゃらしをお借りして、まん丸でふわふわの三毛猫ちゃんをじゃらすと目をビー玉のように丸くして猫パンチを繰り出しじゃれついてくる!


「言わないさ。なんだ、まさかケヴィンが猫に凝っているとは思わなかったよ」


「あぁ、まさかバレると思ってなかったから恥ずかしいです…」


 話をしている二人の足元にはまるで「ここまで来て遊んでいかにゃいのか?」と言いたげに猫がわらわらと集まってきた。どうやらイザークはティティだけでなくほかの猫にも好かれるみたい…?

 イザークの足に猫達がすりすりと体をこすりつけて構ってほしそうに「にゃーん」と鳴く。


「おい…ケヴィン、どうすればいいんだ?」


「ほら、コトネ様みたいに猫じゃらしで遊んであげたりとか、撫でてあげたりとか!」


 そう言ってケヴィンがイザークにねこじゃらしを手渡すとさらに猫が集まった!


「…無理だな、俺に猫はわからない!ほら、ケヴィンのところに行け」


 早々に諦めて猫じゃらしをケヴィンに押し付けると猫はケヴィンの足元に駆け寄り楽しそうに遊び始めた。

 イザークはやれやれといった様子で椅子に腰かけると飲み物を注文し、私にも席につくように手招きすると片ひじをついてケヴィンを見て楽しそうに笑った。


「まさか猫だったとはな。仕方ない、この後街で買い物でもして帰るか?」


「そうね!せっかくこんな恰好までしたんだもの。イザークと久々にデートしたいわ」


「あっ、それなら俺もお伴しますよ!あともう少しここにいさせてください!」


 猫を撫で楽しそうにしているケヴィンはいつも緊張感を漂わせ甲冑を着ている騎士団団長だなんて信じられないくらいだ。仕事と休みのオン、オフがしっかりされてるってことでいいのかしら?


「まったく、早く俺を安心させてくれよ。ほら、嫁はこんなに可愛いくて癒されるぞ?」


 イザークはケヴィンに見せつけるようにテーブル越しに私の頭を大げさに撫で始める。"癒される"だなんて…照れて顔が赤くなる。


「イ…イザーク!」


「お二人を見ていれば嫌でも分かりますよ!でも、俺の事はお二人のご婚礼が済んでからで十分です。騎士団も式に向けての警備や儀仗の訓練で忙しいんですよ?」


「ふぅん、そりゃ悪かったな」


「そんな風に言わないでくださいよ!」


 城外だからかフランクに話す二人は本当に楽しそうに笑う。


 まさかのケヴィンの目的地が”猫カフェ”だった事に驚いたけれど、久しぶりに三人で過ごしたこともあり楽しい一日となった。


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