3話 はじめてのドラゴン
「おはようございまーす」
8時ちょっとすぎ、手にお昼ご飯の入ったコンビニ袋をぶら下げてビル7階の営業所に入る。
私が働いているのは本社ではなく営業所になるので人数が少なくて、こじんまりとしていてるからか皆仲が良い。
だいたい女性社員の中では毎日一番乗りでロッカー室に入り着替えをする。
それにしても、昨日の夢は夢だと思っていたんだけど……この指輪を見るかぎり現実だったんだなぁって思い知らされるのよね。
眉間にシワを寄せて左手の人差し指にはめられた指輪をまじまじと観察してみる。
指輪に彫られた細かな彫刻は龍かしら?
それと黒い石が3つ、角度により蛍光灯の灯りを反射してキラキラと光る。
意識か遠ざかる前にイザーク様という王さまがこの指輪のおかげで次は長くいられる……とか? なんとか言っていたからまた夜寝たらあちらの世界に連れていかれちゃうのかしら?
ふと、王様のイケメンっぷりを思い出して、膝の上に乗せられて、真っ赤な瞳で見つめられて頭をなでられて……を思い出したら恥ずかしくなってきてロッカーをバンバン叩いてしまった!
「おはようございます! ちょっと、桜井さんどうしたんですかー?」
バンバン叩いていたところ後輩の女の子が出勤しロッカー室に入ってきた。
「あ、神田さんおはよう! いや、なんでもないの。ちょっと思い出したらやりきれなくなってついロッカーを叩いちゃって……」
「なんですかー? 桜井さんがロッカーに八つ当たりとかめずらしいですね!あれっ? 今日血色いいですね! チーク新しくしたんですか?」
思い出して恥ずかしくなって顔を赤くしていたなんて言えるわけない!
「そっ、そう? つけすぎたかもー?」
適当にごまかしてさっさとロッカー室を出る。
夜寝るまでにあちらの世界での事をきちんと整理しておかなきゃ……!
今日は仕事に集中できそうにないわ。困った……。
・・・
夜22時。今日も職場からは定時に上がって帰ってきた。仕事をしながらも、家についてからもずーっと昨晩の魔界のことを考えていた。
スマホであれこれ検索してみたけど、やっぱり魔界は悪役の住む世界という認識しかない。
もっとも、小説やゲームの中での作り話にすぎないのでこちらでの認識があちらの世界と一致するかと言うと怪しいけれど。
だって森の中で目覚めて馬車に揺られてお城に着くまでに、例えば角だとか、羽のはえた恐ろしい色をした生き物なんてものは見かけていないのよね。
皆どうみても私たちと変わらない人間の姿だったから。
……って、ひとりであれこれ考えていても仕方がないので今日は早く寝てあっちでまた詳しく話を聞きたい! と思い、いつもより早いがベッドに潜り込む。
私の人生なんだ! ちゃんと理解しないと。
そして、やはり無理だったら……拒否できないのかなぁ?
・・・
目をあけると見知らぬ天井だった。
とってもいい花の香りがする。
ふわふわすぎるベッドに戸惑いつつも身体を起こす。
「コトネ様! おはようございます。只今お食事をお持ちしますね!」
ベッドの横にはアンナさんがいた。
私が目を覚ましたのを確認し部屋を出ていってしまったけれど、テーブルの上に編みかけの編み物があるのを見ると長いこと横にいてくれたのだろうな、と想像できる。
自分の状況はというと、ベッドの上にはあふれるほどの花びらが散りばめられていて、洋服も昨日の無地のワンピースから黒いレースでできた素敵なロングドレスに着替えさせられていた。
「うわぁ、すごい贅沢……」
普段質素な暮らしなのであまりのギャップに頭がクラクラする。
ゆっくりとベッドからおりて窓の外を見てみると、今日も霧はなく森の新緑がまぶしい。
「コトネ! 起きたか!!」
ノックもなしに入ってきたのはイザーク様だった。笑顔で嬉しそうだ。
「あ! ええと、昨日はお会いしたばかりで意識がなくなり失礼しました。桜井琴音と申します。」
昨日はあまりにびっくりしていて挨拶ができなかったので今日はきちんと挨拶をしようと決めていた! 丁寧にお辞儀をする。
「なに、急に呼び出したんだ。驚かせてしまってこちらもすまなかった。起きたばかりだが気分は悪くないか?」
王様は優しくぽん、と私の肩に手を置き体調を気遣ってくれる。
「そうですね、昨日土人形と聞いて驚きましたが肌も髪の質感も全く違和感なくて驚いています。体調も問題なさそうです。」
「それはコトネの魔力が高いからこそだ。
まだその身体で食事らしい食事をしていないだろう? 丁度俺も朝食をとるところだ。一緒にどうだ?」
目の前に手を差し出してくれる。
「では、喜んでお受けします。」
(紳士的だなぁ……)
とりあえず聞きたいことはたくさんあるけれど、こちらに来たばかりで時間もあることだし後程また賢者の人達に話を聞こうっと。
手を引かれるがまま別の部屋に移動する。
こちらの世界の食事は一体どんなものなのかしら? とドキドキしたけど、広いテーブルにはパンや果物、パンケーキ、美味しそうに焼き上がったお肉までたくさんの食事が並んでいた。
至って見覚えのある食材がズラリと並んでいるのてホッとしたわ……。
仮の身体でも食べられる量はいつもと変わらないようで果物とパンケーキ、少しのお肉をいただいたらお腹いっぱいになった。味も申し分なく美味しい!
