53話 魔法使いの弟子?.4
また今日も一日があっという間に終わってしまった。
エルクと一緒にいると細々とした仕事を片付けていることが多いので、ぼーっとしていられる時間が少なく一日があっという間だ。
今日は別の薬の調合と、すでに作ったジャムや薬の瓶にラベルを張る作業をしていた。この世界にパソコンやプリンターはないので全て手書きで作成してから糊で貼り付ける。ずっと文字を書いていて手は疲れるし地味に根気のいる作業だった。
おまけに私がジャムに緑色のリボンを巻きましょう!なんて言っちゃったのがまたいけなかったのよね。自分で作業を増やしてしまったから日が暮れるまで今日は瓶と向かい合っていた。赤いジャムに緑のリボンが栄えて可愛くなったから、もれなく満足のいく仕上がりになったけれど!
今日のイザークヘの手紙にはエルクとの生活は地味に大変だけれど楽しくしている事、薬草についての知識が深まった事などを書き記した。イザークに会いたいな…、なんて書いたら多分本当に会いに来てしまうのでぐっとこらえて書くのをやめた。
封筒に入れ封蝋を押してから家の外に出る。
「こんばんは、今日もありがとう」
ドラゴンは昨日渡した籠を首からぶら下げたまま待っていてくれた。籠を受け取りかぶされた布をめくると中にはチェリーパイが入っていた!これはアンナが得意でよく手作りしてくれるものだ!
「これ好きなのよねっ嬉しい!」
ふと、私がエルクの手伝いをしている間アンナは長期休みの予定だったになぜパイが?と疑問が浮かんだ。
パイの表面にはパイ生地で葉っぱの模様がデザインされている。これはアンナが毎回してくれるものなので他の人が作ったものではないはず…。
今日のイザークからの手紙にはさっそく昨日渡したドリンクを飲んだと感想が書かれていた。目の疲れからか頭痛がしていたけれど、ドリンクを飲んだらたちまち良くなったみたいだ。さすがエルク直伝のドリンク!読みながらよかったと、息を撫でおろした。
それと、アンナが「コトネ様が気になって休んでいられません!」と休まず城で過ごしているらしい。今日は私のためにパイを焼いてくれたので聖霊に持って行かせるとも。
やっぱりこのパイはアンナの手作りだった!…急いで一旦家に戻り、別途アンナ宛にも"せっかくの休みの機会なので充分休養してね。私を心配してくれている気持ちは有りがたいけれど、頑張りすぎちゃうアンナの事も心配よ"と手紙をしたため、こちらもら封をして聖霊に託すことにした。
・・・
翌日、朝からアンナ手作りのチェリーパイをエルクと二人でいただく。パイの甘さとサクサク加減と、チェリーの煮込み具合が絶妙でぺろりと完食してしまった!
「ごちそうさまでした。大変美味しかったです」
「本当ですか?さっそくエルクが気に入ってくれたって伝えておきますね。アンナも喜びます!」
少し照れたのかエルクは食器を片付け私に背を向けながら「はい、お伝えください」とつぶやいた。
今日は街で開かれる市へ行くので早めに家の片づけをして出かける準備をする。…といっても街までは遠いし、薬やジャムの瓶はかさばるのでどうするのかしら?と思っていたらエルクがドン!と大きめの木箱を足元に置いた。
「念のためコトネには変装をしてもらおうと思います。このマントを羽織ってください」
そして、言われるがまま目の前に差し出されたベージュのマントを羽織る。すると、視界の中にあった私の髪の毛の色が一瞬にしてミルクティー色に変わった!?急いで洗面所の鏡を確認してみる。
そこには私なんだけれど、髪の毛はミルクティー色に染まり、瞳の色はエルクと同じ黄色になった私が映っていた。ベースは同じなのに随分と印象が変わるものだ!
「これが私!?」
「そのマントに髪と瞳の色を変える魔法を施しました。マントを羽織っている間は効力が続きます」
髪の毛を触りながら洗面所から戻るとエルクがいつもの黒いローブを羽織りフードを深々とかぶった。そしてフードを下すと…そこには見た目年齢年相応になったエルク…?の姿があった!
「…エルク!?」
「はい。街で子供の姿だと不便ですからね」
なんと声も枯れ、どこから見ても800歳超の立派なおばあちゃん魔女になっていた。
「もしかして、この姿が本来のエルクなの?」
「いいえ、これは魔法でそう見せているだけです。いつもの姿がありのままの私ですよ」
「800歳超えているのに?不思議だとは思っていたのよね」
「いつも子供の姿なのは…失敗したからです」
「失敗?」
エルクの話によると、エルクは以前”若返りの薬”を頼まれて研究していたそうだ。試しに自分で飲んでみたところ、子供の姿まで若返ってしまいそれから見ためは歳をとらなくなってしまったんだとか!
それ以来、危険なので”若返りの薬”の研究は中止となりエルクはこのままの姿で生活しているんだとか。
「年寄りにつきものの体の不調がいっぺんに消えて快適といえば、快適ですよ」
「そ、そうだったのね…」
じゃあ私などがうっかり飲んだら赤ちゃんくらいに若返ってしまうのかしら?…未知の薬を研究するって怖い!
「では、街に行きましょうか。コトネはその木箱を持ってください」
木箱に商品を詰めるのかと思ったら持つだけでいいと言われてしまった。中身の入っていないカラの木箱は簡単に持ち上がる。木箱を抱えたところでティティは私の足元に前足を揃えてお座りの姿勢をとり、私たちはエルクの移動魔法であっという間に街の裏路地へと移動していた。
人気のない裏路地から表通りへ進むといくつものテントを張った店が立ち並び、市の準備の真っ最中だった。
「では、付いてきてください」
私はエルクに続いて大きな通りを歩いていく。




