50話 魔法使いの弟子?.1
次の日の昼すぎ、城の中庭で荷物をまとめ待っていた私たちの前にエルクスレーベンさんは風の魔法で空からやってきた。
今日も黒いローブを身にまとい肩にティティを乗せているけれど、これでホウキに乗ってきてくれたら完璧私が小さいころに想像していた魔女っ子さんだ。
ティティがケヴィンの姿を見つけるとこちらに駆け寄ってくる。後ろ足に昨日まで巻かれていた包帯はなくなっていた。
『ケヴィン様、そして騎士団員の皆様には大変お世話になりました。ありがとうございました!お礼が遅れて申し訳ございませんでした』
「おぉ、本当にしゃべるんだな。俺達も癒してもらったし感謝してる。足、治ったみたいでよかったな」
『エルクスレーベン様がお目覚めになった事で私の魔力も元に戻ったので足も治癒しました。騎士の方にかけていただいた魔法は私の不足した魔力を補うのに吸い取られてしまってました。ご心配おかけしました』
エルクスレーベンさんはそのやり取りをじっと見ていて、ケヴィンと目が合うとぺこりと頭を下げ感謝を伝えていた。横に並ぶ私と足元に置いた荷物をちらりと見てからこちらへ歩いてくる。
「お待たせいたしました。用意はできているみたいですね」
「はい、10日間よろしくお願いします」
日本式に深くお辞儀をしてからエルクスレーベンさんのほうへ足を踏み出した。すると、イザークが私の右手をつかんで引き寄せ胸に強く抱きしめた。
「コトネ、無理をするなよ」
「わかってるわ。手紙を出すわね」
エルクスレーベンさんは無言のままだ。名残惜しいけれどイザークから離れて彼女の元へ行くと私は魔法の光に包まれ城の外へ移動した。
・・・
「わぁ…」
次の瞬間には目の前に大木がそびえていた。これも魔法だろうか?大木は緑の葉を茂らせているけれど木の幹には扉と窓がついていてまるまる家になっている!物語に出てきそうな”魔女の家”といった感じで、つい口から感嘆の声がもれる。
「昨日の今日なのでまだ片付いていませんが…中へどうぞ」
「はい、お邪魔します」
中へ入ると思いのほか広く、部屋の奥にはハシゴがかけられていてロフトに上がることができるようになってる。窯には火がくべられ鍋が煮えていて、家中にさわやかな草の香りがしているので薬草を煮ているのだろうか?テーブルの上にはまだ摘んできたばかりとみられる薬草が置かれていて、一部は麻ひもで根本が結ばれているのでこれから乾燥させるのだろう。テーブルの上に転がる瓶、床に積み上げられた籠、火のついていない暖炉の上積まれた本…と全体的に確かに乱雑だけれど、なぜだかすべてがしっくりとしていて長年住んでいたような安心感がある。
『コトネ様、ようこそ我が家へ。ロフトにベッドを用意いたしましたのでお荷物などは上にどうぞ』
エルクスレーベンさんの肩から床に飛び降りたティティは率先して室内を案内してくれた。さっそくロフトへ魔法で荷物を上げるとエルクスレーベンさんに外へと連れ出される。
ティティはクッションの置かれた椅子の上で丸まりお留守番のようだ。
「これから何をするんですか?」
「週末、街で市が開かれるのでいくつか商品を販売しようと思います。それの準備を手伝ってください」
「市ですか。何を販売するんですか?」
「ついてきていただければ分かります」
言葉少なくしゃべると、家の前の森を抜け綺麗な小川と草原が広がる広場へ連れてこられた。草原の一角には重そうに赤い実をぶら下げる木が何本も生えている。私たちが草原に現れたのに小鳥達が気づき、木から一斉に飛び立った。
「この赤い実を、籠にできるだけたくさん収穫してください」
エルクスレーベンさんは持っていた籠を私に渡すと「私は薬草をとってきますので」と、草原の反対側に歩いて行ってしまった。残念ながらいきなり別行動だ。
