21話 お母さん
"聖霊の雫石"をいただいてから一週間が経った。日常生活で溺れたりすることはそうそうないので加護はまだ実感していないが、見守られていると思うだけでなんだか頼もしい。
時計の針が17時30分を回ったので営業さん達には悪いが先に上がらせていただく。
「桜井さーん、帰りに新しくできたコーヒーショップに寄って行きませんかぁ?」
先にロッカー室で着替えをしている神田さんだ。何やら駅の近くに有名なコーヒーショップが出来たらしい。モンブランケーキが人気だとも。
「ケーキもおいしいのか、いいわね。…と、ちょっと待ってね」
バッグの中でスマホのランプが点滅していた。確認すると兄より15時すぎから3度の着信履歴があった。兄には家族がいるし7歳離れているのもあってかあまり連絡をとる事はないのでこんなに連絡が入っているなんておかしい。
すぐに非常階段へ行き折返し電話をする。
・・・
どうやって寝入ったのか思い出せない。
高い天上、天涯のついたベッド。魔界に来たのは分かっているが私の体も心も海の底に沈んでいるかのようだ。起こすことができない。
ゆっくりと目を開けるとアンナがなかなか起き上がらない私を心配そうに覗き込んでいる。
「アンナ…っ」
私はゆっくり起き上がるとアンナにしがみついた。気づかなかったが頬には涙が伝っている。私の意思に関係なく涙と嗚咽が止まらない。
「コトネ様、どうされましたか?ご安心ください、イザーク様もすぐにいらっしゃいますよ」
何も言わずただひたすら泣く私にアンナは優しく声をかけ私の背をさすってくれる。
するとアンナがドアの外にいる別の侍女に頼んだのかイザークが急いで部屋に入ってきた。
「どうしたんだ?」
アンナにかわりイザークが私のそばに来てくれた。イザークの顔を見ても涙は止まらない。いっそう量を増すばかりだ。
どれくらい経っただろうか?次第に呼吸が落着いてきた。顔をあげてイザークの顔を見つめ、なんとか喉から声を絞り出す。
「あのね、わたしの…お母さん、が…っ」
兄からの電話で母が心筋梗塞で倒れ亡くなったと知らされた。
その後どうしたのか記憶が混乱しているが急いで新幹線に乗り実家へ向かい母と対面した所までは覚えてる。
私の心は感情の出し方を忘れてしまったようにカチコチに凍ってしまったのか兄や親戚と話をしたが聞いた話は反対側の耳からすり抜けるようだった。何も考えられなかった。涙も出なかった。気づいたら魔界で目が覚めた。
イザークは何も言わずただ私を優しく抱き締め話を聞いてくれている。
それだけで凍っていた心は溶けて感情に任せて涙を流しているとすとん、と落ち着いた。
再びイザークを見上げると涙を流してくれていた。
「ごめんなさい、イザークまで悲しい気持ちにさせてしまって」
「謝らないで。コトネの悲しみは俺の悲しみでもあるから。
…どうする?あちらの世界にすぐにでも帰れるよう手筈をとろうか?」
「ううん、いいの。魔界で頭と心をゆっくり整理してからお母さんと向き合いたい…。今帰ってもまた心に蓋をしてしまいそうなの」
それからあちらの世界に帰るまで初日は庭園に出かけアサヒと外でぼーっとしていたが2日目からは通常通り勉強を教えてもらいキッチンを借りてクッキーを作りと忙しく動き回った。
綺麗な空を見ても花を見てもなぜだか涙が溢れてしまう。忙しくして考え事をする暇を与えないほうが楽だと気づいたからだ。
ただ夜にベッドに潜ると急に寂しくなって涙が出てしまうので何をするでもないがアサヒを呼び出して窓からの星空を眺め時間を潰していた。
深夜遅くなってから小さなノックが響いた。ドアを開けるとイザークがお茶を持ち立っていた。
「どうしたの?こんな時間に」
「ん?コトネが夜更ししてそうだったから俺も仲間にいれてもらおうと思ってな」
「…気づいてたの?」
「当たり前だろ。コトネがあまり寝ていないのは見てすぐに分かるさ」
イザークはあいている手で私の目の下を軽く触った。うっすらクマができていたが昼間はコンシーラーで綺麗に隠したはずだったのに…!
