45話 眠り姫
夜遅く、普段であればもう就寝している時間だけれど今日はユリアーナと二人ベッドに潜り込みまだおしゃべりの最中だった。
今日は特別に私がツインの客間に移動して一緒の部屋で寝ることにしたのだ。ユリアーナの通っている女学校で流行っているドレスやアクセサリー、勉強の事など城の中にいるだけだと知りえない事がたくさんあるのでつい「それで?」「ほかには?」と質問攻めをしてしまう。
ユリアーナのほうも私とイザークの結婚式の準備や日本で出かけた時の話など興味があるようで話題が尽きない。お互いに眠たくなってきて生あくびが出はじめた頃、ユリアーナが「学校で奇病が流行っていますの」と少し怖い話をはじめた。
ユリアーナが通っている女学校で生徒が眠りから覚めない奇病が流行っているというのだ。前日まで元気にしていたのに全く前兆などなく、朝になるとどんなに起こそうとしてもすやすやと眠っていて目が覚めないのだそうだ。
「これが物語の世界でしたら王子様のキスで目覚めるのでしょうけれど、私のクラスでもすでに5人が眠ってしまったままで…」
原因が未だ掴めておらずこれといった予防策も無いようで皆戦々恐々としているらしい。もちろん、ユリアーナもその一人だ。
「怖いわね…本当に病気なのかしら?誰かに眠らされているとか…?」
「もし私が眠りから覚めなかったらコトネが王子様の代わりに私を助けてくださいね」
そんな話をしながら夜明け前になってやっと私たちは眠りについた。
・・・
「どうしてなの!?」
城内はいつになく慌ただしい。部屋には城に在中している医者を呼び集め騒がしいけれど、ユリアーナはすやすやと眠っている。
夜更かしのせいで私は昼前になってやっと目が覚めた。隣のベッドに寝るユリアーナを起こそうとしたところで問題が発覚した!なんと、ユリアーナが起きないのだ。
どんなに声をかけても体をゆすっても目を開けることはなく、ただひたすら眠っている。急いで医者に見せたが皆一様に「原因がわからない」と首をひねるばかりだ。昨晩聞いた奇病にかかってしまったらしい。
イザークも騒ぎを聞きつけてすぐに部屋に来てくれ、震える私の肩に手を置き落ち着くよう促してくれる。
「どうしよう、ユリアーナはどうしたら目を覚ましてくれるの?」
ソファに座り深呼吸をするがそう簡単に落ち着けるはずもない。つい数時間前まで一緒におしゃべりをしていたのに…。何も前兆らしきものはなかったのに…。
医者が原因を探し翻弄していると、賢者のサンタさんとカーネルさんが息を弾ませながら部屋に入ってきた。
「客人が目を覚まさないと耳にしたのですが…」
城内の医者がバタバタを忙しくしているのを不思議に思っていた二人にも奇病の件が耳に入り何やら心当たりがあるようで急いで駆けつけてくれたそうだ。二人ともお歳なので一度コップの水を飲み息を整えてからユリアーナを診察し始めた。
サンタさんが病の原因をあぶり出すという魔法陣を紙に描きユリアーナの額の上に置いた。
すると、書かれた魔法陣から黒い煙が立ち上ぼりそれは徐々に鬣の長い馬の形になりふっと煙が消えた。煙が消えると紙に書かれた魔法陣は白紙となっていた。上手くいった証拠だ!
「分かりましたぞ!これはナイトメアの仕業です!」
「ナイトメア!?」
えっと、ナイトメアって何だっけ?聞いたことあるような…と考えていたらいザークが先に反応した。
「ナイトメアなら管理されているはずだろう!?」
カーネルさんの説明によると、ナイトメアは近年めっきり名前を聞かなくなったが夢を媒介とする悪魔の名前で、若い女性の夢に現れ夢を荒らし悪夢を見せ、時に精神疾患を煩わせる厄介な悪魔だそうだ。
きっとユリアーナの通う女学校で誰かからナイトメアが乗り移ったのであろうと。ナイトメアは一度にいくつもの夢を荒らすことができるらしい。
その昔暴走したナイトメアにより多くの女性が悪夢にうなされた時があり、その時にほとんどのナイトメアは封印され国で管理されているのだが運良く封印から免れたナイトメアが力を取り戻しまた悪さを働いているのではないかというのだ。
「ナイトメアを封印する方法は?」
またナイトメアが国中で流行っては困るとイザークも真剣な面持ちだ。サンタさんが分厚い文献をめくり該当項目を確認している。
「当時の賢者はもうおりませんが、残された文献によると患者の夢の中に入り光の魔法でナイトメアを弱らせ捕まえる…と記載されています」
「夢の中に入ることができるの?」
サンタさんの話によるとユリアーナの額に夢の入口を開く魔法陣を紙に書いて置き、夢に入ろうとする人の額に夢に入り込む魔法陣を描いた紙を置くと夢の中に入り込めるのだそうだ。
しかし夢の中ではすでにナイトメアが悪夢の巣を作っており、そこに足を取られると入り込んだ人まで夢から出られなくなってしまうと言うとても危険なものだった。
どんなに危険と言われてもユリアーナとその他ナイトメアに夢を捕られてしまった女性の為にも早く捕まえなくてはならない。
そんなことを考えている私を心配したのかイザークが手をぎゅっと握る。私が考えていることは全てお見通しなのだろう。
「コトネ、ここは賢者のじい達に任せろ」
「…だめよ。ユリアーナはもし自分が起きなかったら私に助けに来てほしいと言っていたわ。それに、若いユリアーナの夢の中に男性が入り込むなんて失礼よ!」
イザークは大きなため息をついたがドラゴンの卵の件もあり私が引き下がらないという事はよく分かってくれていた。賢者の二人に他に方法はないのかと尋ねる。
「ナイトメアは夢から夢を渡り歩く悪魔なので夢の外で捕まえる方法は残念ながら…。しかしイザーク様のお力であれば夢の中に入ったコトネ様を外からお助けすることはできるはずです!」
・・・
ユリアーナが眠るすぐ隣に私も横になり、心配そうな顔で私を見つめるイザークに微笑みかける。正直ナイトメアがどんな悪魔なのか、夢の中はどのようになっているのか…分からない事ばかりで不安はたくさんある。けれどユリアーナの寝顔はこのまま放っておくと悪夢にうなされ始めると聞いたら早く助けてあげなくては!とそればかり考えていた。
イザークに心配をかけてばかりで心苦しいけれど、ユリアーナも私の大切な人だ。助け出したい!
サンタさんがユリアーナの額の上に魔法陣を置き、私の額に置く魔法陣も用意する。一度イザークが私の魔法陣を手に取ると聖霊に何かをつぶやきふっと息を吹きかけた。
「これで俺の聖霊が夢の中のコトネに着いて行く事ができるんだな?」
「ええ、聖霊であればコトネ様と一緒に夢の中へ入れるはずです」
「心配しないで、必ずナイトメアを見つけ出してユリアーナを目覚めさせるわ」
イザークの聖霊が一緒に夢の中へ来てくれると聞き不安が和らぐ。イザークは私の額にキスをしてから魔法陣をそっと置いた。
目を閉じるとカーネルさんが呪文を唱え私の意識は夢の中に落ちていった。




