56話 魔法使いの弟子?.7
「なに…?」
誰かが私の顔をつついてる?ほっぺたと額を交互にぷにぷに…それでも私がなかなか起きないからか瞼の上もぷにぷに…。ぷにぷに?
不思議な感覚に目を覚ますとティティがすぐ近くで私の顔を見下ろしていた。そしてぷにぷにの正体はピンク色の肉球だということがわかった。
「どうしたの?私…いたっ」
いつの間にか仰向けに倒れていて、起き上がろうとすると下は煉瓦で舗装された場所でゴツゴツとしていて体が痛い。
『申し訳ございません、私が一歩遅かったばかりに…。ここはエルクスレーベン様の魔法で作られた世界の中です』
「魔法で作られた世界…?どういう事?」
『エルクスレーベン様は昔から人と話すのが苦手で大切なことを伝えたいときはこうやって魔法の世界に相手を招き入れ自身の伝えたいビジョンを見せていたのです』
「そんなことができるの?じゃあ、エルクが何か私に伝えたいことがあるってことね?」
『果たして正しいビジョンなのかが問題なのですが…久しぶりのアルコールで随分と酔っていましたから』
ひとまず起き上がるとそこは濃い茶色の煉瓦で作られた建物の中だった。今いる場所は薄暗い廊下で人の気配はない。ティティは私の肩に乗ると周りを見渡した。
「ここは…?」
『ここは約6500年前の魔王様の城ですね。懐かしい!まっすぐ進んでください、エルクスレーベン様の努める研究塔があります』
ティティはポンッと飛び降りると私を先導するように先を歩き始めた。6500年前の城は今とだいぶ雰囲気が違う。きっと今の城は建て直しされたものなんだと思う…構造も、煉瓦の色も全く違うのだから。
辺りを見渡しながらティティについて行くと廊下を曲がった先で誰かが言い合っている声が聞こえた。そっと覗いてみる。
「だから!お前は大人しく既存の研究をしていればいいんだよ!」
「なぜ?私の能力があれば新しい魔法陣の研究はもっと上を目指せるわ?」
「何でそんなに野心が高いんだよ!女なんだから言われた仕事を大人しくこなしてればいいんだよ!」
「なんですって!」
成人した男性と女性だ。二人とも黒のローブを羽織っていて、互いにものすごい剣幕で言い合いをしている。女性の髪色は赤毛で、顔つきはどこか見覚えがある…。
『あの女性が在りし日のエルクスレーベン様です。そして、言い合いをしているのが同僚男性で未だにエルクスレーベン様が嫌っておられる方です』
なるほど、あんなに激しい言い合いをしていては根に持つのも分からなくは…ない。
すると、私達の後ろから身なりの良い男性が歩いて来てすっと横をすり抜けると、二人の元へ歩いて行った。私たちには目もくれないのでどうやらティティと私はこの魔法の中の住人には見えていないみたいだ。
「どうしました?男性が女性にそんな剣幕で罵るなんてみっともないですよ」
低く太い声は廊下によく響いた。二人は声を掛けられてやっと男性の存在に気づくと、最敬礼をした。
「ノ…ノア様!お見苦しいところをお見せしました」
「申し訳ございません!」
身なりの良い男性はノア様と呼ばれたので、ノア・グラフ・クラストフ様であろう。長身で筋肉質な体つきに剣の稽古でもしていたのか、腰には持ち手に宝石の付いたロングソードを装備している。半袖からのぞく筋肉質で太い腕であの剣を振ったらとんでもない威力なんだろうな、なんて考える。
ノア様は最敬礼する二人のうち先に口を開いた男性の頭を上げさせると一歩近づいて言い放った。
「男性のくせに女性に優しくすることができないんですか?心の狭い方ですね。不快ですからどうぞ今すぐに研究室へ戻ってください」
離れているところから聞いている私達にも声のトーンを落としてしゃべる様は怒りが伴っているものとすぐにわかった。魔導士の男性は青い顔をして謝るとすぐに走り去っていった。
残されたエルクは最敬礼をしたままの状態で固まっていたがノア様が声色を変え「どうぞ、頭をあげてください」と言うと恐る恐る頭をあげた。
「同じ男性として心から謝罪いたします。女性を軽視するような発言は今後控えるよう各所に通達しますね」
「そんな…ノア様が謝られることではありません!」
「あなたは確か、エルクスレーベンさんですよね?城初めての女性魔導士の」
「はい、そうです。覚えていてくださって光栄です!」
「エルクスレーベンさん、折り入ってあなたにお願いがあるのですが…」
どうやらこの場面はエルクとノア様が初めて出会ったところのようだ。ノア様が何かエルクに話しかけたところで突然、まわりの景色が変わった。今度は街中だ!