対面して長いテーブルに座ったイザーク様はというと、そんなに入るの!? というほど食べていた。
見た目は普通の人間と変わらないのに魔界人はよく食べるんだと話してくれた。むしろ私がそれしか食べないで生きていけるのか?
と心配されてしまったくらいに……。
「よし、しっかり食べたな? 今日は昨日言ったとおり俺が面白い場所に連れて行ってやるぞ!」
「え? 今日はイザーク様と一緒ですか? 王様ってお忙しいのかと……」
てっきり昨日と同じように賢者の人と話をするのかと思っていたので驚いてしまった。
「“様”はつけなくていいぞ! 敬語もいらん! コトネ、なにせお前は俺の嫁になる女なんだからな。それに、俺は仕事ができるんだ」
嫁って……改めて言われて頬が赤くなる。
「さて、行くか」
「き…キャァァア!」
イザークが近づいてきたのでまた手を引かれるのかと思い立ち上がったら軽々と持ち上げられてしまった。
(こ……これは俗に言うお姫様だっこ!!)
もちろんこんなことに免疫がないので悲鳴をあげてしまう。
「ちょ、下ろしてください! 自分で歩きますっっ」
「なんだ、そうなのか?」
渋々といった様子で降ろしてくれるがイケメンにお姫様だっこって最強すぎる!! 顔も体も熱くてしょうがない!!
「コトネは可愛いなぁ」
頭をぽんぽんとされる。
あぁ、もう恥ずかしすぎて死んじゃう……
部屋を出たところでアンナさんが外に行かれるならと上着を用意してくれた。
広げてみるとマントだったので着方がよくわからなくその場でアンナさんに手伝ってもらう。
「なんだ、コトネの住んでいた世界では上着は着ないのか?」
「もちろん着ますが、このような形は私の住む地域ではあまり見かけないのでちょっと分からなかったです」
「そうなのか。今度コトネの世界の話もしてくれ。まずはこちらの世界を充分に知ってもらいたいがな。
あと、敬語を直すこと!」
またびしっと指摘されてしまった。でも相手が王様なんだもんなぁ……。
イザーク様……いや、イザークもお付きの人が持ってきたマントを羽織りつつ私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出す。
城の中を歩き連れてこられたのは芝生が敷き詰められている広々とした中庭だった。
「今日は城の外に出るぞ」
目を輝かせて嬉しそうに笑うイザークが右手をあげたところで、廊下の奥から走って近づいてくる人がいた。
「イザーク様! お待ちください」
「ちっ、見つかったか」
イザークは苦虫を噛み潰したような顔をしたあと、観念したように走ってくる人の方に向き直った。
近づいてくるにつれ昨日馬車から降りるときに手を貸してくれた甲冑を着た男性だと気づく。
「お出掛けになる際は声をかけてくださいって何度も言ったじゃないですか!」
「俺はあえて見つからないように出掛けようとしてたんだ!」
「それじゃあ困ります! 俺のクビがいくつあっても足りないですよっ」
甲冑の男性は非常に困ったという顔をしている。私は大人しくうしろで話を聞いていたけれど、イザークが紹介してくれた。
「コトネ、今後よく顔を会わせる奴になるから紹介するが、こいつはこの城の騎士団に所属してるケヴィンだ。
俺とは子供の頃から遊び仲間だし剣も魔法の腕もたつから信頼してる部下の一人だ。こいつにも敬語はいらないからな!」
「申し遅れました。昨日もお会い致しましたが騎士団長のケヴィンと申します。わたくしがイザーク様とコトネ様の警護につく機会も多いかと思われます。どうぞよろしくお願い致します」
ケヴィンはその場でひざまずき最敬礼で挨拶をしてくれた。
昨日は余裕がなくてよく見ていなかったがブロンドの髪の毛に少し焼けた健康的な肌、そしてケヴィンの顔ももれなく……
(イケメンっっ……!!)
