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39話 口づけ

 

「!?」


 私が涙を拭ったからだろうか、イザークが目を覚まし視線がぶつかった。


「コトネ…今、何かしたか?」


「あの…えっと、イザークが眠りながらも涙を流していたから…ちょっと拭っただけよ」


 目元に口づけしたなんて言えなくてまさか起きるとは思っていなかったので、しどろもどろになる。


「身長を計ろう!」


 目を泳がせる私を抱き上げるとイザークはアンナが毎日身長の記録をつけてくれている壁に私をゆっくりと立たせた。突然どうしたのかと戸惑ってしまうが言われるがまま、壁に背中をくっつけて真っ直ぐに立つ。

 窓からは月と星の明かりが部屋に入りランプを灯さなくてもほんのりと明るい。


「どうしたの?急に」


「コトネ…伸びてる!!」


 最後に計ったのは就寝前だ。まだ数時間しかたっていないからせいぜい数ミリだろうと思い壁の印を確かめると一気に3センチほど伸びてるではないか!最高記録だ。


「あっ、さっき肩に違和感があったのって…」


 寝巻きの上着が小さくなって窮屈になったからだわ!!

 と、ここで正直に打ち明けた。


「イザーク、涙を拭ったって言ったでしょ?あの…私、手じゃなくて口で拭ったの…」


「口で?涙を体の中に入れたのか?」


「そう。舌先に感じた程度だけど」


 なんでこんな大胆な行動をしてしまったのだろう…!!恥ずかしくてイザークの顔を見れないでいたけれどふと、頭よりも体が動いたのは本能が求めたからなのかも…!?そんな考えが頭をよぎった


「きっと俺の涙に魔力が流れ出てコトネが口に入れたことでコトネの魔力となったんだ!」


「そっ…か!」


「すごいぞ!涙一粒でこんなに体が戻るなんて!きっとコトネの魔力と俺の魔力の性質が似ているのもあるんだろうな」


 イザークは嬉しそうに私を強く抱き締める。

 一旦私をまた壁際に立たせ身長の印を見ながらじっと見つめ何か考え始めてしまった。


「こんなに一気に伸びるなんて!でも、イザークにいっぱい涙を流して貰うわけにはいかないし…」


「コトネ、少し試してもいいか?」


「?」


 イザークは私の立つ壁の前に座り込むと私の両手をとり身を乗り出した。

 額に、頬に、耳に、首筋に…手首や手の甲にも口づけをしその都度壁の印と見比べていく。


 額や髪になんて子供の姿になってからも何度かされているから結果は分かっていたけれど、他の部分でもそう変わらないようだ。イザークの様子から身長が伸びていないことが伺える。


 静かな部屋で二人きり、こんなことをしているなんて私の魔力を元に戻すためとは言え、恥ずかしくて私はほぼ硬直状態だ。


「うーん、やっぱり駄目か」


「やっぱりって…」


「あとは、できたらコトネが元に戻ってからの方が嬉しかったんだけどな」


 そう言うとゆっくりと額を私にくっつける。

 私の後頭部は壁にぴったりとくっつきもうこれ以上後ろには下がれない。イザークが小さな声で「動かないで」と言うのでぎゅっと目をつぶって呼吸を止めた。



 心臓が、全ての血管が強く脈打ち全身を熱い血が駆け巡る。



 唇が重なる───。



 驚いたことに再び体の体温がほんのりと上がったかと思うと心地良いものが体全体に流れるのを感じた。


 唇が重なっていたのは一瞬だったけれどそれは何分間にも感じた。

 顔が離れ私が呼吸できるようになるとイザークは満足げに微笑んだ。


「伸びたぞ!」


 壁にはまた数センチ高くなった私の身長が書き込まれた。




 ・・・




「では、もう一度試すからな」


 イザークの魔力を私の体に流し込む方法が分かったところでもう少し試しておこう、という申し出を断れるわけもなく再びイザークと向き合った。

 今度はもう少し長く、なるべく多くの魔力を流し込む予定なのでイザークには一度ろうかに出てもらいクローゼットから大きめの寝巻きを引っ張り出してぶかぶかだが着てみた。が、あまりに大きかったので更にベッドのシーツを肩から被り体に巻いた。