煉瓦づくりの商店が両端に立ち並ぶ道の中心に立っていた。太陽は真上にあり街中はとても賑わっている。
「エルクスレーベン!次はこっちのお店ね!」
目の前の店から女性が二人出て来た。腕を引っ張られているのはエルクだ!街中だからか、いつもの真っ黒なローブではなく落ち着いた紺色のドレス姿をしている。そのエルクの腕を引き楽しそうに話をしている女性は…?
『今度はエルクスレーベン様が初めてアヴァ様のお伴として街へ買い物に来た場面ですね。エルクスレーベン様の手を引いているのがアヴァ様です』
「あの方が…!」
アヴァさんの身長は私と同じくらいだろうか?褐色の肌をしていて背中まで長く伸ばした髪の毛は銀色に輝き、瞳は鮮やかな緑色をしている。
何より特徴的なのは髪の毛から飛び出す耳だった。耳は長く先がとんがっている。これは…エルフという種族で間違いないのだと思う。異世界から召喚された女性で私とは見た目が違うので別の世界から来たのだろう、と言っていた意味がよく分かった
「エルクスレーベン、どう?この靴は似合うかしら?」
「私はおしゃれというものに疎いので助言などとても…。どうぞアヴァ様がお気に召したものを買われたほうが…」
「もう!…じゃあおそろいでこの靴を買わない?きっとノアも喜ぶわ!」
「そんな、アヴァ様とお揃いだなんて恐れ多い…」
「いいの!ほら、試着して!!」
アヴァさんは随分と積極的で明るい女性みたいだ。本当にまわりに馴染めず悩んでいたのかと思うくらい。
でも、アヴァさんを見ている街の人の目ですぐに気が付いた。自分達と異なる見た目のアヴァさんを遠巻きに珍しいものを見るような視線でジロジロと見ている。子供はあからさまに自分の耳を引っ張って母親に何故だと問い、見るなと怒られている。こんな風に接しられたら私だって萎縮してしまって空気を読んで行動しようと気を使い、本当の自分を出すことなんて出来なくなってしまうだろう。
エルフの文化は知らないけれど、アヴァさんの悩みは確実に"異文化に馴染めなかった"だけではなかったんだろうなと思った。
エルクはアヴァさんの言動に困りながらもどこか嬉しそうに笑っている。もうすでに心を開きかけているみたいだ。半ば強引にアヴァさんがエルクの靴も購入し次の店に移動しようとしたところで再び景色が変わる。
今度は先ほどとは全く違う景色で周りは白い霧に囲まれてよく見えない…足元は一面に真黒な石がデコボコとしていて歩きにくい。
『コトネ様、今度はキエア火山です。魔物を退治した場面です!』
「ノ…ノア様!何故ですか!?」
若いエルクの声がする方向を振り向くと、黒のローブに身を包んだエルクの姿があった!しかし、両膝を地面につき、苦しそうに全身で大きく息をしている。対してノア様はほのかに輝く剣を手に持ち片ひざをついてエルクを見下ろす。
「すまない、エルクスレーベン。しかし王位継承順位第二位の私にできる事はこれくらいだよ。…どうかアヴァには、伴に死を分かち合おうと約束したのにすまないと謝っておいてくれ。この国にはまだ未来がある。エルクスレーベンの素晴らしい力でどうかこれからもこの国を、そしてアヴァの事を頼むよ」
「駄目です!嫌です!!ノア様が…いないこのくに…なん、て」
濃い霧のせいで魔物の姿は見えないがエルクとノア様のやりとりはよく見える。が、エルクの意識がなくなるにつれどんどん視界に霧が広がり見えにくくなってきた。きっとノアが見ていない記憶は私たちも見ることができないのだろう。目の前が真っ白になる前、かろうじてノア様の声が聞こえた。
「アヴァ、愛してる…」
ノア様とエルクのやり取りを見てから私の足は震えていた。ノア様の最期の顔はとても凛として死の恐怖など少しも感じなかった。国を守るたのこの行動は素晴らしい事だけれどもしこれが…イザークだったらと思うと胸が苦しくなりとても怖くなったし、悲しくなった。
ノア様の声がしてからは何も聞こえなくなり、真っ白な霧が晴れると再び場面が変わっていた。
今度は目の前でアヴァさんがお茶をしている。しかし部屋の空気は重く、アヴァさんの表情も落ち込んだ様子だ。きっと場面の順番からしてノア様の死後のアヴァさんの様子なんだと思う。アヴァさんは目の前に出されたお茶を一口飲んで何を思ったのか涙を流した。
「…どんなに美味しいものをいただいても、素敵なドレスを着ても、全てが悲しいの!あぁ、これをノアと一緒に共有出来たらどんなに良かったか!もうノアはこの世界にいない!永遠に私の名前を呼んでくれない…!!」
「アヴァ様…私が…私がノア様のお側についていながら本当に、ごめんなさい…っ」
「エルクスレーベン…泣かないで。あなたにノアの最期を教えてもらえてどんなに心救われたか…それでも悲しんでしまう私を許して?どうか、ずっと私の側にいてね…」
同じ部屋にいたエルクが駆け寄り、二人が手をとり合って大粒の涙を流したところでリモコンのストップボタンを押したかのように突然目の前の景色がとまった!
