46話 ナイトメア
気づくと私は森の中に立っていた。
白い幹に若々しい葉をつけた木が立ち並び、足元にはスズランの花が咲き誇り目の前は白と緑の世界だ。
「綺麗だわ…これがユリアーナの夢の中なのね」
ひとまず森から出ようと歩き出すと私の肩に一匹のドラゴンがとまった。鳩ほどのサイズで黒い鱗に黒い羽をもち、赤い目をし私をじっと見つめる。
目が合ってすぐにわかった。このドラゴンがイザークの聖霊が形になったものだ!
「ありがとう、聖霊さんよろしくね」
喉の下を指で撫でると嬉しそうに「キュッ」と声を出してくれた。
肩に聖霊を乗せたままスズランの咲き誇る森を歩く。きっとどこかに森の出口があるはずだ。今いる場所から辺りを見てもナイトメアらしき悪魔も私達以外の誰かの姿も見当たらない。
しばらく足を進めると木の隙間から平地が見えた。足早に森を抜けると丘になっていてはるか先にピンク色をしたメルヘンな城が見える。不穏なことに城の上には黒い雲が覆いかぶさり雷がくすぶり、黒い雲は少しずつだがこちらに広がっているように見える。もしかしたらあれが悪夢でこの美しい森も雲に覆われたら悪夢に変わってしまうのかも…。
そんなことを考えていると突然聖霊が肩から離れて飛びだし、羽を広げて丘を下りていく。
「待って!」
急いで走り追いかけた先に天蓋に囲まれたベッドが現れた。聖霊はベッドの周りをぐるぐると旋回している。近づいてピンク色の天蓋をくぐるとそこには手を胸の上に組んで眠るユリアーナの姿があった!
「ユリアーナ、ユリアーナ?」
すやすやと眠るユリアーナの肩に手をかけるが夢の中でも寝たままらしく目を覚まさない。しかし表情は穏やかで苦悶の色は見えない…。まだ大丈夫みたい。
ほっとしていると聖霊が大きな声で鳴き始めた。先ほどのように「キュッ」と可愛い声ではなくて「ギャー、ギャー」と騒がしく。慌てて天蓋の外に出ると丘の向こう側に黒い影が見えた。
影はゆっくりとこちらに近づいてくる。目を凝らしてみると豊かな鬣をなびかせた真黒な馬の姿をしている。
「ナイトメアね!?」
≪誰だお前は、夢の住民ではないな!?≫
驚くことにナイトメアは私に語り掛けて来た。ユリアーナに近づけてはいけない!そう思って自らナイトメアに近づくように走り出す。
「そうよ!あなたからユリアーナを取り戻しにきたのよ」
突然!耳を覆いたくなるような大きな地響きが起き、走り出した目の前の丘に亀裂が入り地面が大きな音を立てて割れ始めた!
「わっ!!危ないっっ」
勢いよく駆け出していた私は驚いてバランスを崩した拍子に後ろに倒れこんでしまった。音が止むと目の前には大きな地割れができていて、どれほど深いのか底は真っ暗で何も見えない。
夢の中ではなんでもできてしまうのかとぞっとし冷や汗が出るのを感じた。
≪さっさと出ていくがいい。逆らうとお前もろとも悪夢に引きずり込むぞ!≫
ナイトメアは地割れの反対側で足を鳴らし興奮した様子で叫ぶが、こんなことで引き下がるわけにはいかない。意を決して立ち上がるとナイトメアは≪まだ歯向かうか≫と声を荒げた。
「うっ、痛っ!」
立ちあがった私の右足に勢いよく地面から棘の生えたいばらの茎が現れ強く巻き付いた。振りはらおうと足を動かすけれど、その度に棘が足に食い込み激痛が走る!あきらめずにもがく私の足を棘はどんどん上ってくる。ナイトメアは助走をつけて地割れを飛び越えようと大きく足を蹴った──!
───ドッ!
飛びだしたナイトメアに聖霊が体当たりをして辺りには鈍く大きな音が響いた。ナイトメアは少しの言葉を発したかと思うとそのまま深い地割れに吸い込まれるように落ちていった。
「聖霊さん、大丈夫!?」
尚も羽を広げて飛んでいる聖霊に声をかけると私の方に戻ってきて足に絡みついたいばらの茎にかじりついた。聖霊の口からは柔らかな光があふれ、その光に触れた茎は黒い煙を上げながら消えてしまった。光の魔法だ…!
血の出た足をさすり聖霊にお礼を述べていると地割れの中から再び大きな地響きが鳴り響く。すると、目の前にドスン!と大きな馬の前足が黒い煙をあげながら襲い掛かってきた!
驚き後ろに下がると唸り声をあげながら地割れから先ほどよりも大きく巨大化したナイトメアが顔を出す!
≪邪魔者はチリとなれ!!≫
ナイトメアが口を大きく開けると黒い煙が私に勢いよく向かってくる!咄嗟に手を前に出して光の魔法を放つと魔法に触れた煙は音もなく消え、魔法に触れなかった黒い煙が私の周りを覆い囲み辺り一面真っ暗になってしまった。
「これじゃあナイトメアが見えない!」
真っ暗で方向が分からなくなる。一歩間違えて足を進めれば地割れに引きずり込まれてしまう可能性もある!どうしよう…。そう考えていると突然足元が割れだしバランスを崩した。
「落ちる!?」
焦ったとき両肩を何かががっしりと掴み体は空高く舞い上がった!
上を振り返ると聖霊のドラゴンが先ほどよりも大きくなり私を持ち上げてくれていた。首から下がる聖霊の雫石が光り熱を帯びている。雫石の力も加わり聖霊の力が強くなったようだ。
おかげで黒い煙の中から逃れ地割れの中にいるナイトメアの姿を捕らえることができた!
「いい加減、大人しくなりなさい!」
私は強く、強く心の中で念じ両手を振りかざした。たちまち光の魔法は辺りを包み煙も、地割れも、黒い雲をも浄化した───!
・・・
「ユリアーナ!」
叫び目を開けると目の前にはイザークの顔があった。私の手を握っている。
「コトネ、よくやった!ナイトメアは捕まえたよ」
イザークの後ろに立つカーネルさんの手には瓶が握られていた。中には黒い靄が立ち込めている。
「コトネ様の魔法で力を無くしたナイトメアです。この姿のまま封印させてしまえばもう悪さもしますまい」
無事魔法で弱らせることができほっと安心した。隣で横になるユリアーナはじき目を覚ますだろうと言う。幸せそうな顔で寝ているユリアーナの頭を撫でた。
「イザーク、ありがとう。聖霊のおかげだわ」
「コトネの頑張りがあってだよ」
・・・
しばらくして目を覚ましたユリアーナはなんだか不思議な夢を見ていた、と悪夢については何も覚えていない様子だった。
二週間後、ユリアーナから長い手紙が届いた。
眠っていたクラスメイトも目を覚まし元気に登校してきたこと、無事劇を鑑賞したが主役女優は代役に変わっており、すばらしい演技力に感動して涙を流してしまったと。
またぜひ城へお招きくださいと。




