30話 聖霊祭
土手を登ると会場となる場所が見えた。すでに人がたくさん集まっていて準備も進んでいるようだ。
「ここが会場?」
大きく流れの緩やかな川の中を沢山の灯りが川の中を流れている。川の中州がメイン会場らしくダンスを踊っている人達が見える。
「聖霊は死者の魂が聖霊に生まれ変わったものだとされている。
この灯りはこの1年亡くなった人や動物に見立てて灯されているんだ」
「死者の魂が…?」
「差し出がましいようだが、コトネが落ち込んでいるだろうと思って母が元気が出るきっかけになればと思ったらしい。
嫌でなければコトネも参加するか?」
そう言うとローブから小さな楕円のキャンドルを渡してくれた。事前に用意してくれていたらしい。
「ありがとう。嫌だなんて事ない!とても嬉しいわ」
「よかった、行こうか」
そこまで気にかけていてもらっていたことに感謝しながらキャンドルを受けとると、イザークは私の靴を気にしてくれたのか、体を軽く抱き上げて土手を下り川岸まで近づく。
次々と参加者がキャンドルに火をともすと川へ流している。
近くにいた参加者からキャンドルの火をもらい、手のひらにおいたキャンドルをゆっくりと川面に浮かべる。
川底に揺れる水草と小さな魚がよく見える透明な水は手を入れるとひんやりと冷たかった。
手からキャンドルが離れてゆっくりと流れていく。
「あら、人間界のお嬢さんかしら?」
キャンドルの流れていく様を見ていたら、年配のご婦人に話しかけられた。白く透き通るような肌と色素の薄い髪の色は聖霊界の方の特徴のひとつだ。
「はい、そうです」
「このイベントへ来るのははじめて?」
「はじめてです。とても綺麗ですね」
「綺麗よね。私は昨年夫を亡くしてしまったからキャンドルを流しにきたのよ。あのね、人間界の方には見えないって聞くけれど聖霊って本当にいるのよ。
現に夫が亡くなってから私のまわりに聖霊が増えたのよ。きっとあの人が心配して見に来てくれてるんだわ。
あなたもどなたかを亡くしてしまったのかしら?
とってもいい聖霊があなたのまわりにいるのよ!それでつい声をかけちゃったわ。
きっと見守ってくれているわよ。ごめんなさいね、いきなりこんなお節介を」
女性はそう言うとご家族だろうか、若い夫婦に呼ばれ足早に去っていった。次々とキャンドルを流しに来る人がいるので私達も再び土手を登り川を離れる。
「ねぇ、イザーク聖霊は見えないって聞いていたけれど先程の女性の話しだと見えてるみたいに言っていたわ」
「"見える"ではなく"感じる"が正しいかな。例えばこの木も、花の回りも目を凝らすとほのかに暖かい光が感じられるんだ。聖霊がたくさんいる証拠だ。もちろんコトネのまわりにもたくさん感じられるよ」
そう言うと私の頭や肩の辺りに手をあてる。聖霊の雫石を持っていても体感的には何も変わることがないので私には残念ながら感じることはできないみたいだ。
「それって、私のお母さんが亡くなる前から感じてた?」
「前から少しは感じていたが、俺がコトネのいる世界に行っただろ?あの時から急により強くコトネのまわりに感じるようになったよ。だからコトネの母上が見守ってくれているというのは本当だと思うよ」
イザークが私の目元を指で撫でる。
そこで静かに涙を流していたことに気がついた。
「イザークと二人きりだと涙腺が緩くなっちゃって困るわ」
「泣きたいときは泣けばいい。いくらでも涙を拭うよ」
優しい言葉により涙が止まらなくなる。
日が落ちる頃、川面のキャンドルはより一層増えて会場を明るく照らした。
私の涙が落ち着いた頃イザークが屋台の集まる一角へ連れていってくれた。こちらでも屋台には食べ物や飲み物が多く売られていていくつかの物を買って土手の上で聖霊祭を眺めながら食べた。
「聖霊界は菜食主義者が多いから屋台も草ばっかりだな。俺には物足りないな」
