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37話 餌付け

 

 私は以前、エーリアルさんに言われた言葉を思い出していた。


 "使いこなせないのに急に大きな魔法を使おうとすると体が着いていかなくなっちゃって大変なことになっちゃうの。"


「コトネは暴発の事を知っていたのか?」


「すっかり忘れていたけれど前にエーリアルさんにちらっと聞いたのを今思い出したわ」


「そうか。詳しくは聞いてないんだな?…ならまずは一緒に経験者の話を聞くか」


 経験者がいるの!?そう口にしようとしたらアンナの待ったがかかった。


「これ以上お部屋に人を招くのでしたら一度コトネ様のお着替えをさせていただきます。さすがにイザーク様以外の方と寝巻きでというのは困ります」


 イザークも焦っていたらしく「そうだな、失念していた」と言うとアンナに部屋の外へと追い出されてしまった。こういうときアンナは強い。


「はぁ、コトネ様もやっと目を覚ましたばかりなのに矢継ぎ早に話を進めてしまいますから驚きました」


「ありがとう、アンナ。私も起きたばかりだけれどあれこれ気になることだらけでつい…」


「コトネ様がお元気そうなので安心いたしました。お体が縮んでしまってもしも私共の事を忘れてしまっていたらどうしようと心配していました」


 改めて立て掛けられた鏡を見てみるが、幼稚園児くらいにまで小さくなってしまっている。アルバムで見た幼い頃の私そのものだ。

 もし、記憶まで昔にもどってしまっていたら…そう思うと怖くなってきた。

 今のところ中身は以前の私のままだ。

 何もかもしっかり覚えている。


「大丈夫、全部覚えてるわ」


 アンナは涙ぐんで安心してくれた。私の体は昨日になってから急に縮みだし、今日の朝になってやっと今のサイズで止まったらしい。

 取り急ぎ子供用のドレスは城にないのでとアンナが急いで用意してくれたと言う手作りの丸襟のワンピースに袖を遠し濃いピンクのサテンリボンを腰に結んでくれた。急いで作ったとは思えないしっかりした作りだ。


「アンナは何でもできるのね。ありがとう!」


「城内で小さな子供を見かけることはないので…コトネ様、可愛らしいです」


 私の様子に安心したのかアンナは「他にもお洋服取り寄せておきますね」と楽しそうだ。


 タイミングを見計らっていたのかドアがノックされイザークが声をかけてくれる。


「コトネは長く寝ていたから先に食事にしようか?食べられそうか?」


 そう言われると急にお腹がすいてきた。体は子供になってしまったけれど食欲もあるし記憶もしっかりしている。

 早く何故子供になってしまったのか、体はいつ元に戻るのか…等聞きたいことは沢山あるけれどひとまず食欲を満たすことにした。

 着替えが終わりアンナが扉を開けてくれる。今の私ではドアの取っ手にはつま先立ちでないと手が届かない。


 そして、廊下で待っていてくれたイザークに駆け寄る───!



「わっ!?」



 ただ普通に駆け寄っただけなのに急にバランスを崩して床にダイブしてしまった!


(え…!?何で私何もないところでコケちゃったの!?)


 訳がわからなくてなかなか起き上がらない私を心配してアンナとイザークが駆け寄る。


「コトネ様!?」


「どうした!?やはり体の調子が思わしくないのか!?」


 イザークが私の体を軽々と持ち上げて怪我をしていないか確認してくれる。


「痛くはないの…大丈夫。ただ…子供の体ってバランスが悪いみたい。慣れないから転んでしまっただけよ」


 恥ずかしくて両手で顔を隠しながら小声で正直に告白した。

 頭が重いのか足を大きく踏み出した途端にぐらっと上半身が大きくブレて手でとっさに体を支えようとしたけれど腕が短くて先に頭が床についてしまった。


「よかった。それだけの事か」


「よくないわ!恥ずかしいわ。あぁ、ちゃんと気を付けて歩かないと」


 こんな弊害があるなんて思ってもいなかった!


