2話 ここは一体?
「コトネ様、起きてください。コトネ様?」
せっかく気持ちよく寝ているのに誰かが私の体を優しくゆする。
「どうした、寝てしまわれたのか?」
「はい。やはりまだお体になれていないのでしょうか?」
「じい共に聞かないとわからないが、ひとまず私が運んで差し上げても問題ないかな?」
(ん? 若そうな男性の声が……私を、運ぶって?)
「っっ」
見ず知らずの男性に抱えられるなんてちょっと待った困るわよ! ばっと起き上がり目を見開くと馬車は目的地に着いたのかドアが開いていて、私の目の前にはアンナさんと若い男性がいた。
「ゆ……夢が覚めてない」
驚いた顔をしながら呟いた私に二人は顔を見合せ困ったような顔をしている。
「コトネ様、城に着きましたのでお部屋にご案内いたしますね」
「さぁ、馬車は車高が高いですから気をつけて降りてください」
「あ、はい……。ありがとうございます」
男性が手を差し出してくれたのでちょっと……いや、かなりドキドキするけれどそっと手を重て慎重に降りる。
よく見ると、手を差し出してくれた男性は不思議な格好をしている。ハリウッド映画に出てくる古い海外の甲冑のようなものを着ているじゃないの。そういえばアンナさんはメイドさんみたいな格好をしているし……。
(全く異なる世界って……どんな世界なの?)
馬車から降りて顔をあげると私の目にはあのテーマパークで見たものより5倍、いやいや……奥行き含めもっともっとあるであろう重厚感溢れる立派なお城が飛び込んできた!
(ち……中世ヨーロッパ的な!?)
勿論、私はヨーロッパ旅行なんてしたことはないけど! 中世ヨーロッパも詳しくない! だから、何となくだけれどそう思った。
そしてそのまま、アンナさんに案内され中世ヨーロッパのようなお城の中に足を進める。
「こちらを曲がります」
「階段を上ります」
「廊下をぬけます」
うんぬん、10分近くは歩いたであろうかやっと目的の部屋にたどり着いたようだ。
「こちらのお部屋にお入りください」
「つ……着いたっ」
大きな窓からやわらかな光が差し込む部屋に通された。
「只今お茶をお持ちしますので、お座りになっていてくださいね」
部屋の真ん中には大きなローテーブルと革張りの立派なソファがあったけれど私は窓の外が気になって近づいてみる。多分階段を4階か5階くらいの高さまでのぼったと思っていたけど城の裏手は崖になっているらしくもっと高い場所にいるように思えた。
目の前には広々とした森が広がり遥か彼方には見慣れた富士山のような山はなく、角度が鋭く長細い岩山がいくつも聳え立っている。
ビルや鉄道なんてものは見当たらない。
他に城や家はないのかしらと窓の外をよーく観察しているとお茶が届いた。
「コトネ様お待たせいたしました。あら、外をご覧になっていたのですね。今日は霧もなく遠くまで良く見渡せますね」
「そうなんですか……」
「きっとコトネ様がいらっしゃった事を森も喜んでいるからでしょう」
「はぁ……」
もう何がなんだかわからなすぎて考えが追いつかない。
とりあえずソファに座りお茶をいただくことにしよう。ふわっと花の香りがする蜂蜜色のきれいなお茶だ。
「おいしい!」
ずっと緊張していたけれど、おいしいお茶のお陰でふっと肩の力がぬけ落ち着くことができた。
その時コンコン、とドアがノックされた。
「失礼します」
ドアが開き入ってきたのはおじいさんが2人。先ほど森で起きたときに目の前にいた人達だった。二人とも白い髭を生やしローブを着ている。私の前まで来ると深々とお辞儀をしてから向いのソファに座った。
「はじめまして、私どもはこの国で賢者をしております。コトネ様召喚の儀も私ども中心に行っておりました」
「ところで、お体に違和感などはありませぬか?」
(け……賢者?? ゲームの世界かっ!?)