 準備ができたところで部屋に入ってきてもらう。

 ベッドの上に座り込みイザークの顔を見上げる。


「わかったわ。…恥ずかしいけれどお願い…します」


「そう畏まられると変な感じだな。子供のコトネにキスをするのも…なんと言うか背徳感があるんだよな」


 背徳感…笑ってしまった。笑いながらも目が合い緊張が解れた。

 イザークは右膝をベッドに乗せて私のほうへ身を乗り出し再び顔を近づける。

 私の頬に添えられた手に自分の手をそっと重ねて今度は軽く目をつぶる。


 先程は一瞬だったけれど、長く口づければ比例して沢山の魔力が体の中に流れ込んでくる。


 私の体は空っぽになってしまった魔力を補充しようと必死らしい。

 イザークの魔力は私の波長にぴったりと合いとても気持ちいいと感じる。



 無意識にイザークの手に添えていた手を首に回しより強く口づけを求める───。



 イザークが私の肩に手をおいてゆっくりと体を引き離す。

 私は一気に補充された大量の魔力にほろ酔いのような心地よさを感じていた。

 ぼうっとしてしまって何も考えられなかった。


「コトネがこんなに積極的だなんてな」


 嬉しそうに忍び笑いをするイザークの言葉にはっと我にかえった!


「あ…の!体が…勝手に!!」


「今日はこのくらいにしておこう。俺の魔力も減りすぎると困るからな」


 満足そうに私の耳元にキスをする。

 自分の体を見てみると短かった手足は伸び、ぶかぶかだった寝巻きは丁度いサイズになっており、鏡に映る姿は先程よりも大きくなっていた。




 朝、私を起こしにきたアンナは大きくなった私を見て悲鳴に近い歓喜の声をあげた。

 賢者の皆さんに一晩で随分と魔力が補充された経緯を話すのは恥ずかしかったので、イザークから話してもらう事にして私はいつも通りに生活をした。


 それから一日一回、イザークに魔力を流し込んでもらいまだ魔力が完全には戻っていないものの、見た目は5日目にしてやっと大人の姿に戻った。




 ・・・




「おはようございます!今年もよろしくお願いします」


 朝の空気は冷たく数分外を歩くだけで体の芯からどんとん冷えていくようだ。職場に出勤するといつも通りロッカーへ直行する。扉を開けると珍しく先客かいた!


「神田さん!」


 神田さんはロッカー室に丸椅子を持ち込み座りながら身支度を整えていた。壁には松葉杖が立て掛けられている。


「桜井さん!おはようございますっ!あけま…あ、今年もよろしくお願いします!」


 私が喪中だからか気遣ってくれる。予想はしていたが神田さんの左足には包帯がぐるぐるに巻かれていたので白々しいが質問させてもらう。


「こちらこそよろしくお願いします。それよりも足、どうしたの?」


「いやぁー。私も良く分からないんですけど怪我しちゃって、初めて救急車に乗っちゃいました!なんだか私夢遊病だったみたいで!!会社の外で倒れてたんですって。あ、この怪我してからは治ったみたいで睡眠不足も解消されました!」


 元気そうに「怪我したのが手じゃなくてよかったです!仕事はいつも通りです!」と言ってくれるので少しほっとした。

 怪我が治るまではなるべく仕事を補佐して回復に努めてもらわなくては。




 ・・・



「アサヒ、出てきてっ」


 天気の良い昼下がり、城の中庭でアサヒを呼び出してブラッシングをする。こうして少しでも多くスキンシップをとっている。

 …が、私の魔力が空っぽになったのをきっかけに私の中で何かが変化したらしく以前よりもスムーズに魔法が使えるようになった。

 サンタさんが言うには一度空になって新しい魔力が補充される際に魔力がパズルのように綺麗にぴったりと補充さたので、放出するのもスムーズにできるようになったのだろうと言う。

