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20話 聖霊の雫石

 途中でこれは夢の中だと気が付いたけれど夢は覚めない。

 真っ暗な場所で私は膝をついて泣いている。何が悲しかったのか思い出せないけれどとにかく悲しくて、悲しくて涙が止まらない。

 辺りには私の嗚咽だけが響いてる。

 すると突然目の前に犬のあさひが現れて私の頬に伝う涙を拭ってくれた。大丈夫だよ、悲しまないで。そう言ってくれてると感じた。

 嬉しくてあさひを強く抱きしめた───。



 そこで夢が覚めた。



 目覚めたばかりなのに胸の中はもやもやしていて寝覚めは最悪だ。

 目のまわりが熱を持ってるようにジンジンするので目があけられない。目尻も頬も涙が乾いてひきつる。きっと枕は涙で濡れてるんだろうなと思いながら顔まわりを探る。


「───!?」

「おはようコトネ。大丈夫か?」


 枕が固いなとは思った。腫れぼったい目をなんとか開けると目の前にはイザークがいた!

 私の頭は枕ではなくイザークの腕の上だった…!!


 びっくりして固まっている私をより近くへと引き寄せてイザークは軽く抱きしめる。


「朝起こしに来たら寝ながら泣いてたからびっくりしてな。涙を拭こうとしたらコトネが抱きついてきて寝言を言ってたからしばらく横にいたんだ。何か悲しい夢でも見たのか?」


「う…うん。目が覚めてあまり覚えてないけど…すごく悲しかった…」


 抱きしめたままポンポンと背中を撫でてくれる。

 恥ずかしさと心地よさで体は動けないでいるけれどはっと気づいてイザークとは反対側にごろっと転がる!


「私、絶体!目がすごく腫れてるから!!み…見ないでっっ」


 この熱っぽさからするとかなり酷いことになってる!!

 目元を両手で隠してイザークに見られないよう背を向ける。


「女性は難しいな。俺はそんなコトネも可愛いと思ってるぞ。

 先に朝食を食べてるから気がすんだらおいで」


 背を向けた私にも呆れずに優しく話しかけてくれる。そのままゆっくりとイザークの足音は私の部屋から出ていく。


「側にいてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 背を向けたままで失礼だとは思ったけれどお礼を言った。

 夢で見たあさひの正体はイザークだったのかも…?




 ・・・




 午後になってやっと目元がすっきりした。朝からアンナが蒸しタオルで温めてくれたりマッサージをしたりと手を尽くしてくれたおかげだ。

 今日はエーリアルさんとお茶をする約束をしているのであまりに酷い顔でお迎えするわけにもいかない事もあって心底ほっとする。


 約束の庭園へ行くとすでにエーリアルさんは花を愛でていた。


「遅くなりました!」

「あらぁ、早かったのね。私はバルドをイザークに取られちゃって暇で早くに来てぼーっとしていただけなのよ。気にしないで」


 花が咲きほこる庭園にエーリアルさんが佇んでいるだけで絵になっている。まさに妖精そのものって感じだ。見とれながらもさっそくアンナにティーセットを用意してもらい向かい合って座る。


「あらぁ?コトネちゃんなんだか調子悪い?目元が赤いわよ」

「昨晩夢見が悪くって…調子はいいので心配していただいてありがとうございます!」


 いきなりバレてしまった。今日は目元のメイクも念入りにしてもらったので上手く隠せてると思っていたのに…。


「そう?昨日言ってた魔力の事で考え込んでないならよかったわ!魔力は急に使いこなせるわけじゃないから焦って考えすぎちゃダメよ。暴発しちゃったら危ないからね!」


「暴発…ですか!?」


「そう。使いこなせないのに急に大きな魔法を使おうとすると体が着いていかなくなっちゃって大変なことになっちゃうの。焦らずゆっくり頑張ればいいのよっ」


 こくりとお茶を飲みながらなかなか怖い事を言ってくれる。

 暴発する危険は教えてもらっていなかったので頭の中にさっそくメモをしておいた。


「今日一番にお話ししたいことはね!コトネちゃんもイザークも安心して過ごしてもらえるるようにプレゼントを用意したのよ!」


 そう言うとエーリアルさんは私に両手のひらをテーブルの上に出すように言った。

 何だろうと思いつつも言われるがまま両手を出すと手の上の空間にエーリアルさんは人差し指でくるくるっと小さな円を描く。

 すると、円を描いた空間からキラリと光るものが現れて私の手の上に静かに滑り落ちた。


 それは綺麗なドロップ型の半透明の石できたペンタントトップに革紐を組み合わせたネックレスだった。

 革紐を指にとりペンダントを空にかざすと角度によって青や黄色、紫、赤と色が違って見える。


「初めて見る石です!綺麗ですね」


「でしょー?それ、コトネちゃんにあげるっ!聖霊の加護がありますように!ってちゃーんとおまじないしておいたのよ!」


「聖霊の加護を?」


「そう!特別なものだから肌身はなさずに持っていてね。」


 嬉しくてさっそく首から下げてみる。手のひらにすっぽりと収まる大きさだが首にかけると着けているのを忘れるほど軽い。


「ありがとうございます!」


「どういたしまして!コトネちゃんはまだ本当の体があちらの世界にあるんでしょう?イザークはそっちも守りたいのに魔法の届かない世界だと守ることが難しいからやきもきしてる所もあると思うの!それを身につけていれば聖霊が守ってくれるからイザークも安心できると思うのよねぇ」


