47話 黒猫
今から約6500年前───。
魔界にそびえる火山のひとつ、キエア火山にある魔物が封印された。魔物の始まりは偶然にも”魔力の森”に忍び込んでしまった害のない小さなドラゴンだった。不幸なことにドラゴンには巨大な力が宿り、あらゆる闇を吸い尽くし巨大な力を獲ると人々を襲い始めた。
当時王であった第8代魔王は数年前に先代が亡くなったばかりでまだ成人していない子供であった。故に魔力のすべてをコントロールできておらず魔物を退治するなど死に等しかった。そこで王位継承順位第二位の7代魔王の弟であったノア・グラフ・クラストフは当時国の最高魔導士であったエルクスレーベンを率いてその命と引き換えに魔物をキエア火山に封印した。
「と、いうことで今でもキエア火山には魔物が封印され続けております」
「わぁ…」
今日は歴史の勉強をしているが、勉強すればするほどここは異世界なんだと再認識してしまう。本当にまるでゲームの世界だ…。ぺらりと本のページをめくると挿絵がついていた。巨大なドラゴンに立ち向かう男性とローブをかぶり杖を振りかざす魔導士。エルクスレーベンは今でも語り継がれる英雄なんだそうだ。残念ながら6500年前の詳しい文献が残っておらず、生き残ったエルクスレーベンがどのような晩年を送ったのかは不明となっているらしい。
するとここで扉がノックされた。扉が開くとイザークが何かを手に部屋に入ってきた。
「じい、コトネを借りてもいいか?」
「ええ、ちょうど今日の範囲が終わったところです。では、コトネ様また明後日ですね。失礼いたします」
「有難うございました」
よいしょ、と声を出して立ち上がるとイザークに礼をしサンタさんは帰って行った。
「先日の腕輪の件で父から返事が来たんだ」
イザークが手紙を私に見えるように取り出し、私の隣に座って手紙を広げる。ちらりとのぞき込んだ手紙の文字は達筆で美しい。
「そうだったのね、何ておっしゃっているの?」
「腕輪は父が子供の頃”魔法のゲーム”内で失くしたものらしい。どこで失くしてしまったかも分からず祖母もあきらめていた物だからコトネが見つけた事に驚いてる。で、この腕輪は祖母の形見になるものだから俺の自由にしてくれと言ってる」
イザークの祖父であるサファナイトさんが愛する奥さんであるアナスタージアさんに贈った大切な腕輪だ。バルドさんが子供の頃勝手に持ち出して失くしてしまったというエピソードは意外だったけれど。落ち着いているバルドさんも子供の頃はやんちゃだったのかしら?
「わかったわ。今部屋のジュエリーボックスに入れてあるからイザークへ返すわね」
「ああ、頼む。祖父が祖母に贈った腕輪だから俺もコトネに贈ろうと思うんだ。少し形を変えてな」
「どういうこと?」
腕輪をイザークに返すのはもちろん快くお返しするけれど、形を変えて私に…?よく意味が分からなかった。
「手紙と一緒に父と聖霊王から贈り物が届いたんだ。結婚式に向けてコトネにティアラを作ろうと思っていたんだが、ぜひに使ってくれと宝石を賜った」
「ええぇ!?」
側近の人を呼び出すと赤いベルベットが張られた箱をテーブルに置き蓋を開ける。そこにはまばゆいばかりのいくつもの宝石がぎっしりと詰め込まれていた。
「す…すごいどれだけの数があるの!?それに私の為に…!?そんな、こんなに素晴らしい宝石をくださったの!?」
数十、いや下手したら三桁はあるであろう大小輝くダイヤモンドにすっかり怖気づいてしまう。
「以前聖霊界に行ったときに聖霊王はすっかりコトネを気に入っていただろう?それに父も母も皆コトネが大好きなんだよ。この宝石と祖母の腕輪についている宝石を使って作る皆の愛が詰まったティアラをコトネに贈らせてくれ」
驚く私の手の甲にキスをしてイザークは微笑む。一般庶民の私には到底「そうなの?ありがとう!」と軽く受け入れられない事態だけれど…。とりあえず急いで聖霊王とバルドさん、エーリアルさんにお礼の手紙を送らないとと思っていた。
ひとまず腕輪をイザークへ渡すため一度部屋を出て移動した。城内をイザークと二人で歩いていると前から騎士がなにやら大切そうにお皿を抱えて慎重に歩いてくる。イザークと私に気が付くと立ち止まり最敬礼をしようとし…たけれどお皿を床に置く為にあたふたしていた。
「どうした?そんな皿をもって」
そんな騎士の様子が気になったのかイザークが声をかけると騎士は緊張した面持ちで姿勢を正した。
「はいっ!えっ…と本日訓練中に城外で怪我をしている猫を保護しまして、今手当をしているのですが団長に言われましてキッチンから猫の食べ物をもらってきたところです!」
「えっ!猫がいるの?」
改めて床に置かれたお皿をのぞくとなみなみとミルクが注がれ、中にはパンが浮いていた。イザークよりも早く私が反応してしまった!こちらの世界に来て猫を見たことがなかったのだ。あのふわふわでもふもふで可愛い猫が!?
