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34話 素直な気持ち

 今日はクリスマスイブだけど平日だから人混みはマシかもしれない。それでもやっぱり有名な場所は学生のカップルで賑わってるだろう。

 イザークが見たいと希望してるものがある場所…とスマホで散々調べた結果、ここなら?という場所を見つけた。


「おはよう、イザーク。とりあえず家にあるだけのパンを焼いたけど足りないと思うから、後は出掛けつつ外で食べましょう」


 冷蔵庫の中身は昨晩綺麗に片付いてしまった。

 なんとか食パンと卵、ツナ缶、じゃがいも…残った材料を見比べたけれど聖霊界メニューになってしまう。

 とりあえず小腹を満たしてもらうくらいのものしかできない。


「おはよう。面倒かけて悪いな」


「面倒ではないわよ?ただ、事前に教えてくれていたらもう少しまともなおもてなしができたかもね」


 ちょっと愚痴らせてもらったらイザークは笑ってくれた。事前に非常事態が分かるわけないんだけどね。


 昨日買ってきた洋服に着替えてもらって外に出ると駅まで歩くだけでまわりの他人が皆イザークに注目してるんじゃないかと変に意識してしまう。


「コトネ」


 そんな事を考えつつ歩いていると突然イザークの手が目の前に差し出された。


「?…あ、手袋必要だった!?」


「違う。コトネとはぐれたら困るからな、手!」


 バッグを反対側の肩にかけてイザークの暖かい手を握る。


 これって…正真正銘…デートだ!?


 人生で一度も彼氏がいたことなんてなかったから毎年クリスマスは仕事か、友達に彼氏がいなければ遊ぶか、一人でテレビを見ているかだった。

 ”デート”と意識しだしたら急に恥ずかしくなってきてしまった。もっと髪の毛も服装も可愛らしくしてくればよかった!ちらりとイザークを見ると私の視線に気づいて笑いかけてくれる。

  こんな贅沢なクリスマスイブってあるのだろうか?


 電車を乗り継ぎ目的地へ向かう。車窓から眺める車やビル、乗っている電車にもイザークは興味深々の様子だ。残念ながら車を運転してみたいという願いは叶えてあげられそうにないけれど。


「電車も便利だがアマロに比べると窮屈だな」


「そうね、可愛さもないしね」


 笑ってしまった。アマロに比べたら飛行機だって勝てない。

 目的地に着くと再び手を握って歩き出す。私も初めてだったので迷いつつもたどり着いたのは国立科学博物館。思っていた通り人は少ないようだ。


「ここは?」


「博物館なんだけれど、生物も鉱物も、今いる日本の成り立ちなんかも見られるみたい。あと科学も!」


「へぇ、すごいな。コトネも初めて?」


「そう。私も一緒に勉強するわ」


 館内は薄暗く人もまばらなのでイザークのサングラスを預かってバッグにしまっておく。皆展示をみているから思いのほか目立たないかもしれない。順路に従ってゆっくりと館内を見て回る。想像していた以上に広く展示物も多いのであっという間に時間が過ぎていく。

 気づくと閉館時間ギリギリまで満遍なく館内を見て回っていた。科学の展示は特にイザークの興味を引いたらしく存分に楽しんでもらえたみたいだった。

 外はすでに暗くなっていてあちこちイルミネーションが輝いている。


「コトネ達からしたら”科学”は日常で当たり前なんだろうけど俺からしたら初めて見るものばかりだから勉強になったよ」


「私も当たり前すぎてなぜこうやって使えるのかかなんて考えないから勉強になったわ。・・・でも、科学に便利な面はたくさんあるけど今の私は魔法や聖霊のほうが好きだわ」


「なんで?」


「例えば・・・空を見上げるでしょ?今ここで見上げる空には星が少ししか見えないのは大気が濁っているのと、周りが明るすぎるのが原因だからって思うと自然に優しくないでしょう?ちょっと悲しいわ」


「コトネらしいな。俺はこの国のビルや車の造形が気に入ったな。魔界では発想できない形だからな」


「それじゃあ・・・あそこにも行ってみる?」


 そういえば開業してから何年もたつけれど、いつも混んでいるだろうなと思って一度も行ったことのなかった建物を指さす。季節限定だろうけれど今は緑色にライトアップされている。

 イザークはせっかくこちらに来たから体験できるものはなんでも体験しておきたいといった様子だ。


 東京スカイツリーはクリスマスイブなこともあって人で溢れていた。はぐれないようにイザークは私の肩を抱き、より密着して歩く。今日はほぼ一日手をつないでいたので私も慣れてきて前みたいにいちいち顔を赤くすることもなくなっていた。慣れって恐ろしい!