 イザークが安心できる…!そう聞くと何てすばらいしものを頂いたのだろうかと改めて感謝をする。


「気にしないでっ!息子と娘のために何かしてあげたくなっちゃうのは母親の心理なのよっ」


 "娘"と言われて照れてしまう。

 まぁ、いずれ結婚するとなればそうなるのよね…。


 昨日のバルドさんもそうだったけれど異世界から来た私を快く受け入れてくれている。

 強引に連れてこられたからという所もあるかもしれないけれど、正直今はこちらの世界に来ることができて良かったと本当に思っている。この人達に出会うことができて良かった。いるのか分からないが神様に感謝してもしきれない。


「あとはねぇ、イザークが天使みたいにかわいかった頃のお話し聞いてくれる?今はバルドに似て格好いいけど、小さい頃は本当に天使だったのよー!!」

「え!?聞きたいです!」


 胸に込み上げてくる沢山の感謝の気持ちをいつか何かしらの形で返せたらいいな。それにしては感謝が大きすぎるから大変そうだけれど。

 そんな事を思いながらエーリアルさんとの話は大いに盛り上がった。



 小鳥達が巣に戻りはじめる頃、話し込む私たちの元にバルドさんが現れた。


「女性人は随分と打ち解けたようだね」

「あらぁ、お仕事終わったの?今コトネちゃんにイザークがドラゴンの雛を拾ってきちゃった時の話をしてたのよっ」


 エーリアルさんは嬉しそうに立ち上がると一目散にバルドさんの胸に飛び込む。気きしに勝るラブラブっぷりだ。


 あまり二人の世界にお邪魔しても悪いなと思ってお二人に挨拶をして私もイザークの元へ帰ることにした。


 イザークの部屋をノックすると返事が帰ってくる。


「お仕事お疲れ様。まだ忙しかった?」

「いいや。書類に目を通していただけだよ」


 部屋に入ると机の上に積み上がった書類とにらめっこしているイザークがいた。執務室の修理を終えるまでは自室で仕事をしているのだ。

 …これじゃあ眉間のシワは取れないわね。


「どうだった?話は弾んだか?」

「ええ、盛り上がったわ。それとプレゼントもいただいてしまったわ」


 ソファに座りながら首からかけたペンダントを外してイザークに手渡す。


「これは…"聖霊の雫石"じゃないか!すごいものをもらったな」


聖霊の雫石(セイレイノシズク)?」


 石を見せるとイザークのテンションが上がった。手渡したペンダントを再び私の首にかけながら説明してくれたところによると、


 "聖霊の雫石"は聖霊国では国宝扱いされているもので、聖霊の心が結晶となったものらしい。

 結晶は聖霊王でなければ作れないもので作り方も秘密になっている。数も多く作れるものでないのでとても貴重な物だと。そして私のいただいた雫石はイザークが今まで見た中で一番大きいものだと言う!!


 と、説明を聞いたところで胸にぶら下がるものの価値がとんでもないものだと知ると急に重たく感じた!


「ど、どうしよう!?そんなに重要なものをもらってしまって!?」


「きっと母が聖霊王に貰ったものだろうから気にするな。それよりもこれでコトネも聖霊の加護を受けられるだろう」


 更に聞くとエーリアルさんはなんと聖霊王の末娘だと言うではないか!きっと嫁入りする時にでもこの聖霊の雫石を王から貰ったのだろうとも。

 父親が先王で母親が聖霊国のお姫様だなんて…ハイスペックすぎる家系図に本当に私はここにいてもいいのかと疑問が増すばかりだ。


「約束通り夜会も終わった事だし騎士団の警備は止めにするよ。コトネが聖霊の雫石を身につけていれば俺も安心だ」


「イザークの心配事がひとつ減ったのなら嬉しいわ。大切に肌身離さず着けることにするわね!」


 聖霊の雫石は首から下げ念のため服の中に隠しておかなきゃ。国宝級のものを万が一無くしたら大変だもの。




 ・・・



 1Rの狭いアパートで目が覚めた。

 スマホのアラームを止めて仕事に行く支度をしなければ。


 ふと、胸元に光るものが見えた。


「聖霊の雫石だ…」


 イザークの指輪といい聖霊の雫石といいスペックの高いアイテムはこちらの世界についてきてしまうみたいだ。

 きっとこちらの世界でも私を守ってくれるのかもしれない。

 小さく「お願いします」とつぶやいてベッドから降りる。


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