「あ、はい。体は何ともありませんが、仮の体……とか異なる世界とか、聞きたいことだらけなんですけど!」
ぶわっと頭の中に疑問が浮かんで、私はついついソファから身を乗り出して二人の賢者さんに近づく。
「「もちろん、今からご説明差し上げます!」」
二人揃ってそう言うと同時に分厚~い本が沢山テーブルの上に積まれた。
・・・
窓から入り込む光が夕焼け色になってきたのでそこそこ時間がたっていると思うんだけど、なにせこの部屋に時計が見当たらないからどれくらいの時間がたったのかはっきりとはわからない。
賢者さんの話を聞きつつあれこれ私が途中で口を挟んでしまうものだからけっこうたっていると思われる。
とりあえず今のところ頭の中で理解できた事といえば───
まず異なる世界とは、私が住んでいる地球とこの世界は宇宙で繋がっているわけでもない。魔法を使わないと行き来する事はできない。
とりあえずまるっきり違う所だということ。
私の住んでいた世界では科学が発展しているが、この世界では魔法が発展しておりどうやら別世界の地球に住みながらも潜在的に魔法に必用な魔力がとても高い私を必要としてこの世界に召喚したということ。
このような召喚は数千年ぶりで国の一大イベントだったこと。
召喚するのにいきなり身体ごとまるっと召喚してしまうと何かしら支障をきたす恐れがあるので、とりあえず魂のみを土人形に移して召喚したということ。
土人形だが姿かたちがしっかり再現できていたり、この世界の言葉や文字を理解できているのは私の魔力が高く順応しているからだということ。
魂だけなので寝ている時にしかこちらの世界に来れないこと。
地球とこちらの世界は時間の流れも違っていて、こちらの世界に魂が慣れてくれば長時間滞在できるようになること。
ゆくゆくは身体もこちらの世界に召喚したいということ。
そして、私を召喚した目的は現在この世界に王に見合う高い魔力をもった者が産まれない為お妃様候補が見つからず、最後の手段として数千年前の文献を手がかりに異なる世界から魔力の高い私を見つけ出しお妃様になってもらうため召喚したということ。
「ちょっと待ってっっっっ!!」
突如挙手をし立ち上がる私にまわりの人たちは驚いている。
「お……お妃様って、つまりは結婚しろってことなんですよね?
わ、私がすでに結婚していたり好きな人がいたりして拒否するってことは選択肢にあるのでしょうか?」
興奮ぎみに早口でしゃべったので息があがり頬が赤く染まる。だって、お妃様だなんて! 知らない男性と結婚しろだなんてそんな無茶な話ある!?
そんな私の様子を賢者さん二人と離れた椅子で適度なタイミングを見計らいお茶やお菓子を出してくれるアンナさんは微笑ましそうな視線を向けている。
「産まれたときから生涯の伴侶というものは決まっております故、そのようなことはありませんでしょう」
「そうです。コトネ様のような大きな魔力をお持ちの方との伴侶はそこらの男に務まりますまい。
そもそもお互いの魔力の大きさや質が似ているもの同士が伴侶になるのです。
この世界に召喚されるというのもお産まれになったときからコトネ様にお決まりになっていたことですよ」
ななななな……!?
(って、私の世界では魔法とか魔力とか関係無いんですけど!? …でも夫婦は似た者同士とか言うし何かしらお互いを惹き付ける同じような条件はあるのかしら……?)
賢者さん達が豪快に笑うものだから質問したこちらがはずかしくなってきた。
「そ、そうなんですか……」
着席し息巻いて喋ったので乾いた喉にお茶を流し込む。ふと、テーブルの上に広げられた地図に目がとまった。
主に大きな大陸が3つ、それと細々とした島がたくさんあるこちらの世界の世界地図と言われ広げられたものだ。
「ちなみに、今いるところは地図上でどの辺りなんですか?」
「はい、今コトネ様がいらっしゃるのはこの国の首都でございます。場所はここ……」
賢者さんは目を細めながら指差す。
「カザトラ……ですか」
指差す先には首都の名前が書いてあった。首都はカザトラ、国の名前は……地図に大きく書かれた今いる国の名前を読む。
「魔……界?」
ぽつりと言葉にする。
「はい。ここは魔界の首都カザトラ、コトネ様の伴侶となるのは我が魔界の王であられます……」
(魔界!? 魔界の王!? ちょっと待って……それってよくゲームで耳にするあれよね……!?)