言われた通り木に近づいて赤い実をひとつぷつんと取り手のひらに転がしてみる。楕円形でつるんとした実は簡単に木からもぎることができたので、試しに手についた汁をぺろりとなめてみると甘酸っぱい。
こうなったら沢山収穫してエルクスレーベンさんをびっくりさせよう!となるべく真っ赤に色づいた実を探してどんどん籠に入れていった。
「うーん、肩が痛くなってきた…」
深い籠に八分目くらいまで実がたまったところで一度籠を下に置いて手を大きく回しストレッチをする。ずっと右手で顔の高さほどのところに成る実をとりつづけていたので肩が痛くなってきたし、左手にぶら下げた籠もずしりと重みを増して私のペースは落ちてきていた。
「…頑張って手で取ってくれてるんですね」
「ひゃっ!?」
いつの間にかエルクスレーベンさんがしゃがみ込み籠の中の実をチェックしていた!足音もなく近づいてきたので驚いて変な声が出てしまった…。
「てっきり魔法で収穫しているのかとばかり思ってました。コトネ様は面白い方ですね」
「そういえばそうですね。すっかり”魔法で収穫する”というのが頭になかったです。私は魔法のない世界にいた時間のほうが長かったですから…」
「魔法のない世界ですか…。でも、手で取ったほうが虫がついていたり熟れすぎていたりするものをチェックできるので手間ですけどコトネ様の丁寧な仕事はありがたいです」
エルクスレーベンさんの籠には薬草がぎっしりと詰まっている。新しい籠を取り出し、一粒木の実をもぎとると虫がついていないかチェックしてい篭に放り込む。どうやらエルクスレーベンさんも一緒に木の実取りをはじめるようだ。
「そういえば、10日間は一緒なのですからどうぞ”コトネ”と呼んでください」
私が呼び名を改めてほしいと申し出ると無表情だった顔に少し驚きの色が浮かんだ。
「そうですか…では失礼ながら。コトネ、私の事はどうぞエルクと呼んでください」
「…!ありがとうございます。エルク」
少し打ち解けられたようでうれしく満面の笑みで笑いかけると、エルクは顔の前に新しい籠を差し出し「同じくらいまた取ってください」と言うとくるりと隣の木へ移動してしまった。
照れ隠しなのかしら…?何にせよ、一歩前進したようでほっとした。
再び肩を大きく回してから気合を入れて木の実を取り始めた。
・・・
「いたた…」
日が暮れ足元に置かれた木の実のつまった籠は5つになっていた。今日はただひたすら収穫をしていて腕も肩もガチガチだ。
「随分たまりましたね。これでたくさん作れそうです、帰りましょうか」
エルクが指をはじくと籠はぱっと消えてしまった!先に移動魔法で家に移動してしまったようだ。私が魔法を使うときは手をかざし、少し心の中でぐっと念じる間が必要なのでエルクの息をするように自然に魔法を起こす様はさすが最高魔導士といったところなのだろうか。
家の扉を開けるとティティはまだ同じところで丸まって寝ていた。エルクが火にかけっぱなしだった鍋を火からおろして中を確認している。何を作っていたのかが気になっていたので横からちらりとのぞき込むと大きな鍋の中でしっかり煮込まれた薬草は深い緑色をしたドロドロの物体になっていた。さわやかな草の香りはツンと鼻につく香りに変化していた。
「これは…何ですか?」
木でできたお玉で鍋の中身をすくうと平らなお皿に移し粗熱をとったあと、エルクは指にとり自身の手の甲に塗り付けた。
「うん、うまく出来ています。これは…」
どうやら納得のいくものが出来上がったらしい。そのまま私の腕を取ぐいっとドレスの袖をまくるとエルクは自身の手の甲にしたように緑色の物体を私の腕に塗り付けた。
「!? これって」
「これは筋肉の痛みを和らげる塗り薬です」
エルクに塗り込まれた緑色の薬は腕をすうっと冷やし筋肉のほてりをとってくれているかのようだ。どこかで嗅いだこととのある香りだと思っていたのはシップのようなスッとした香りだったと気づいた!