カラフルな野菜と少しのハムがライ麦パンに挟まったサンドイッチを食べながらぼやいている。確かに揚げ物や焼き物の串も野菜ばかりで肉はハムやベーコン等の加工肉を見かける程度だ。
「とってもヘルシーよね。私のいる世界では女性受けしそうなものばかりだわ」
「ヘルシー?俺ら魔族には理解ができないな。血にも肉にもならない…」
現に花の蜜を使った飲み物は気に入ってしまった。甘さが優しくてするすると体に染み渡る感じがする。
イザークは不満爆発のようで発言が刺々しい…帰ったらまた大きなステーキを焼いてもらって食べるのかもしれない。
川のまわりに灯ったランプの灯が消え始めた。そろそろ儀式が始まるらしい。イザークも足元に置いたランプの灯を消す。
川面に浮かぶキャンドル以外の灯が全て消えた。月と星とキャンドルの明かりだけになったが充分明るい。
ここからは遠くてよく見えないが会場中心では儀式が進んでいるらしい。
一瞬、目の錯覚かと思ったけれど錯覚ではなかった。
キャンドルの灯がふわりと川面から浮かび宙を漂い始めた。
灯りはあちこちにシャボン玉のようにふわりふわりと飛び始める。
私の目の前にも飛んできた。イザークに手を伸ばすように促され恐る恐る伸ばすと熱さはなく指先で触れるとまた遠くに跳ねかえり宙を漂う。
「どうなってるの…?」
「死者の魂が聖霊に生まれ変わるんだ。もう少し見ていて」
イザークは後ろから私を抱き締めてくれる。
ふわふわと宙を舞う灯りが段々と白く変化していき会場中心では歌が歌われている。
歌が終わると一斉に白い光が黄色や水色、ピンクなどの淡い色に変化した光は強さを増して弾けたかと小さな粒になり川へ、土へ、花へ…あちこちに散らばっていった。
幻想的で例えようのない景色に自然とまた涙が流れていた。
「私のお母さんも…聖霊になって見守っていてくれるかな…。お父さんやあさひにも会えて幸せにしているといいな…」
「必ずコトネの事を見守っていてくれてるよ。コトネが幸せや喜びを感じているならば必ずコトネの父上も母上も同じく喜んでくれている。もちろん、あさひもな」
後ろから抱き締めて頭を優しく撫でてくれる。
きっと見守っていて。私の幸せを見届けてね。
会場には同じようにすすり泣く声が聞こえていたがイベント終わりには皆晴れやかな笑顔で帰路についていた。
私も心の重りが軽くなったような気持ちでイザークと手を繋ぎ帰った。
・・・
翌日はエーリアルさんに連れられて午前中から馬車で海まで遠出をした。
今日も気持ちのいい天気で外の景色は輝いて見える。
「昨日の聖霊祭はどうだったかしら?帰ってくるなりイザークは夜食!って騒いでたからゆっくり楽しめたのか気になっちゃって」
「とても楽しめました。誘っていただいてありがとうございます。…何て言うかあんな風に死後、聖霊になるんだなと思ったら悲しいって思っていた気持ちが随分と楽になりました。私の側にも聖霊になって父や母が見守ってくれてると思うと嬉しくもなりました」
そう言うと、エーリアルさんは座ったまま身を乗り出して私を優しく、長くハグしてくれた。
海辺へ着き浅瀬に足を入れると不思議と小魚が集まってくる。
エーリアルさん曰く聖霊界の動物達は人慣れしているんだそうだ。
しばらく海辺で遊んでからパラソルの下で休む。ここが最近のエーリアルさんおすすめスポットらしい。
確かに海からの風は気持ちいいし波の音が心地いい。
ふと、気になっていたけれど何となく聞いていなかった事を口にしてみた。
「唐突な質問なんですけど、エーリアルさんがバルドさんと出会った時ってどんな感じだったんですか?」
「ふふっ、聞いてくれるの?」
なんと30話まで書き進めることができました!拙い小説ですが楽しんでくれている方々、ありがとうございます!