「これが私とノア様とアヴァとの記憶です。アヴァとの記憶は私が亡くなるまで続いていますからもっと長くなりますが…」
今の子供の姿をしたエルクの声がし後ろを振り返ると、部屋の奥には真っ黒な空間が続いていてそこにエルクが立っていた。フードをかぶっているので顔色はうかがえない。
「エルク、これで私に何を伝えたいの?」
「ノア様は見ていただいた通りの素晴らしい方でした!古い考え方にとらわれていた城の者を説得し私に快適な環境を作ってくださいました!キエア火山ではこんな私に未来を託してくださいました!…なのに、なのにアヴァは…」
エルクはまだ酔っぱらっていて興奮しているのか珍しく早口でまくしたて、後半は涙しているのか声に嗚咽が入り始めた。ティティは静かに私の横で鎮座したまま、二人でエルクの話の続きを待つ。
「アヴァはいつまでもノア様の事を嘆いてばかりで…拗ねて自暴自棄になって私に甘えてばかりで!!ふざけないでよ!悲しくてつらいのは自分だけだと思ったら大間違いなんだから!!」
「エ…エルク!?」
アヴァさんへの不満をぶつけるかのように大きな声で叫び、エルクはその場で崩れ落ちて地面を大きく何度も叩いた。ティティと顔を合わせエルクの側へ駆け寄るとしゃがみ込んでエルクに手をかけた。
「っ…!!私だって悲しい!泣きたかった!なのにアヴァは自分の悲しみばかり私にぶつけてきて、挙句の果てには何もかも私がいなければ行動できなくなってしまった!」
『アヴァ様はノア様が亡くなってから以前にも増してエルクスレーベン様を何かと頼る様になり、最終的にはエルクスレーベン様を自身の城に住まわせてしまったんです。エルクスレーベン様はお優しい方ですから何も言えず、ずっとアヴァ様に付き添われていたんです…』
泣きながら叫ぶエルクの話を補助するかのようにティティが教えてくれた。エルクはノア様を助けられなかったという後悔と、アヴァさんへの心苦しい気持ちから彼女の望むことをほぼ全て文句も言わず付き合っていたそうだ。雛鳥が親鳥を慕い後を付きまわるようにアヴァさんはエルクに依存していったという。
「強くなってもらわなければ…って言っていたのは、もしもの時にアヴァさんのように他人に頼りきりになってもらいたくないって意味合いなのね?」
『はい、そういう事を指していると思います』
エルクのフードをとり柔らかな赤毛をそっと撫でた。エルクの悲しみを少しでも和らげてあげることができたら…そう思った。
「エルク、私を心配してくれてありがとう。私は…愛している人が突然亡くなる悲しみはもう十分に分かっているつもりよ。…もしアヴァさんのような事になってしまったら、なんて本当は考えたくないけれど…何もかもアヴァさんと同じようになるとは限らないでしょ?エルクはとても優しい人だからいろいろ考えすぎてしまったのよね?きっと」
絶対に"私はアヴァさんのようにならない"なんて断言はできないけれど、今言える精一杯の言葉をエルクに投げかけた。
エルクは私の問いに答えることはなく泣き続けていた。ティティがエルクの頬を舐め、肩にすり寄ると世界が暗転した───。
「コトネ、コトネ?」
私の名前を呼ぶ声に目を開けるとエルクの魔法から抜け出たのか家の前に寝転んでいた。そんな私を心配して声をかけてくれていたのは…
「イザーク?」