「こんなものが作れるんですね!」
「この世界では皆が皆魔法を使える訳ではないですから、このような薬は重宝されています。市で売って生活費に充てます」
「…でも、エルクは元々城に仕えていた魔導士なんですよね?十分にお給料が支払われているのではないですか?」
彼女は歴史に名を残す”英雄”なのだから、それ相当の報酬をもらっていてもおかしくないと思った。
「私は自分が生活できるだけの少しの賃金をいただければそれで充分なので、いただいた賃金のほとんどは寄付へ回しています…なので、今から別の鍋で今度はジャムを作りますよ」
素晴らしい!と口を開こうとするとエルクは先回りをするように先ほど摘んだ木の実を指さして「そこの鍋に入れて火をかけ砂糖と煮込んでください」と指示を出す。
「は、はい…」
給食室の鍋かラーメン屋さんの鍋か…それくらいの大きな鍋に木の実を入れエルクの指示通りの分量で煮込み始める。手渡された木ベラも柄が長く、知らない人がみたらまるで魔女が怪しげな薬を作っているように見えるだろう。さながら私は魔女の弟子になったかのようだ。
爽やかな果実の甘い香りを楽しみながら私がジャムを作る横でエルクは瓶に先ほどの薬を詰めている。最高魔導士の生活が意外にも質素で慎ましいものだと知り私の中で一気に親近感が沸いたのだけれど、エルクの笑顔を引き出すにはまだ足りないみたいだった。
途中でエルクが味見をして仕上げたジャムは、甘さの中にほんのりと爽やかな酸っぱさが残る優しい味に仕上がっていた。
・・・
「これをお願いね」
森にフクロウの鳴き声が響いている。真っ暗になった家の外へランプを手に出ると、すでにイザークの聖霊がドラゴンの形をして待っていてくれた。さっそく書き上げた手紙を渡すと羽を広げ静かに城へ向かって飛び立って行ってしまった。
ランプの灯りをたよりに手紙を開封し読んでみると、イザークの美しい字で綴られた手紙の半数以上は私を心配している言葉だった。そして手紙の最後には"愛を込めて"と書かれている。文章なのにイザークに耳元で呟かれているような気がして顔が熱くなる。
顔の火照りが覚めた頃、家に戻ろうと扉に手をかけるとティティが外に出てきた!私たちが夕食を食べている間もずっとソファで寝ていたのでやっと起きたようだ。
「あら、おはよう!随分寝てたわね」
『ええ、私の時間はこれからです!エルクスレーベン様のために今のこの国の情報をあれこれ仕入れるのです。では、また明日!』
「気を付けてね」
エルクが市の情報を仕入れたりするのは夜のうちにティティが動いてくれているからなのか。エルクよりもティティのほうが心を開いてくれているみたいだし、聞きたいことはたくさんあったのだけれど…焦らずゆっくり仲良くならなくちゃ。
「戻りました」
私が家の扉を閉めるとエルクは麻紐で結ばれたラベンダーの束を私に手渡してくれた。すでに乾燥していてドライフラワーになっている。
「どうぞ、これを枕元に置くとよく眠れますので…私は先に寝ますね。おやすみなさい」
「え?さっき夕食を食べたばかりなのに…?」
「本来日の入りと共に寝て日の出とともに起きるのが自然なのです。では…」
眠たげなエルクはそう言うと奥の部屋のカーテンを閉め早々と就寝してしまった。…これからがお喋りをしてぐっと仲良くなれるチャンスだと思っていたのに…!!
やはりもうお歳だからだろうか?見た目は子供なのでどう接するのが正解なのかまだ分からない。
エルクは寝てしまったし、ティティは外に出てしまったので私もロフトに上がり枕元にラベンダーを置いて目をつぶり早く睡魔が襲ってくるのを祈った…。
「ん…」
喉が渇いて目が覚めた…ラベンダーのおかげかすんなりと眠りにつけたみたいだけど、まだ家の中は真っ暗だから真夜中のようだ。ランプに灯りをともし、エルクを起こさないよう慎重にキッチンへ向かい水を飲む。エルクが飲み水として用意してくれていた瓶にはミントが入っていて爽やかでおいしい。エルクの生活は自然を最大限に活用しているらしく素朴だけれど心地いい。ベッドへ戻ろうとしたところで、声が聞こえた。
エルクの声だ。カーテンの奥から私を呼んでいるわけではないみたい。
耳を済ましてみてわかった。寝言だ…。
「…アさま…どう、…して」
悲しい夢を見ているらしくすすり泣く声も聞こえた。たまらずそっとカーテンを開けエルクを見ると寝ながら涙を流しているようだった。起こさないよう近くに寄り顔の前に出ていた手をとるとぎゅっと強く握られた。
嗚咽で上下する肩を優しくなでるとすすり泣く声が止み寝息のリズムが整ってきた。頬に伝う涙を指でぬぐうと再びエルクが寝言を言い始めた。
「…アヴァ、ごめ…なさ」