 展望台のチケットを購入しエレベーターを昇ると窓の外にはビルの明かりが溢れていた。


「すごい、綺麗だな」


 ガラスに近づくと両眼の視界いっぱいに光がきらめいている。


「まるで聖霊祭ね」


「光の数はそれ以上だな」


 こうしてイザークと肩を並べてクリスマスイブを過ごすなんて思ってもいなかった。何より自分がクリスマスイブを…いや、イブでなくても誰かの隣で肩を寄せあって過ごしているなんて去年の私に言ったら信じてもらえないだろう。

 しばらく遠くまで続く光の海を楽しんでから帰路についた。




「今日は一日どうだった?」


 今日も結局イザークとくっついて横になる。さすがにこの状況は慣れないのか、お風呂から上がって時間がたっているのにまだ顔があつい。


「初めて見て体験するものばかりで刺激のある一日だったよ。科学が発展すると魔界もこんな感じになるのかと思うと楽しくなったな」


「魔界もいずれこうなる?」


「どうだろうな。殆どは魔法で代用できてしまうものばかりだからやはりこの世界と同じようになるとは思えないな」


「そう。私は自然を大切にして聖霊と寄り添って生活する暮らしは素敵だと思ってるからそれならそれでほっとするわ」


 イザークは私の返事が嬉しかったのかポンポンと頭を軽く撫でる。


「よかったよ。魔界での暮らしが物足りないって思われていたらどうしようと思った」


「そんなことないわ。魔界での生活は私にとって勿体ないほど恵まれてるから・・・」


 イザークともっとしゃべっていたい。今日どんなふうに感じていたのか知りたい。そう思っていたのに昨日の睡眠不足と今日一日出かけて疲れているのか睡魔が襲ってくる。


「ゆっくりお休み」


 髪を撫でられながらいつの間にか深い眠りについてしまった。




 それから3日、特に身の回りに変わったこともなくイザークに都内近郊を案内したりして過ごしていた。

 遠出をしてみようかなと思ったけれど年末年始でどこも急な予約が取りづらくて結局日帰りで行ける範囲の場所しか案内できていない。

 せっかくなので遠出をしたかったけれど急なことだし仕方がない・・・。


「今日はどうする?」


 朝食を食べて身支度を整えながらイザークを見るとすっかりパソコンの使い方も覚えたようで私のノートパソコンを操作して何やら調べている。家でのんびりしているのもいいけれど、どうしてもイザークと一緒だと大量の料理を作らなければならなくなる。そこまで料理に自信がないので外食で済ませられるのなら私にとってはラッキーだ。


「この映画というものを見てみたいな」


 一緒になって画面をのぞくと公開中の映画一覧が出ている。冬休みの時期だからかアニメから邦画、洋画まで選択肢はたくさんある。でも続き物だと理解しにくい部分があるかもしれないから…といくつかイザークでも見やすいかなと思ったものを提案するとハリウッドのヒーローものを指さした。


「じゃあチケット予約して行きましょ。ついでに買い物もできる場所で見たいから…ここの施設で」


「現在の販売状況がわかるのか?これは便利だな」


「でも便利すぎて見すぎて目が悪くなっちゃったり、姿勢が悪くなったりする弊害もあるみたいだから何とも言えないわよね」


「確かに、こちらに来てテレビやパソコンを長く見てると目が疲れるな」


 イザークはパソコンから遠ざかるようにして眉間をさする。こちらに来たから視力が下がったなんて困るので気を付けてもらいたいところだ。




 ・・・




 映画はイザークに楽しんでもらえたみたいで見終わった後饒舌に感想を教えてくれた。正直、映画のヒーローはかっこよかったけれど魔界で魔法を使うイザーク達を見慣れた私にはそっちのほうが断然格好良い。って本人には恥ずかしくて言えないけれど。


