57話 魔法使いの弟子?.8
名前を呼ばれて目を覚ますと、驚いて慌てて体を起こした!
どのくらい魔法の中にいたのだろう?空には星が輝き心地よい夜風が髪を揺らす。
「イザーク、何でここにいるの…?」
「聖霊がコトネ達の様子がおかしいと教えに来たんだ。急いで来てみたら家の前に倒れていたから…」
イザークの後ろにはエルクも倒れている。ティティが起き上がり顔を肉球でつついているが、どうやら起きる様子はないみたいだ。
とても心配そうな顔をしているイザークの頬に手を添え、倒れていた経緯と今までエルクの魔法で過去のビジョンを見せてもらっていた事を説明した。
「過去の…?だからって家の前で倒れるなんて!それにどうしたんだ、その髪と瞳の色は?」
「あっ!忘れてたわ」
急いで首元で止められていたボタンを外しマントを脱ぐと、たちまち髪の毛は元の黒色に戻ったので瞳の色も戻っているはずだ。私の様子を見て安心したのかイザークが私を抱き上げた。
「とりあえず家に入るぞ。もし風邪でも引いたらどうするんだ?ティティ、エルクスレーベンはまだ起きないのか?」
『申し訳ございません、どうやら久しぶりにに大きな魔法を使ったことで疲れて寝てしまったようで…』
ティティは魔法を使って疲れたからと言っていたけれど、多分アルコールのせいもあるんじゃないのかな?なんて思ったり…。
家の鍵は開いたままだったのでイザークがドアを開け私をソファに座らせると再び外に出て今度はエルクを家の中に入れた。
「何だ!?エルクスレーベンは酒臭いな…」
イザークは文句を言いつつも、エルクをそのまま部屋の奥のベッドに寝かせた。付き添い毛布をかけると、目尻から頬にかけて涙の痕がついていたのでそっと拭いてからソファに戻り、イザークに今日起こったこととエルクが何故私にこだわっていたのかを全て説明した。
「なるほどな、昔召喚されたアヴァとコトネを重ね合わせたわけか…。それにしても聖霊が手紙も持たず戻ってきたときはどうしたのかと本当に心配したぞ」
『魔王様、本当に申し訳ございません。私が一歩遅かったばかりに』
「ティティは悪くないわ。咄嗟に守ろうとしてくれてありがとう。イザーク、エルクは不器用なりに一生懸命私を心配してくれたのよ。多分アルコールのせいで気持ちが高まっていきなり魔法の中に連れられてしまったけれど…きっといずれ話してくれようと思っていたことだし、エルクの思いを早めに知ることができてよかったわ」
イザークは隣に座る私を引き寄せると膝に乗せぎゅっと腕をまわして抱きしめた。久しぶりの再会なのにいきなり心配させてしまって心苦しいけれど、こうやってイザークに会えてぬくもりを感じてすごく嬉しい。イザークは私の肩に顎をのせ、ぴったり顔を寄せると大きなため息をついた。
ティティは私たちに気を使ってか、すっとエルクのいる奥の部屋へ行ってしまった。
「コトネがそんな風に言うなら仕方無いな…」
「お願い、今回の事は大目に見てあげて。エルクはもう6000年以上も一人で悩みを抱え込んでるのよ?」
「わかった、コトネに全て任せるよ」
「ありがとう、イザーク」
今日は手紙を書けないかわりにしばらく二人で話をした。手紙で書ききれない事がたくさんあっていくら話しても足りないくらいだったけれどなるべく早く切り上げて、翌日エルクが驚いてはいけないとイザークには城へ帰ってもらい私もやっと眠りについた。
・・・
「本当に…申し訳ございません」
翌日、私がお昼近くになって起きるとエルクもやっと起き上がったところだった。どうやら二日酔いで気分は最悪らしい。エルクに言われるがままキッチンの扉を開け二日酔いに効くという薬と水を一緒に渡すとぐいっと飲み干し、よろよろと起き上がり深々と頭を下げた。
どうやら昨日魔法で私に過去のビジョンを見せ泣いて色々と過去の鬱憤を叫んだところまでは覚えているらしい。
「いいのよ、私エルクが本音を言ってくれてとっても嬉しいの」
「そんな事…っ」
薬を飲んでもすぐには効かないのだろう。自分の声が頭に響いたのかエルクは頭を抱えてうずくまる。まだ顔色も悪いエルクを再びベッドに寝かせ具合がよくなるまで私は家のことをして時間を潰していた。
日が陰りそろそろ夕食の支度をしないと…と、ティティに相談しようと思ったところでやっとエルクが起き上がった。
「コトネ様、ティティに全て聞きました!昨晩は魔王様までいらしたそうで!本当に、本当に私は…」
二日酔いは治ったであろうエルクが別の理由で顔を青ざめ両手で顔を覆いまさに絶望といった雰囲気を漂わせている。
「大丈夫よエルク、イザークには私からきちんと理由を話したから分かってくれたわよ。私はエルクより断然歳が下で頼りないと思うけれど…お願い私を頼って、そして信じて?」
エルクの肩に手を置きまっすぐに見つめてこう言うと何かを思い出したのか「あぁ…」とつぶやいてエルクはまた涙を流した。
テーブルにハーブティーをふたつ置き、エルクがティティを膝の上で撫で落ち着きを取り戻したところでゆっくりと話し始めた。