「こっこちらこそ、昨日はありがとうございました。琴音です。どうぞこれからもよろしくお願いします」
隣にイザーク、目の前にケヴィンと二人のイケメンに囲まれて目のやり場に困ってしまうわ……!
「ではイザーク様! 本日はお供させていただきますね!」
「ちっ、くれぐれも! 俺とコトネの邪魔をするんじゃないぞ!
コトネ、誤解しないでほしいんだが俺たち幼なじみで仲良いんだぞ? ただな、こいつは過保護すぎるんだよ! 俺はコトネと二人きりで出掛けたかったんだからな」
(うーん、国の王様が出掛けるなら警護に付いてくるのは仕方ないよなぁ……。ケヴィン大変だなぁ……。)
一般市民の私にはケヴィンの心労がよーく分かる……気がする。
「じゃあ、行くか!」
イザークが再び右手をあげ、自身の足下に手を伸ばすと突然目映い光が地面を包み込み光は上に伸び何かの形になったかと思うと、光の中から硬い鎧のような鱗を持った真っ黒なドラゴンが現れた!
「!!?」
まるで動物園のゾウ……いやいや、それよりももっと大きなドラゴンが現れたことに驚き声が出ないけれど、とっさにイザークの後ろに隠れる。
「大丈夫だぞコトネ、こいつは俺の使い魔だ。体が大きくて驚くかもしれんが賢くて可愛い奴だ。
アマロと呼んで可愛がってやってくれ。アマロ、コトネの言うことをきちんと聞くんだぞ!」
イザークは言いつつアマロと呼んだドラゴンの鼻をなでるするとアマロは嬉しいのか喉元から『クルックルッ!』と可愛い声をだしている。
「アマロ……怖がっちゃってごめんね。よろしくね」
怖くないと言われてもこの大きさはやっぱりまだ怖い!
イザークの斜め後ろからアマロに向かって手を伸ばすとこちらに鼻を向けてくれたので撫でることができた。
「すごい……ドラゴンって本当にいるのね……。鱗が光に反射して青や紫に光ってとても綺麗だわ!」
恐る恐るだけど、撫でてみるとさすがにさわり心地は鉄のように硬いけど、ほのかに体温が感じられるし私にも喉を鳴らしてくれるので可愛いと思えるようになってきた。
「本当は魔法で行ってもいいんだが、今日はコトネの使い魔を迎えに行くからな。せっかくだかくだしアマロに乗って湖まで行くぞ!」
「私の使い魔?」
「これからコトネには魔法の使い方も勉強してもらうことになる。それには使い魔がいたほうが便利なんだ。支えているから心配するな、行くぞ」
そう言うとイザークは軽々と私を抱きかかえてアマロの背中に取り付けられていた鞍にまたがった。
かと思うと空に飛び立つのは一瞬でアマロが大きな翼を広げたと思ったらあっという間にお城ははるか彼方にあった。
・・・
「そういえば、ドラゴンを目にするのは初めてだったか?」
「そうね。私の世界でドラゴンと言ったら架空の動物で、アマロみたいなつやっとした鱗を持つ動物は……」
自分で言いつつ頭の隅にひっかかっていた事を思い出した。
「あれ? 昨日馬車に乗せられた時に見かけたつやっとした馬みたいなのは…」
「それ、ドラゴンだろう」
「見てたぁぁぁ!!」
イザークの笑い声は風にのってケヴィンにまで届いていたという。