4話 使い魔
「高いところは平気か?」
「最初は怖いかなって思っていたけど、景色が素晴らしいし風が気持ちいいわ!」
頬に当たる風は不思議と優しく、髪の毛もまるで扇風機の微風に煽られてる程度にしかなびかない。どうやらイザークの使う魔法でドラゴンの背に乗っていても快適に過ごせているらしい!
果てしなく広がる緑の森。所々に川や湖、岩山があり滝が流れている様子もみられる。あまりの絶景にドラゴンの背に乗っていることを忘れるくらい感動してしまってる私がいる。
ちらりと後ろを見ると、ケヴィンもドラゴンに乗り付いてきている。
「ケヴィンの乗ってるドラゴンは、アマロと少し違うのね」
ケヴィンのドラゴンは顔、身体つきはドラゴンだけれども鉄のような鱗を持つアマロとは違って身体は鳥のような羽でおおわれており、鷹を思わせるような姿だった。大きさはアマロよりふたまわりほど小さいような気がする。それでも人を乗せるのには充分な大きさだけれど。
「使い魔は持ち主の創造から産まれるんだ。だから創る時にどんな生き物にしたいか持ち主がイメージしたもので決まる。あと、使い魔の大きさは単純に持ち主の魔力によるものだがな」
「じゃあこれから私の使い魔を……って事は、どんな子にするか考えておいた方がいいの?」
「そうだな、イメージしておいたほうがいいかもしれないな」
話しているうちにも景色はどんどん変わっていく。速さはどれくらい出ているのか分からないけれどかなり速い。飛び立つときは驚いていてそれどころじゃなかったけれど、背中に主人を乗せているからなのか、アマロはきちんと私達が快適に乗っていられるよう急旋回なんてしないで上手に飛んでくれてるように思える。
なんてお利口な子なんたろうか。地上に降りたらまたなでなでしてあげないと!
ふと、腰に回されたイザークの手元に目が行った。
「この指輪、イザークと同じものなのね」
昨日、私の左手の人差し指にはめられた指輪とイザークの左手親指にはめられた指輪が同じものだと気づいた。
「そうだ。コトネの潜在的な魔力は大きいがまだ使い方を覚えていないから不安定なところがある。この指輪を通して俺の魔力でコトネを包み守る事によってこちらの世界にいる滞在時間は昨日より伸びるはずなんだ」
そうなんだ、と改めて指輪を顔に近づける。龍かと思っていたけど、この彫刻はアマロなんだろうな。角度を変えて石がキラキラ光に反射するのを見て楽しんでいるとイザークが嬉しそうに小さく笑った。
「なんだ、気に入ったのか? まぁせっかく俺の角を使ってるから気に入ってもらわないと困るんだけどな!」
「えぇぇえ!?」
イザーク自身の角を加工し宝石のようにして指輪に埋め込ん……ってことよね? この黒く光る石が角!?
驚いて体をひねり、風になびくイザークの頭に手を伸ばしあちこち触ってみるけどサラサラとした髪の毛に触れるだけで角は見たあらない。
「コトネくすぐったいぞ! 角は魔界の王族にのみ生えるものなんだが生活する上では邪魔だから隠してるんだ」
「隠せるの? そんな便利なものなの?」
「王としてのきちんとした儀式の時は出す必要があるから、コトネが見てみたければ今度見せるさ」
「あ、ありがとう」
指輪に使って欠けた部分は生え変わったりするのかと聞いてみると、角自体が生え変わりはしないけれど、少し欠けたくらいなら何十年かすれば元通りに治るそうだ。
むやみやたらに使っていたら年中欠けてて格好悪いから普通はそんなことをしない。この指輪は特別なものだとも教えてくれた。
そんな貴重なものを召喚初日にいただいていたなんてびっくり。
イザークと緊張せずに話せた流れで、一番気になっていたことを質問してみる。
「ねぇ、イザーク……私の世界では魔王と言えばなんていうか、他の国を陥れたりする悪者ってイメージがあって……その、勇者が悪者である魔王と戦うとかそんな感じなんだけれど……こちらの国だとどうなの?」
モヤモヤしていた事を口にしてしまった後で、ここはアマロの背中の上でイザークと二人きりなのを思い出した。もしイザークを怒らせてしまったら……。手に汗がにじむ……!
「コトネ……っ……ハッ、ハハハハッッ」
イザークが豪快に笑った!
