51話 魔法使いの弟子?.2
「何でここにいるんですか!?」
朝になったのだろうか?耳元で大きな声がしたので目を覚ますとエルクが初めて無表情ではなく顔に感情を出していた。”驚き”の感情だけれど。
「あ、おはようございます。私、手を握ったまま寝ちゃったんですね…エルクが夢にうなされてるみたいだったから、つい」
エルクは自分の目元をぬぐうと顔を赤くした。
「そ…そうでしたか。ご迷惑おかけしました…」
窓から外を見ると、灰色の雲が厚く空に覆い被さっている。
その後エルクはほとんど口を開かなくなってしまった。ご飯を食べるときに「いただきます」と、食器を片付けた時の「ありがとうございます」、それと「今日は昨日とってきた薬草を時間がないので魔法で乾燥させて細かくすり潰し薬を調合します」という説明以外は今日まだお喋りらしいお喋りをしていない…。
エルクに手渡されたすり鉢でひたすら乾燥させた薬草を丁寧に粉状にしていく。なかなか根気のいる作業だ。ティティもまだ帰ってきていないので部屋の中には2人でゴリゴリとすり鉢で粉を作る音が響いている。
エルクの雰囲気からすると、喋ろうとするけれど、どう喋りだしていいのか考えているように見える。
「エルク、この薬草は終わったわよ」
「ありがとうございます。ではすり鉢を変えてこちらの薬草を…」
「はい、これね?」
新しいすり鉢を受け取り今度は別の薬草を粗めにちぎってからすり鉢に放り込み少しづつ粉にしていく。単調な作業なので時間がとても長く感じる。
「…あの、私昨日の晩何か寝言を言っていましたか?」
ちょっと眠くてあくびがでそうになったところで突然、エルクが重い口を開いた。
「私も聞く気はなかったんですけど、うなされて”ごめんなさい”とかそんな感じでした。勝手にすいませんでした」
「いいえ。こんな狭い家ですから気になって当然です。…あの、人の名前も口走っていませんでしたか?」
「そういえば、”アヴァ”と言っていたような…」
エルクはすり鉢を止めてキッチンからお茶を持ってきてくれた。透明のポットには白く小さな花が入っていてお茶もふんわりと花の香りがする。
「やはりそうでしたか。私も未だにあの時の夢を見た事に驚いています…。私がここにコトネを連れてきたのは…そのアヴァと関係があるんです」
エルクは「そのうち話そうと思っていた」と付け加えてアヴァさんの事を話してくれた。
”アヴァ”はエルクが魔導士として城に仕える前からいたノア・グラフ・クラストフさんの奥さんの名前だそうだ。
アヴァさんは城外の城に住んでいたけれど、頻繁に夫のノアさんと一緒に城へ来ては当時の王妃様や王子様と仲良くお茶をしたりして過ごしていた。
ある日、アヴァさんが街へ買い物へ行くというので当時魔導士になりたてだったエルクがお伴した事から二人は仲良くなり、段々と互いの悩みを打ち明けあったりできる仲になっていた。
エルクも当時は時代のせいもあり女性の魔導士が城に仕えるのは初めての事だったので、周りの男性魔導士に嫌味を言われていたり何かと女性だからと差別されることが多々あり孤立していた。そんなエルクに優しいアヴァさんはかけがえのない存在になっていった。
アヴァさんは一見、まわりの王族の人達と良好な関係を気づいているように見えたが、夫であるノアさんとエルク以外には本当の自分を出すことができず、偽りの笑顔を貼り付け続けていることに悩んでいた。
「彼女は…アヴァはこの国で初めて召喚された異国から来た花嫁だったからです」
「召喚された!?」
ここで思い出した!約7000年前に異国から召喚した人物がいると賢者の人達が言っていたことを!アヴァさんという人ということまでは知らなかった。アヴァさんは異文化に馴染めず苦労していたらしい。
「そうです。アヴァはノア様の花嫁になるため異国から召喚されました。見た目はコトネと違いましたので世界は異なると思いますが」
「そうだったのね…。でも何で謝る必要があったの?仲良くしていたんでしょう?」
「それは、私がキエア火山の魔物を封印した際にノア様をお救い出来なかったからです」
エルクが言うにはキエア火山の魔物は思っていた以上に強く、当時最高魔導士と呼ばれたエルクでも太刀打ちできないほどだったそうだ。
当初は討伐予定だったけれど、あまりにも強く封印する手立てしか残されなかったが、封印は命を懸けて行う大きな魔法だったのでエルクはノアさんの前に一歩出て自身の命を懸けるつもりでいた。しかし、ノアさんはエルクの魔力を隙をみて奪い、自身の命を懸けて魔物を封印してしまった。
私がもっと強ければ…私がもっと早く封印の魔法を使っていれば…なぜ私が生き残ってしまったのか…と、エルクは悩み続けていた。昨晩はその時の苦悩がまた夢に出てきてうなされていたそうだ。
ノアさんを亡くしたアヴァさんの悲しみは計り切れないものだった。まだ子供もおらず彼のために魔界へ来たのに、これから彼のいない世界どうやって生きていけば…と大きな哀しみの渦にのまれてしまった。
エルクは少しでも多くの時間アヴァさんといられるように、アヴァさんの悲しみを少しでも和らげてあげられるように…と懸命だったらしい。
元いた世界へ戻ることもできたのだが、愛したノアさんが過ごした魔界にとどまり続け亡くなったそうだ。
エルクはアヴァさんが亡くなったことで疲れ果て、表立ってはより大きな魔力を得るためと話し眠りについた。ひたすら眠り続けたところ6000年も眠ってしまっていたという。
「再び目覚めたこの世界でまた異世界から召喚された者と聞いて…コトネに興味を持ちました」
エルクは喋りながらもひたすら手を止めず薬を作り続けている。
「私は6000年眠っている間もあの時どうするのが正解だったのかひたすら考えていました。そして、残されいつも涙していたアヴァに対してはもう少し心を強くもって、堂々と生きてもらえていたら…と思ったのです」
エルクはしんみりと話していてくれたが、段々と話す声に熱がこもってきた。それと同時にすり鉢をする手にも力が入るのかゴリゴリという音が大きく部屋に響く。
「ですから…私は、コトネにもっと強くなってもらわねばと思ったのです」
「ええぇ!?」
もしかしたら、アヴァさんと同じく異世界から来た私が孤立していないかな、などという心配をしてくれたのかしら?なんて思っていたらまさかの強くなってもらわねばと言われて驚いた!
驚きの声をあげると同時に家の扉が開きティティが帰ってきた。
『ただいま戻りました!帰りがけにおいしそうな鳥を仕留めましたよ!』
ティティの口にはキジが咥えられていて、とても誇らしげだ!
「あら、ありがとう。さっそくお昼にしましょうか?コトネ、鳥を〆てみますか?」
「いえ!それは…遠慮します」
「そうですか…」
ティティからキジを受け取るとエルクはそのまま外に出て行ってしまった。
エルクはどのように私を”強く”させる気なのだろうか?体力的に?魔力的に?それとも精神的に…?どれにしろ不安が増すばかりだ。




