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43話 人気女優

 

 大きな劇場の入口には等身大のポスターが貼られている。

 人間界の身分違いの非恋を描いた名作小説が舞台となり魔界でも公演される事になったのだ。主人公の女性を演じるのは人間界でトップクラスの人気女優、相手役の男性も新進気鋭の若手俳優ということもあってか大盛況らしい。

 興行主より”ぜひに観劇を”と頼まれたイザークは公務の予定を組み私を連れてきてくれた。


 開演ギリギリ、照明が暗くなったところでボックス席に案内され二人でゆっくりと鑑賞した。

身分の高い男性が平民の女性に恋をし愛を育むが、運命の相手でありながらも身分の違いにより反対され、最後は現世で結ばれることが叶わないのならば来世でまた会おうと二人一緒に命を落とすというストーリーだ。原作小説を読んでいたのですっかり世界に入り込んでしまう。

 すばらしい舞台に私は見入ってしまい涙を流した。ハンカチで涙を拭きとりながらふとイザークを見ると私を見て微笑んでいる。肘掛けの上で繋がれた手に力が入りドキドキとしてしまった。

 幕が下がり会場に大きな拍手が起こると再び幕が上がり演者が挨拶をした。主役を演じていた女性が私達のほうに目をやりにこりと笑うと深々と頭を下げた。再度カーテンコールが行われる前に私たちは退出し帰路についた。


「はぁ…歌も演技も素晴らしかったわ。小説にあった細かな感情表現がしっかり伝わったわ」


 帰りの馬車で余韻に浸りながらイザークに感想を語る。どちらかといえば女性向けの作品だったのでイザークも楽しんでいたのかが気になっていた。


「俺はそんな舞台に夢中になってるコトネを見ているほうが楽しかったがな」


「…もう! そういえば、最後に主役の女性がこちらを見て挨拶してくれたわね」


「興行主に挨拶するようにとでも言われたんじゃないか?」


 観劇しながらハラハラしていたり怒ったり、泣いたりしていたのを全て見られていたのだろうか?薄暗い劇場の中で誰にも見られていないと思っていたのに…。

 それにしても、主役を演じていた女優の女性は顔が小さく背がすらりと高い美女だった。やはり芸能人は生まれ持ったものが違うのね…。まぁ、エーリアルさんには及ばないけれど…なんて思ったり。




 翌日、イザークに一件の問い合わせがあった。昨日の舞台興行主から主役の女優がぜひとも王に直接観劇のお礼を述べたいと言っているので、会ってはくれないか…と。


「どうする?コトネは会ってみたいか?」


「ええ、ぜひお会いしたいわ!」


 イザークは特に興味なさそうに私に話を振ってきたが、昨日の舞台は素晴らしかったので私からも感想を伝えたいと話すと時間を調整し明日一時間ほど時間を作って女優を招くことになった。ちょうど明日は久しぶりにユリアーナが城へ遊びに来る予定なので、時間があればユリアーナにも紹介できたらいいな。なんて軽く思っていた。



 ・・・



「コトネ!お久しぶりでございます」


 翌日、ユリアーナが久しぶりに城へ遊びに来てく れた。手紙でのやり取りは続いていたが、私がぜひ遊びに来てくれないかとお誘いしたのだ。イザークもユリアーナならば歓迎すると言ってくれたので学校の休みの日に合わせて予定を組んだ。ユリアーナのお父さんにも許可をいただき一泊してもらうことになった。


「久しぶりね!お元気だった?」


 積もる話もたくさんある。久しぶりのガールズトークを楽しみに二人ではしゃいでいるとアンナが「そういえば、女優の方は昼過ぎにいらっしゃるそうですよ」と教えてくれた。


「女優さん?」


「言い忘れていたわ、昨日決まったばかりなんだけどね…」


 私の部屋で原作小説を手に一昨日見たばかりの舞台の話をはじめた。ユリアーナも小説は読んでいたけれど舞台が魔界でも公演されて いるのは知らなかったようで「見たかったですわ!」と悔しがっていた。確か、まだ公演終了日まで日があるはずだと教えるとさっそくチケットを手配してみると張り切っていた。

 そして、主役の女優が今日城に来ると話を続けるとユリアーナが少し困ったような顔をした。


「女優さんのお名前はジェニファー・ルイスさんだとおっしゃっていましたわよね?」


「ええ、チケットにそう書いてあったわ。人間界では一番人気の女優さんなんでしょう?」


 この世界に来てから演劇を見るのは初めてだったので、俳優や監督について無知な私にユリアーナは言いにくそうに小声で教えてくれた。


「学校のお友達が話していたのですけれど…その女優さんちょっと悪い噂が流れてますのよ」


 ユリアーナは学校の友達に舞台好きな子がいて色々な俳優の話を聞いたりしているようで、ジェニファー・ルイスさんの事も知っていた。なにやら手癖が悪く 未婚ながらも気に入った男性にはすぐに手を出すと悪い噂が有名らしい。舞台上では演じていたキャラクターのおかげか清楚なイメージがあったので私は驚いた!