何が可笑しいのかわからないけれど、昨日も賢者の人達に笑われてしまったし、また私は的はずれな事を言ってしまったのかしら? 恥ずかしくなってたちまち顔が熱くなるのが分かった。
「コトネの世界だとそんなイメージなのか! 参ったな」
イザークは目もとを右の手でぬぐっている。涙が出るほど面白かったらしい。
「昨日この国の地図は見たよな? 主に3つの大陸に分かれていて俺たち魔族の住む魔界、聖霊族達の住む聖界、人間達の住む人間界に分類されてる。
遥か昔の事になるが、どうしても国の始まりは領地の争いになってしまうから人間と魔族が闘ったなんて話はそれくらい前に遡るんだと思う。
多分コトネの世界に広まっている俺たちのイメージはそんな頃からきてるんじゃないかな? 今は物も人の行き来も自由になって、種族の違うもの同士結婚したりするのが当たり前になってるからコトネの心配するような事はないよ」
そう言いつつ私の頬を優しくなでる。
領地の争いで戦争が起こるのは私の世界でもごく当たり前に起きている。むしろ今まさに起こっている国もあるくらいだ!
今こちらの世界でそんな争い事が無いというなら、より平和で理想的なのはこちらの世界じゃないの!?
はっと気づかされた。
「勝手なこちらの先入観で心配したりして、ごめんなさい」
俯き、うつむく。
「いいんだ。まだまだコトネにはこちらの世界について知ってほしいことが沢山ある」
私の腰を抱き締めるイザークの左手にぎゅっと力が入った。
しばらくすると海かと見間違えるほど大きな湖が現れ、その中に浮かぶいくつかの陸地のうち、白い祭壇のようなものが設置されている小さな島に降り立った。
「ここが魔界に涌き出る水の源だ。とても神聖な場所で一般人は立ち入ることができないようになってる」
水は澄んでいて、水ぎわに近づくと小さな魚がたくさん泳いでいるのが見える。水面がキラキラと反射してまぶしい。
「なんだ、アマロは嬉しいのか?」
アマロは猫のように全身で伸びをすると、イザークに甘えて喉を鳴らしている。
「よし、反対岸で水浴びしていていいぞ! ケヴィン、一緒に遊ばせておいてくれ」
アマロはそう言われると、嬉しそうにケヴィンのドラゴンに駆け寄りじゃれあいはじめた。ここまでくれば離れても大丈夫なのかケヴィンも私達に手をふりドラゴン達と反対岸に歩いて行ってしまった。
「この陸地は降り立つものを選ぶんだ。使い魔は他の場所でも手に入るが、身分の高い者はこの湖で創造するのが習わしとなっている。きっとコトネの使い魔も永らくコトネがここに来ることを待っているはずだ」
「待ってる?」
「そう。この湖は俺達が産まれる前から俺達の事を知っている。全てお見通しなんだ」
イザークが湖に一歩足を踏み出すと、湖には光が集まり湖の上には真っ直ぐな道が現れた。
「さぁ、コトネ行くぞ」
差し出された手をとりイザークと共に光の道を歩いていく。少し歩くと、光の道の先には水が噴水のように沸き上がっていてその中心にいくつかの丸い光がみえた。
「この光の中から好きなものを手にとって心の中で使い魔を呼んでみてくれ」
私が不安にならないようにだろうか、イザークは常に私の腰に手を回していてくれる。
どんなふうに使い魔が誕生するのかドキドキとしながら、光に手を伸ばしひとつを優しく両手で包んで手前に引き寄せる。
光は触れるとほのかに暖かい。目をつぶって、私の所に来てと心の中でイメージしてみる。
すると途端に光は大きくなり、風が私を包み込んだ!