 そのお蔭かアサヒはまた大きくなりブラッシングの範囲が広がって、終わる頃には私がアサヒの抜け毛まみれになってしまうようになった。


「コトネ」


 懸命にブラッシングしているとイザークがやって来た。どうやら今日の午後の仕事は片付いてしまったようだ。

 アマロを呼び出してアサヒと一緒に遊ばせてあげる。二匹はクルクルと喉をならしながらお喋りに夢中だ。


「そうだ!あのね、私あちらの仕事を辞める手続きをしてきたの」


 子供の体になってしまった一件後、私は自分の体で日本と魔界を行き来できるようになっていた。

 しかし互いの世界の時間の流れは違うし、行き来するのにも魔力を使うので仕事中に倦怠感があったり時差ぼけのような感覚に悩まされる日があった。

 ならば、もう魔界に滞在することをメインに生活した方が良いと判断したのだ。

 …イザークにもそうしてほしいと頼まれていたし。


「だから、仕事が終わるまではまた人形の体に魂を移してこちらに来たいのだけれど…」


「わかった。ではまたしばらく本当のコトネには会えなくなるのか。でも、コトネが魔界に来ようと判断してくれたのなら嬉しいよ」


 イザークが私を引き寄せる。ぴったりと体を寄せ会うと私の顔はイザークの胸のあたりにぶつかる。


「では、進めて良いのかな?」


「何を…?」


「忘れた?結婚式だよ」


 あちらの世界で話した内容を思い出した!頬が赤くなるのを感じる。


「そ、そうね…」


「ありがとう。改めてまた話すよ」


 イザークの笑顔を間近でいつまでも見ていられる権利を取得できるならこれ以上に求めるものなんて何もない。

 嬉しくて見つめ合いながら笑みがもれる。


「しばらくまた人形になるんじゃ、続きを回収させてもらおうかな?」


 そう言うとイザークは私の背中に回していた手を腰に回し直すとゆっくりと顔を近づける。


「コトネ、愛してるよ」


 イザークの顔で陽射しが遮られ影が重なる。目を閉じ口先数センチに体温を感じた───。




「イザーク様っ!!!!」




 と、走ってくる足音とケヴィンの楽しそうな声がこちらに向かってくる。

 どうやらケヴィンの方向からだと私はイザークとアマロに重なり見えていないようだ。


 イザークは「チッ」と舌を鳴らすとゆっくりとケヴィンの方に顔を動かす。


「何だ…?」


「見てくださいよ!新しい剣が出来上がったんです!」


 嬉しそうにブンブン振り回しているのか風を斬る音が私の耳にも届く。


「ほぉ…そんなに俺に剣の稽古をつけてほしいのか」


 私の腰から手を離し右手を伸ばすと光が集まる。あっという間に光は形になりイザークの手には立派な剣が握られていた。


 イザークの声は…めちゃくちゃ怒ってる!!


 イザークの様子と私が居たことに気づいたケヴィンは、己がイザークの邪魔をしてしまった事に気づいたのか一歩たじろんだ。


「いや、やっぱ…また、今度にします」


 じりっと後ろに下がる。


「遠慮するな。思いっきり鬱憤を晴らさせて貰うぞ!!」


「ちょ、本気は!本気だしたらダメですよっっ!これ真剣っ!!」


 金属が勢い良くぶつかり合う音が中庭に響く。


 私は魔力を流し込んでもらった一件以来、イザークとキスをしていなかったので久しぶりの緊張感と恥ずかしさにその場でアサヒにもたれ掛かりながらずるずると地面に座り込んだ。

 あぁ、相変わらず顔も耳も真っ赤になっているだろう。


 そんな私の様子を見てかアサヒとアマロが私を挟み込むように両頬にキスをしてくれた。


「優しい子達ね!ありがとう」


 私のドキドキはまだまだ治まりそうにない。



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