「えぇ…そうなの?ちょっとがっかりだわ」


「がっかりさせてごめんなさい。…でも、そんな女優さんがわざわざイザークお兄様に会いたいなんて…おかしくありませんこと?」


「やだ…ちょっと私を驚かさないでよ」


 冷や汗を流しているとアンナが部屋に入ってきて「女優の方がお着きになりました」と言う。一連の話の流れを聞いていなかったアンナは私達が微妙な顔をしていることに不思議そうに首を傾げた。



 ユリアーナと一緒に来客室まで向かうが、自然と早歩きになってしまう。私の顔は少しこわばり手には汗が握られている。


「コトネ、落ち着いてください!イザークお兄様がそんな女優に心動かされると思って?」


「そうよね、大丈夫に決まってるわよね」


 そんな私の様子を落ち着かせるようにユリアーナは少し怒ったような表情で私をなだめてくれた。イザークを疑うなんてこれっぽっちもしたくない…しないけれど相手は美しい女優さんだ。正直不安が全く無いと言ったら…嘘になる。来客室の扉を前に一度深呼吸をしてから警備の騎士に扉を開けてもらうと、すでにソファにはイザークが座っていて向かい合ってジェニファー・ルイスさんが笑顔で話しかけていた。


「失礼いたします」


 私とユリアーナは丁寧にお辞儀をして部屋に入る。ジェニファー・ルイスさんも立ち上がり挨拶を返してくれた。


「紹介します、私の婚約者のコトネ・サクライとその友人のユリアーナ・クリスティ・シュタイーヒ嬢です」


「初めまして、ジェニファー・ルイスと申します。先日は観劇してくださってありがとうございました」


 舞台上での透き通る声は地声でも十分に心地よく響き渡る。握手を求める手は小枝のように細い。舞台ではメイクのおかげだろうか少し垂れ目でおとなしそうな印象があったが、ナチュラルメイクの彼女を見ると少し目もとは勝気で強そうな印象がある。

 舞台が素晴らしかったこと、歌声と演技力にすっかり引き込まれた事を話すと再び頭を下げお礼をしてくれた。

 ジェニファーさんからもボックス席はよく見えていたらしく私たちが仲良さそうに舞台を観ていてくれて嬉しかったと言ってくれもした。ユリアーナの話で少し警戒していた部分があったけれど、話してみるとそんな雰囲気はなく心のモヤモヤは杞憂だったと思った。


「そういえば、今仲間内で人気のチョコレートをお持ちいたしましたの。ぜひ召し上がってください」


 ジェニファーさんは茶色のリボンが巻かれた箱を取り出すとテーブルの上にそっと置き包装紙をほどいた。中には美しくデコレーションされた宝石のようなチョコレートが入っている。


「人間界で今一番人気のショコラティエが作ったものです」


「知っていますわ、まだ魔界では店舗がないので手に入れるのは大変なのですわよ」


 さすがユリアーナは流行りに敏感だ。包装紙に書かれた店名を見ただけでピンときたようだ。アンナが取り皿を持ち、とり分けようとするとアンナの手に持った小皿をジェニファーさんが手を伸ばして流れるようなしぐさで、でも少し強引に取り私たちに「おすすめはこれです」と取り分けてくれた。

 金粉の飾りが美しい夜空のようなチョコレートを一口食べると甘さとほろ苦さがちょうどよく中から滑らかなガナュシュが口いっぱいにひろがる。おいしいと食べるユリアーナと私を見てイザークは微笑んだ。

 イザークはジェニファーさんが取り分けてくれたお皿を手に取ると、ピンク色の砂糖菓子がちょこんとついたチョコレートを私の口の前へ持ってきた。

 こんな人前で!と恥ずかしかったけれどイザークの手を下げさせるわけにもいかずぱくんと口に入れ、中にキルシュ漬けのシェリーが入ったチョコレートを味わった。

 ふと、ジェニファーさんの顔を見るとなぜだか微妙な表情をしていた。


「イザーク様、そろそろお時間です」


 話の最中だったけれど入口に立つ騎士が終了の時間を告げると私たちは挨拶を交わし、この後も仕事のあるイザークを残してジェニファーさんを城の出口まで送っていくことにした。


「今日はお会いできてよかったです。まだ公演は続くのですか?」


「ええ、あと10日魔界での公演が残っています」


「あら!それでしたら私もお父様にお願いして観劇に行きますわ」


 ジェニファーさんはそれでしたらと小さなクラッチバッグからチケットを取り出し「関係者席ですが、ご都合のよろしい時にいつでも来てください」とユリアーナに家族分3枚を手渡した。話も楽しかったし、お土産までいただいてしまってユリアーナにはチケットまで…ジェニファーさんが優しい方でよかった!


「あら、口紅を落としたみたいですわ」


 ふと、バッグの中身を確認するジェニファーさんが困った顔をして立ち止まり、再度バッグの中身を確認した。やはり入っていないようだ。


「それでしたらすぐに取りに行かせましょう」


 ジェニファーさんは真面目な顔でバッグをパチンと閉めると「いえ、小さなものですから分かりにくいでしょう。すぐに取ってきます」とくるりと踵を返し来客室へ一人で戻って行ってしまった。


「「え?」」


 私もユリアーナもアンナも、後ろに付いてきていた騎士も、皆が驚いて固まってしまった。まさか来客が自分で…と急に心の中で小さくなっていたモヤモヤがまた大きくなり心配になった私はユリアーナとアンナにここで待っていてと伝えると急いで追いかけた!

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