 終わって外に出てからスマホの電源を入れるともう16時を回っていた。空は濃い青と夕焼けのグラデーションが美しく施設のイルミネーションが点灯しはじめた。



 その時突然、鐘の音が聞こえた。何かと思い立ち止まると隣接する施設で結婚式が行われていたようでフラワーシャワーをしているのが見えた。友達の結婚式で見慣れたやつだ。


「あれは?こちらに来てから初めてドレスを着てる人を見たな」


「結婚式よ。大きく分けてこちらでは和装と洋装の二つがあるんだけれど、ドレスを着るのは洋装の結婚式。この国では特別な時にしかドレスって着ないから・・・私だって初めて着たのは魔界に行ってからよ?」


 イザークは興味あり気に結婚式の様子を眺めていた。


「・・・そういえば魔界の結婚式ってどんな感じなの?」


「んー、どんな・・・か。招待客の前で結婚の誓いをしてそのあとはパーティーをひらくことが多いかな」


「そうなの。たぶんこちらの世界とあまり変わりはない感じね」


「俺はいつだって早くコトネと結婚式を挙げたいけどな」


 婚約はしたけれど結婚式の話をイザークの口から聞いたことはなかったので驚いた。

  多分…いや、絶対に今私の顔は赤くなってる。


「コトネがこのままの体で魔界に来られるようなったらすぐにでも。・・・って思ってるんだけどな」


「えっ・・・あの」


 心臓の音が頭の中にまで響いてるみたいだ。顔を真っ赤にする私を見かねたのか近くのベンチに座るよう促される。


「コトネは嫌か?」


「嫌なんてことはない・・・嬉しい、けど本当に私でいいの?って・・・思ってしまって」


「コトネ以外に考えられないよ。ただ、結婚したらずっと魔界にいてもらうことになる」


「それは、分かってる」


 もちろんイザークと結婚するって事は魔界で過ごすことになるのは分かってる。できるだけそばに長くいたいと思う。

 でも今回の非常事態は私が魔界の妃になることを反対している人が起こしてることだ。私が本当にイザークと結婚して大丈夫なの?と不安になってることを素直に打ち明けてみる。


「それは国民のごく一部だ。すべての国民の意見を一つにまとめることが理想だけれどそれは難しい。

 でも、俺とコトネとの結婚はいずれ皆に理解してもらえると思ってる。現に数千年前だってやり遂げてる訳だしな」


 イザークは私の赤くなった頬を撫でながら優しい瞳で見つめ話してくれる。


 この数日でイザークが近くにいることに慣れたはずなのに今はまた胸がぎゅっと捕まれたように苦しい。イザークが大丈夫と言うならば私はどこにでも付いていきたい。


「私、ずっと恥ずかしがってばかりでイザークにきちんと言えてなかったけど・・・好きよ。

 イザークが私を大切に思っていてくれるのと同じくらい私も想ってる」


 もう今の自分の体温だとか表情がどうなっているのかは考える余裕なんてなかった。


 素直に思うがまま気持ちを打ち明けると、頬に添えられた手に力がはいった。

 すると、イザークの髪の毛をおでこに感じ、息を顔の近くに感じて…目を閉じた。




 ───と、その時バッグに入れたスマホが大きく音を立てた。



 映画を見終わって電源を入れた時にマナーモードが切れていたようだ。


 はっとして我に返る。

 イザークは私の頬に触れていた手を私のバッグに入れるとスマホを取り出し渡してくれる。


「科学に邪魔をされたな」


 顔を真っ赤にしながらスマホを受け取る。・・・もしスマホが鳴っていなかったら?と考えたらより体温が上がった。


「電話じゃなくてメッセージだわ。誰だろう」


 画面を操作するとメッセージが表示される。



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 桜井さん、助けてください!仕事が終わりません!!



 --------------------



「何だって?」


「職場の・・・後輩の子が仕事が終わらないから助けて・・・って・・・」


「・・・全く、頑張りすぎだぞ」


 イザークはため息をつきながら立ち上がる。「で、コトネは助けに行くんだろう?」と言って私に手を伸ばしてくれる。


「ごめんなさい、行ってもいい?」


「コトネの責任感の強いところ、嫌いじゃないからな」


 そして笑いながら「終わったら続きはきちんと回収するからな」とぼやくイザークの顔は恥ずかしくて見られなかった。

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