イザークは私の興味津々な様子に気づいたのだろう「あとで見に行ってみるか?」と提案してくれたので大きく首を縦に振った。
「じぁあケヴィンに後ほど立ち寄ると伝えておいてくれ。ほら、早く猫に食べさせてやれ」
「は、はいっ!」
騎士は慌てながらもミルクをこぼさないよう慎重にその場を立ち去った。
・・・
イザークに腕輪を渡し用事を済ませたところで、二人で一緒にさっそく猫を見に騎士団の詰所までやってきた。ノックをするまでもなく入口にいる警備の人が中へ通してくれた。
「ケヴィン、邪魔するぞ」
「すいませんお邪魔します!」
さすが屈強な騎士が在籍する詰所だからだろうか、なんというか…いつぞや友達の弟を応援しに男子バレーボールの大会を見に行った際に立ち寄ったロッカールームの匂いがする…。しかし室内は綺麗に整頓されていて棚の上には花まで飾られていた。
「イザーク様、コトネ様、こんなところまで来ていただいてありがとうございます」
甲冑を外しているケヴィンはシャワーでも浴びたばかりなのだろうか?髪を濡らしたまま出迎えてくれた。ケヴィンの後ろの机には騎士が数名集まっている。見ると、その中心には長いしっぽをゆらゆらと振り喉元を撫でられ満足そうにおなかを出している黒猫の姿があった。
「わぁ、その子が保護してきた猫ね?」
驚かさないようにゆっくりと小声でそう言いながら近づく。黒猫の後ろ足には白い包帯が巻かれている。横に置かれたお皿はカラになっていたので食欲はあるみたいだ。
「訓練中に狩人の罠にかかってしまったこの子を見つけたんです。幸い医者に見せたところ骨は折れていなかったようなのですが…なぜだか癒しの魔法が効かないんです。なので…すいません、怪我が治るまではここにいさせてもいいですか?」
ケヴィンはイザークに許可を取らず猫を城内に入れてしまったことを謝りつつも見捨てられないと話した。医者の話ではメス猫で健康状態も良く、数週間で怪我は治るだろうと言われたそうだ。
「ああ、問題ないぞ。治るまでしっかり面倒をみてやれ。あとは治った後に飼い主を捜してやらないとな」
イザークが話し始めたところで急に黒猫が起き上がり黄色い目を見開いてイザークを凝視しはじめた!しっぽはピーンと伸び耳を大きくイザークのほうへ傾けている。さっきまでのごろにゃん状態とは打って変わった状態になり構っていた騎士がざわめいた。
黒猫は後ろ足を引きずりながらもテーブルの上を歩きイザークの近くまで寄ると「なぁーん」と声をあげ鳴いた。
「え?お前、初めて鳴いたな!」
「おい、何だ…すごい見られてないか?」
猫が鳴く様子にケヴィンは驚き抱き上げるがその間も黒猫はずっとイザークから目を離さない。私がケヴィンに抱かれた黒猫の頭を撫でるが目をうっとりと細めたけれど、またハッと正気になったのかイザークをじっと見つめ続けている。
「この猫ちゃん、イザークの事を気に入ってるのかしら?」
「そ…そうなのか?ドラゴンならまだしも、俺はこういう小さい動物はどう扱っていいのかわからないんだけどな」
ケヴィンが黒猫をイザークに手渡すとぎこちなく抱き上げた。黒猫は何度も鳴きながらイザークの体をよじのぼり肩に乗り満足そうに座り込んだ。
「すっかりイザークがお気に召したみたいね。モテるわね!」
「コトネ以外にモテても困るけどな」
イザークから降ろそうとすると嫌々といったしぐさを見せる猫の様子に、夜はこの詰所で寝かせ、しばらく昼間はイザークの新しい執務室で様子をみる事になった。




