49話 年寄りのわがまま
エルクスレーベンさんは姿勢をぴんと正してソファに座り、横にはティティが同じく姿勢を正して座っている。すごく真面目な顔で。
今さっきエルクスレーベンさんの口から出た言葉により私たちは固まってしまったが、少し間を開けてイザークが再起動する。
「今、何て?」
「ですから、彼女を…コトネ様をお借りしたいと申しました」
「ティティの話は聞いていましたよね?彼女は私の婚約者です。侍女ではありませんよ」
「私は6000年ぶりに目覚めたのです。まだ魔力も完全に回復していません。しばらく私の手伝いをしていただきたいのです」
「それならば城から侍女をお付けしましょう」
「いえ、コトネ様がいいのです」
二人は無表情で言葉のラリーを交わしている。つい先ほどまで私のことなんて空気としか見ていなかったエルクスレーベンさんが何で私をこんなに指名するのか全く分からない。
しかし、二人の静かな言い合いを止めなければと慌てて間に入った!
「あのっ…!期間はどれくらいでしょうか?」
「おい、コトネ!?」
エルクスレーベンさんは少し考えるような顔をしながら一口お茶をすする。どうやら、期間までは考えていなかったようだ。
「まぁ、私の生活が整うまで…」
「コトネに外に出られると困る。城から優秀なものをつけるのでそれで我慢していただけないだろうか?」
「6000年ぶりに目覚めた年寄りのわがままくらい、聞いていただきたいものです」
「なっ…!?」
「もしも断られるのであれば、私は再び眠りにつくだけです」
なんでそこまで私にこだわるのだろうか!?エルクスレーベンさんの表情は全く変わらないので私に対して好意をもっての事なのか、はたまた別の事なのかはわからない…けれど、再び眠りにつくとまで言われてしまうとイザークも困っている様子だ。
「イザーク、少しの期間だったら私は大丈夫よ?きっとエルクスレーベンさんも久しぶりの魔界だもの、何かと不便なんだと思うわ」
「でもどうしてコトネが…」
「魔王様、年寄の言うことは素直に聞いておいたほうがよろしいですよ」
最高魔導士によるまるで脅しのような言葉にこれ以上反対することは不可能だと…そう思った。
・・・
しぶしぶ、イザークはエルクスレーベンさんの要望を受け入れ、とりあえず10日間の期限をつけて私をエルクスレーベンさんと共に行動することを許可した。
ただし条件付きで。必ず毎日手紙を聖霊に託すこと、私が行動する範囲には結界を張り危険を遠ざけることを最低条件として。毎日イザークが会いに行くというのはエルクスレーベンさんが来客は断ると言って却下されてしまったが、私の身の安全は必ず約束するとエルクスレーベンさんが頷いたところで話は終わった。
明日の昼過ぎに迎えに来ると言いエルクスレーベンさんはティティと共に森へ帰って行ったのだった。
「すまない、コトネ。結局彼女のところへ行かせることになってしまって…」
「いいのよ。きっとエルクスレーベンさんも何か考えがあっての事だろうし」
夜、明日に向けての荷造りをアンナとしているとイザークがやってきた。エルクスレーベンさんが帰ってからずっと後悔のオーラをまとっている。
ひとまず一週間分の荷物を革でできたハードトランクに詰め込んだ。アンナが心配し、あれもこれもと詰め込むものだからなかなかの重さだ。
「アンナ、ありがとう。これで大丈夫そうね」
「コトネ様…本当に無理はなさらないでくださいね」
アンナはまた明日と言って部屋から出て行ったが、私がエルクスレーベンさんの所へ行くと決まった時からずっと元気がない様子である。「私もついて行けたらいいのに」とまで言ってくれていた。
「イザークにもアンナにも…皆に心配をかけてしまって本当にごめんなさい」
ハードトランクをベッドの下に押しやってから窓の外を眺める。サンタさんが地図で示した場所は城の裏にそびえる崖の奥に広がるこの森の中、ずっと奥の場所だ。高台のここからでも確認はできない。そこでしばらく生活をするのだと考えたら先ほどまではきっと大丈夫!と気丈に振るまえていたのに、急に寂しくなってきた。
「コトネが謝ることではないよ。やはり、明日もう一度断りを入れよう」
「…だめよ。ご機嫌を損ねたらよくない気がするし、たった10日間よ。毎日手紙も出すし私しっかりやってみせるわ」
窓の外を眺める私の後ろにそっとイザークが寄り添い、両腕で私の体を包み込む。イザークの温かい体温に触れると余計に恋しくなってしまうから…やめてほしいのに…嬉しくて受け入れ、体の重心を後ろに倒しもたれかかった。
「本心か?」
「…強がってる。でも、しっかりとお手伝いしてくるわ。仲良くなって彼女の笑顔を引き出したいし」
「確かに、彼女はずっと無表情だったな」
イザークが抱きしめる腕をよけて正面に向き直り、自分から腕をイザークの背中に回して強く抱きしめる。イザークの胸に耳を当てて目を閉じ、脈打つ心臓の音を聞き心を落ち着かせる。
10日間会えないんだと思ったら少し大胆になれた。会えない時間分のぬくもりを充電するかのように長く抱き締めあった。
「たった10日間?」
「言い間違えたわ。長い10日間ね」
ぎゅっと抱き締めたままの私の髪の毛にイザークの唇が触れる。
手をゆるめ、顔を上げてイザークを見つめるとサラリとした前髪が私の髪とぶつかる。
そして、「10日分だ」と静かに長い口づけをした。