「先ほどは再び感極まって泣いてしまい…すいませんでした」
どうやら昨日のビジョンで見ていない部分でアヴァさんがノア様を亡くして落ち込み自暴自棄になっていた頃にアヴァさんに対して「私はアヴァ様からしたら頼りない若輩者ですが、どうか私を信じ頼ってこれからも生きてください!」というやり取りをしたと言う。そんなやり取りを思い出してまさか自分がそんな言葉を投げかけてもらえるとはと涙してしまったらしい。
「アヴァには私がいないと何もできないほど頼られるとは思っていませんでした。彼女には別の明るく生涯を終える道もあったのかもしれないと考えたら、自立して心を強く持って生きていくのを私が過保護に接するあまり潰してしまったのではないか…そんな後悔が押し寄せるのです。だからコトネ様がアヴァと同じく召喚された女性と聞き、どんな方なのか知るため無理やりここに連れてきてしまって…申し訳ございません」
「気にしないで。エルクが私を心配してくれたのは嬉しいの」
「コトネ様は…私が思っていたような方ではなかったですね」
エルクはハーブティーを一口飲むとにこりを微笑んだ。
エルクから見てここ数日で私はアヴァさんより断然自立して生活していける女性だと判断したと話してくれた。
市で通行人に積極的に話をする様子からも見知らぬ人に臆せず自ら進んで行けるのはアヴァさんとは大違いだとも。どうやらアヴァさんは極度の人見知りで心を開いた人にしか積極的に話ができなかったみたいだ。ノア様が健在の頃はいつもノア様の後ろから人の様子を観察し、エルクに頼りきりになってしまった晩年も常にエルクがいなければ初めて会う人と話をするなどできなかったみたいだ。
「アヴァさんの悲しみは大変辛く苦しいものだということは分かるわ。容易に想像なんてできないほどに。きっと私も同じようになったら奈落の底に突き落とされたように絶望してしまう。でも、誰かに依存してその人の人生を奪うようにはならない…ように気を付けるわ」
「いいえ、きっとコトネ様ならそうはならないでしょう。私の気にしすぎでしたね」
ずいぶんと胸のつかえがとれすっきりしたのか、エルクの表情は晴れやかに見える。そして出会った頃とはうって変わって積極的に話をしてくれる。
「ついでに愚痴らせてもらいますと、私がこの容姿になってしまったのもアヴァが元凶なのです」
アヴァさんは晩年、年老いた自らの姿を嘆き「これじゃああの世でノアに見せる顔がない!」とエルクに泣きつき”若返り薬”の研究の許可を半ば強引に王に許可してもらったんだとか。
どうやら第8代魔王もアヴァさんが快適に過ごせるよう様々手を尽くしてくれていたので段々と要求がわがままになってしまった部分もあったらしい…。エルクが薬の効きすぎで子供の姿に戻ってしまったのを見てからはピタリと若返りたいなど言わなくなったという。
「それに私の研究が全く進まなくなったのもアヴァが一人では寂しいから仕事に行かないでなどと言い出す始末で…!」
どうやら私に心許してくれたらしいエルクの口からは愚痴が止まらず、夜遅くまで話は続いた…。
・・・
それからの数日間はエルクに薬草の効能について教わったり、次の市に向けての準備を手伝うなど淡々と過ぎていき約束の10日間が終わった。
「では、10日間お手伝いいただきありがとうございました。大変助かりました」
「こちらこそ貴重な体験をさせていただいてありがとうございました」
夕方、イザークが私を迎えに来ると一枚の書面を取り出しエルクへ手渡した。
「これが新しい契約書だ。今後はエルクスレーベンの知りうる知識を文字にして後世に伝えて欲しい。もちろん何か新しい研究をしたいのであれば援助するが…」
「有難うございます。私の知識がお役に立てるのであれば喜んで。こう見えてももう年寄りですから研究は若い者に任せます」
エルクはイザークにそう話しながら微笑みかけた。10日前まで無表情だったエルクがこんなに素敵な微笑みを見せてくれるだなんて思ってもいなかったので、私はイザークの横で静かに喜びエルクの家を後にした。
帰りはアマロの背にのりゆっくりと城に向かった。
「コトネ、10日間お疲れさま。エルクスレーベンの表情からすると随分と親しくなれたみたいだな」
「ええ、この10日間エルクと一緒に過ごせてよかったわ。私のわがままを聞いてくれてありがとう」
10日間は長かったような、短かったような…。貴重な体験ができてとても充実した日々だったのは間違いない。帰ったらさっそくアンナにチェリーパイのお礼をして、きちんと休暇を楽しんだかも聞かないと。
「イザークに話したいことがたくさんあるわ」
「俺もだよ」
ぐいっと私を抱き寄せて私の額にイザークの唇が触れた。やっぱりイザークの側にいるのが一番安心する。頭をイザークにもたれるとアマロはゆっくりと旋回した。
「せっかく久しぶりに二人きりになれたんだ、少し遠回りをして帰るか」
嬉しそうに話すイザークに私も笑いかけゆっくりと沈む夕日を眺めながら、時間をかけて城へ帰った。