『永くコトネがこの世に現れるのを待っていました。可愛い申し子を歓迎していますよ』
閉じたはずの瞳の中に美しい女性が現れて、美しい声が頭の中で響いた。
「誰?」
びっくりして目を開けると、風は止み大きくなった光はゆっくりと形になり美しい使い魔が姿を現しはじめた。
身体はビロードのような美しく真っ白な毛でおおわれていて、背中には白く輝く大きな白鳥のような羽……
それはまさに私がイメージしていたペガサスの姿だった。
「この子が私の使い魔…?」
ペガサスは空色の瞳で私を見つめると嬉しそうに頬をすりよせてきた。
「コトネらしい美しい使い魔だな。名前を決めてやるといい」
「名前……」
まだポニー程の大きさをしているペガサスが私の顔を覗きこむ。
凛とした瞳に可愛らしいしぐさは、全く違う動物だか思い出させる子がいた。
「あさひ」
「アサヒか。いい名前だな」
「ありがとう。昔子供の頃に柴犬って種類の犬を飼っていたのだけどあさひは私が嬉しいとき、悲しいときいつも側にいてくれて私を見守っていてくれたの」
「そうか。このアサヒもコトネの側に寄り添い、全てを共有して生きていく生涯のパートナーだ。常にコトネの味方だよ。……しかし、創造したばかりでこの大きさは充分すぎるな。いずれコトネが魔法を使えるようになればアサヒも大きく成長するぞ」
イザークもアサヒに手を伸ばし撫でている。白馬の隣に立つイザークはまるで絵本に出てくる王子さまのように格好良い。
「えっ! 成長しちゃうの? これくらいが可愛くて丁度いいのに」
「いかに大きいかが俺達にとっては重要なのに、そんなこと言うのはコトネくらいだぞ……」
ふと、気配を感じて後ろを振り返るとアマロとケヴィンのドラゴンが上空からこちらに近づき嬉しそうな顔をしてアサヒを覗きこむ。
「こいつらも後輩ができて嬉しいんだろう。アサヒは少し2匹と遊んでくるといい。先輩に話を聞くのも成長には必要だ」
アサヒは遊びたそうな瞳で私を見つめ首を横にかしげる。
「いいわよ。行ってらっしゃい」
声をかけると羽を広げ嬉しそうにドラゴン達と反対岸に飛んでいった。
「ほんとだ、使い魔って可愛いわね。そういえば、目をつぶっている時に頭の中に声がして、すらっとした長身で髪の長い女性が見えたのだけれど」
「そうか! 話し掛けてきたか。それはこの湖自身だな、湖は不思議な力を持っていて時折姿を見せてくれるんだ。コトネを気に入っているってことだな」
「そうなの? 嬉しい……!」
「この湖は全てを知っていると言っただろう? 俺にはこんなものも見せてくれるんだ」
私の肩に手を置きながらイザークは噴水に向け反対の手を伸ばす。
手を伸ばした先の水が揺れたと思うとぼんやりと人影が映し出された。
水の揺らめきが止まるとそこに映し出されたのはよく知っている顔だった。
「わたし!?」
しかし鏡になっているわけではない。
近づき覗きこんでも映し出された私の顔は変化しない。違和感を感じてよくよく見てみると、どう考えても自分だけれど、なんだか顔は落ち着いているように見えるし髪の毛も今より長い。
「これって……?」
「多分、この湖に映し出されているのはもう少し先の時間を過ごしたコトネの姿なんだろうな」
なるほど、髪型が違っていてしかも落ち着いて見えるのはそのせいか。
「子供の頃から俺は魔力が高く、国中に期待されて過ごしてきた。あまりにも期待されすぎると億劫になってしまってな、たまにケヴィンとこの湖に来てはサボって時間をつぶしていたんだ。
そんな俺を見かねてかある時湖がいつか来る未来、俺の妻になる女性を教えてくれた。……とはいってもこのように映し出されるだけで名前も、どの種族なのかも分からないが俺はこの映し出された女性が気に入っていつ目の前に現れて微笑んでくれるのかずっと楽しみにしていた」
言いながらイザークはゆっくりと私の髪をなで、そのまま頬をなでる。
「急にこちらの世界に連れ出してしまってすまない。
だが、俺はこうやってコトネの笑顔を目の前で見ることができて幸せだ。不安や心配事はあるだろうが全力でコトネを守るから安心してほしい」
ルビー色の瞳に吸いまれそうになる。見つめられると恥ずかしくなり目をそらしたくなってしまいそうになる。
イザークは一歩近づき、ぼうっとしている私の額にキスをした。
「っ……!!」
イザークに見つめられ額にキスをされ、私の恥ずかしさの要領はパンクした!
かっと血が沸騰したように感じる。顔も耳も真っ赤になっているだろう。
「い、いきなり不意打ちでそれはっ! 私、耐性ないからどうしていいかわからなくなります!」
身体中が熱い! あまりにびっくりして敬語が出てしまう。心臓の音がイザークに聞こえてしまわないか心配だ。
「やっぱり、コトネは可愛いな!」
そう言うとイザークは私を抱き上げ、持ち上げたまま反対岸に戻ろうとする。
「だからー、だめ! おろしてぇぇぇ」
案の定お姫様だっこだ。
「可愛いからだめだ! 早く慣れてしまえばいい!」
騒がしく光の道を戻る私達に気付き、使い魔達は何か面白いことがあるのかと集まってくる。
粗い部分もありますがゆるく続きも書いていきます。