「不便な部分は俺が補うようにするよ。さぁ、行こうか」


 私の髪にキスをするとそのまま私を高く持ち上げてイザークは歩きだした。


「ちょっと、これはこれで恥ずかしいわ」


「大人が子供を抱き抱えるのは当たり前だろ?ほら、ちゃんとつかまってろ」


 きっとここで下ろしてと騒いでも過保護なイザークは下ろしてくれないだろう。早々に諦めてイザークの首に短い手をまわす。

 イザークの目線だと廊下も遠くまで見渡せる。


 それにしても、廊下ですれ違うお城の人達は皆私を珍しいものを見るようにしている。


「皆の視線が痛いのだけれど…」


「この城に子供がいるなんて珍しいからだろう。でもほら、皆喜んでるじゃないか」


 そう、皆私を見ると一瞬驚いたのちにこにこと笑顔で笑いかけてくれるのだ。


「私だって皆は知ってるの?」


「ほんの一部はな」


 食道のドアを開けると先にバルドさんが着席していた。魔界に戻ってきてからもイザークは倒れた私の側にずっと付いていてくれていたらしくまだ執務をバルドさんに代行してもらっていると聞いた。


「これはこれは、可愛らしくなってしまったね」


「ご心配とご迷惑をおかけしてしまってすいません!」


 イザークが私をゆっくりと床に下ろしてくれたけれど、バルドさんは背が高いので首をほぼ真上にあげて会話をする。そんな私の様子を見かねてか「失礼するよ」と私を持ち上げ着席させてくれた。


「あのっ、ありがとうございます!お手数おかけします」


「いいや、気にしないで。それにしても子供になってしまうなんて興味深いね」


 バルドさんでもこのような症例を見るのは珍しいのだろうか?私の手をとると小さな手のひらを壊れ物を扱うように優しく指でつつく。


「父上、コトネで遊ばないでください!まだ何も分かっていないんです。コトネも不安がっているでしょうから…」


 正直、この姿を見たばかりのときは不安だらけだったけれど段々と魔界にいれば何とかなるんじゃないか?なんて思い始めていた私がいる。心配してくれているイザークには言いにくいけれど…。


「いやぁ、子供とふれあうなんてあまりないからね。つい孫ができたらこんな感じなのかなぁ、なんて思ってしまったよ」


 バルドさんはけっこう呑気な人のかもしれない…孫って!!恥ずかしくて二人の顔を見られない。



・・・



 食事を運んで来てもらったけれど椅子に座っても子供の体のせいでテーブルが高くて届かない。子供用の椅子はないのでクッションを二つ積み上げてもらい少しバランスが悪いながらも食事をとる。

 長く寝込んでいた割に食欲はしっかりとある。一応胃に優しそうなスープやパンを食べてから様子を見て気分が悪くなりそうにないので、ナイフとフォークで厚いステーキを切りはじめる。

 自身の食事をとりながらも心配そうに私の様子を伺っていたイザークは小さな手で大人用の大きなナイフとフォークに苦戦する私を見かねてか自分のお皿から小さく私の口サイズに切ったステーキを目の前に差し出してくれた。


「はい、コトネ」


 躊躇したけれどご厚意に甘えてぱくりといただいた。これはまるで餌付けみたいに見えるのでは…?

 イザークは満足そうにもう一口と私の前に差し出し、バルドさんは小さく笑い声をあげた。

 その様子を見かねてかアンナが私のお皿を手に取りステーキを細かく切り分けはじめてくれる。


「なんだか…至れり尽くせりで申し訳ないわ」


「気にするな、コトネの為に皆好きでやってるんだ」


「ふふっ、イザークが甲斐甲斐しくコトネさんの世話をするところをエーリアルに見せてあげたら喜ぶな!」


「母上にはもう少し黙っていてください!こちらで対処法が見つからなければ聖霊界にも聞いてみるつもりですが…母上の耳に今のコトネの様子がはいってしまったら喜んでおもちゃにしそうですから」


 バルドさんは私の体が元に戻る手段が分かるまではもう少し魔界で手伝いをしてくれることになった。「あまり長いとエーリアルが寂しがるな」と言っていたのでエーリアルさんの為にもなるべく早く解決しなくてはだ。


 そう考えていたらまたイザークが私の目の前に切り分けたお肉を差し出す。


「はい、コトネ」


 もうお腹はいっぱいだけれどイザークの笑顔につい頬を染めつつ口を開けてしまうのであった。



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