冷や汗をかきながら頭がフル回転する。
バンッ!!!!
「じい共、召喚は成功したのか!よくやったぞ」
突如、扉が開きひとりの男性が入ってきた。
背は長身で細身だけど肩幅なんかはがっちりしていて強そうだ。
きれいなの黒髪はサラサラしている。顔はぱっと見ただけでもハイレベルなイケメンである。
年頃は20代後半くらいかしら? 服装は馬車で会った甲冑の人とは違うし賢者の人が着ているローブのようなものでもない。
全体的に黒い革や布を使っているが身なりのよい高そうな服に思える。
私を見つめる瞳はルビーのように真っ赤だ。
男性が入ってくると座っていた賢者の人、アンナさんも立ちあがりお辞儀をするので私もつい立ち上がってしまった。
「名はコトネと言うんだな?」
立ち上がる私の腰に手を伸ばし、がっちり抱き抱えられたと思ったらあっという間に男性の膝の上だった。
ソファに座り私を膝の上にのせたまま男性は言う。
「俺がこの国の王、イザーク・サファナイト・クラストフだ。よろしくな!」
この国の王……!?
ってことは
(魔王ってこと!??)
(あのゲームだと世界を征服してやるー! って勇者に倒されちゃうあの悪役の!?)
(やだ、イケメンすぎるイケメンの膝の上とか!!!)
(何でそんなに見つめるの!? はっ恥ずかしい!!)
(何がどうしてこうなったのぉぉぉぉ!!!???)
もうパニック中のパニックだ! 視線のやり場にも困るし!
そんな私の様子を見て落ち着かせようとしてくれているのか、イザーク様は私の髪の毛をなではじめる。
「まだ理解しきれないだろうが、大丈夫だ! 安心して妃になるといい。さっそく我が妃に贈り物だ」
そう言うと私の左手をとり人差し指に触れる。
「いや、あの! 聞きたいことがありますっ!!!」
やっと口から言葉が出たけど、何やら頭の隅で音がする。
と、同時に急に瞼が重くなる。
「なんだ、今日はもう帰ってしまうのか?」
左手に王様の大きな手を感じていたけれど、だんだんと感じなくなってきた。
「まだ初日ですから仕方ないかと……」
賢者さんの言葉が遠く感じる。
「そうか。コトネ、次はこの指輪のおかげできっと長くいられるから良いところに連れていってやるからな、楽しみにしていてくれ」
あぁ、もう瞼を開いていられない……。
・・・
ピピッピピッピピッピピッピピッ
スマホのアラームが鳴ってる。
枕の横にあるスマホを手に取りアラームを止め目を開ける。
見覚えのある部屋だ。空気も雨と洗濯物があるせいか湿気で重く感じる。
「なっ、なんなの? やけにリアルで鮮明な夢だったけど」
夢見が悪すぎるわ! のそのそとベットから起き上がり洗面所に向かう。夢がリアルすぎたせいか寝たのに寝た気がしない。
鏡に写る顔は心なしかぐったりしてるような……ふと、顔を洗うのに髪をまとめていたら気がついた。
左手の人差し指に銀色に光る細かな彫刻が施された指輪がはまっている。
「……夢じゃなかったの……!?」
指輪は引っ張ってもねじってもハンドソープを使ってもぬける気配がない! 回りもしない!
そんな無駄な時間を費やしたからか電車に間に合わなそうになり朝から駅までダッシュするはめになってしまった。
「何なのよ! 何なのよ!???」
つたない小説ですが2話まで投稿してみました。
まだ続きます。