空が明るくなるまでぽつりぽつりと母の話を聞いてもらった。
イザークのぬくもりを感じ鼓動を聞くと不思議と私は落ち着いて話をすることができた。
ひとつひとつ、母との思い出を整理しお別れにきちんと向き合えるように…しっかりしなければ。
「次の夜はお葬式で忙しいから来られないと思うの…」
「あぁ、分かった。そのように手配するよ。悔いのないようにしてくれたらそれでいい」
本当はずっとイザークが側にいてくれたらあちらの世界に戻っても平常心でいられるのに、と思ったけれど口には出さず添えられた手をぎゅっと握りただ「ありがとう」と口にした。
そして先日見た悲しかった夢を思い出してやっぱりあのあさひはイザークだった…そう思った。
・・・
「じゃあ琴音、あとは頼むよ」
「大丈夫。お兄ちゃんおやすみなさい」
時計を確認すると24時をまわっていた。今日はロウソクの火を消さないよう交代で母の側にいるのだが夜は兄と代わって私が見守る事になった。
兄の子供達がお父さんがいないと騒ぎなかなか寝てくれないらしい。可愛らしい理由にに頬がゆるんだ。
実家から少しのアルバムを持ってきていたので眺める。
高校生の頃に父が仕事中の事故で亡くなりその時に皆でアルバムを見返して以来だと思う。写真に写る父と母が懐かしくて仕方がない。
こちらの世界に帰ってくるとなぜだか悲しいのに涙が出ない。兄には家族がいるので心配はかけられないから一人でもしっかりしなければ!
自然とそんな理由でブレーキがかかっているからだと思ってる。
「コトネ」
アルバムに夢中になっていると背後から私を呼ぶ声がした。振り返らなくてもこの声の持ち主は分かっている!
「イザーク!?」
もう一人でしっかりなんてしきれない、どんなに側で寄り添っていてくれたらと願った事だろう。願いすぎて幻覚が見えてしまったのだろうか?
そこには正装に身を包んだイザークが立っていた!
私が立ち上がるとイザークも私の側に来てくれる。
「本当に?どうして?」
「コトネの指輪を介してこちらのこちらの世界に来たんだ。コトネを一人にしておけないしコトネの母上にもお会いしたかったからな」
驚いて手を伸ばしイザークの顔に触れる。あたたかい。本当にイザークが側に来てくれた!ほっとして私のブレーキがかかっていた涙腺は崩壊した。
イザークは私の涙を拭うと母の遺影を見て「コトネに良く似ているな」と言ってくれた。
「お母さん…紹介できなくてごめんね。イザークよ…格好良くてびっくりしちゃうでしょ?お母さんいつも私の事心配してくれていたけど…イザークがいるからもう心配しないでね。大丈夫だよ」
涙ながら母に伝えた。きっと母は驚きはしゃぎながら喜んでくれているだろう。
その後一緒にアルバムを見ながら家族との思出話をした。途中、安心したからか猛烈な睡魔が私を襲ったけれど懸命に耐えた。しかしイザークの膝に頭を乗せられ髪の毛を優しく撫でられると次第に瞼が閉じていく。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。コトネは私が一生をかけて幸せにします。種族が違い心配させてしまうでしょうがどうか見守っていてください」
何やら瞼を閉じた暗闇の向こうで話し声が聞こえていた。
「琴音、体痛くするぞ」
肩を揺すられて目を覚ますと時計の針は5時をまわっていた。
「あれ、お兄ちゃん…こんなに朝早く…」
「色々考えてて眠りが浅かったんだ。ロウソク交換してくれてありがとうな」
私の頭の下にはクッションがあり体には毛布がかけられていた。
ロウソクは交換したばかりのようでゆらゆらと赤い炎が揺れていた。
「仕事は順調なのか?一人暮らしもちゃんと飯作って食べてるか?外食ばっかりは良くないって言うしな」
「もう、お母さんと同じ事言うのね。大丈夫だよ。仕事も、食事も、上手くいってるよ」
兄は私の横に座ると財布から一万円札を出してお小遣いだと私に押し付けようとする。
「いつまで子供扱いしてるのよっ!
」
「そうか?母さんのクセがうつったな。何かあればいつでも連絡入れてくれよ」
私に拒否されたからかお札を財布に戻し静かに笑う。
「わかったわ。お兄ちゃんも"お父さん"をちゃんとするんだよ」
兄と二人きりで話すなんて久しぶりだ。
これもお母さんのおかげなのかもしれない。
ありがとう、本当にありがとう。
悲しい事を経験させてしまって自分のキャラクターに申し訳ない気持ちでいっぱいです。次話くらいから明るい話に切り替えますっ!




