10話 魔法
騎士団員が投げた大きめの薪に向かいケヴィンが手をかざすと薪は青白い炎に包まれ地面に落ちる前に墨になってしまった。
「す、すごい!」
横で見学していた私は大きな拍手をする。
「お誉めいただきありがとうございます。
大切なのは薪を燃やすぞと思うだけではなくどの程度の炎で燃やすかまでしっかりイメージすることですね。炎の大きさ、できたらどのような熱さでなど、細部までイメージできると良いかと」
今日はお城の敷地内にある騎士団の広い練習場を借りて攻撃魔法の実践練習をしている。
敷地内だがサッカーコート2面はあるだろう広々とした更地に奥には林もひろがっている。いったいこのお城はどれだけ広いのだろう。
本来魔法担当はカーネルさんなのだが攻撃魔法は不得意との事で今日はケヴィンが先生になってくれている。
「では、アサヒを呼んで実践しましょうか」
大きな魔力を持っていると言われているが私の魔力は実際どの程度なのかはまだ未知数だ。又、どんな魔法が得意でどの魔法が不得意なのかも分かっていない。
はじめは私の魔力を共有しているアサヒの疲れ具合や表情を見ながら練習するのが基本らしい。
おいで!と声を掛けながらアサヒを呼び出すと嬉しそうに羽を広げて喉を鳴らし空気の匂いをかいでいる。
「頑張るからよろしくね、アサヒ!」
「まずはじめに、広場中央に薪を設置したのであれを燃やしてみましょうか」
指差す先に先ほどケヴィンが燃やしたものより小さな薪が置いてある。
「オーケー、炎の大きさと温度ね…」
手をかざして薪の上部が赤く燃えるのをイメージして…心の中で燃えろ!と叫ぶ。
「あら?」
薪は変わりないように見えた。
が、よくよく見ると蝋燭の炎程度の小さな火がついていた。
「ア、アサヒ?もう少しこう、ボワッと燃えるのをイメージしていたのだけど…」
振り返り可愛い使い魔を見ると何やら頭を悩ますような仕草をしている
もう一度!と気合いを入れ直し、今度はもう少し炎が大きく薪全体を包み込むように…とイメージしたが同じように小さな炎しかつかなかった。
「どうやら火の魔法は不得意のようですね…では、このまま水であの炎を消してみてください」
「は、はい!」
小さな炎にコップに入れた量の水がかかるのをイメージして…!!
今度は薪の上の空間からバケツをひっくり返したような大量の水が現れてあっという間に炎を消し薪の回りに大きな水溜まりをつくってしまった。
「これは…イメージより多かったかな…」
アサヒは得意気な顔をしている。
「なるほど、水の魔法はお得意なようですね。しかしイメージより多かったのであればもっと魔力を調整する練習が必要ですね」
・・・
一通りの攻撃魔法を行ったところでケヴィンの手元にあるメモには次のように記入がされていた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
火 ×
水 ◎
雷 ○
風 ◎
土 ○
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「お疲れ様でした。苦手な攻撃魔法は火だけでしたね。
…と、いただいていた資料によると守りや癒しの魔法は特に素晴らしいとなっていますね。魔族は攻撃魔法のみを得意とする者が多いのでコトネ様のように沢山の種類の魔法を得意とされるケースは珍しいです。さすがです!」
どうやらケヴィンの手元にはカーネルさんから事前に手渡された資料があるらしかった。
ほめられるとつい謙遜してしまうがアサヒは私の後ろで嬉しそうに羽を羽ばたかせている。
「ケヴィンも主に攻撃魔法が得意なの?」
「お恥ずかしながらそうなんです。癒しの魔法ができたら騎士団の質も上がりますし便利だなと勉強した時期もありましたがどうも私の魔力との相性が悪いようで上手くなりませんでした」
ゲームのようにレベルが上がれば使える魔法が増えていく訳ではないようだ。
「そうなんだぁ…」
色々と魔法を試したけれど魔力は充分に残っているようでアサヒが疲れている様子は見られない。
「ひとつコトネ様に癒しの魔法をお願いしてもよろしいですか?」
そう言うとケヴィンは練習場奥にある林を案内してくれた。
「先日新しく配属された団員の魔法練習を行ったところこの辺り一帯をうっかり雷で派手にやってしまって…」
確かに半径10メートルほどの部分だけ木があちこちに倒れ焼け焦げた跡もたくさん見られる。
「この辺りを癒しの魔法を使って木を治せばいいのね?」
「はい、コトネ様でしたらできるかと思います」
練習ではまだこんなに広い範囲を癒したことはないが、ケヴィンにはイザークがお世話になすぎているのでお礼をしないと!腕まくりをし気合いをいれる。
「頑張るわ!」
両手を広げて魔力を焼け焦げた一帯に行き渡らせるイメージをする。
目を閉じて生い茂る木々を思い浮かべ強く祈ると辺りにキラキラとした光の粒がふわりと表れる。
粒がゆっくり地面に落ちたところから新しい芽がでたかと思うと一斉に芽吹いた。
「すごい!」
ケヴィンの声に顔を上げて辺りを見渡す。
「…ってこれはちょっと」
木が倒れ焼け焦げていた一帯にはまるでジャングルのようにびっしり草木が生えていた。
やはり魔力の調整をきちんと勉強しないと!と反省したがケヴィンがとっても誉めてくれたのでとりあえずここは良しとする事にしておいた。
・・・
「今日はケヴィンと魔法を使っていたそうだな?」
夕方、部屋で本を呼んでいるとイザークが入ってきた。
「ええ。練習場を借りて教えてもらったわ」
「そうか、どうだった?」
「私にはまだまだ魔法が非日常的なものだから楽しく練習できたけど、上手くできないのはやっぱり悔しいかな」
本から目を放して手を伸ばし魔法を使っているような素振りをしてみせる。
「楽しかったのか?」
「楽しかったわよ」
イザークは私の横に座り読んでいた本を取り上げる
「ちっ!ケヴィンがコトネと二人きりだなんて面白くないな。俺の執務が暇だったら俺が教えたのに!」
膝の上に抱き抱えられ後ろからイザークの腕が私を抱き締める。
「あっ、本に栞はさんでくれた?」
けっこう面白く読んでいたところだったのでつい本を気にしてしまう。
「最近は夜会のせいもあってか仕事が多くてコトネとゆっくりできる時間がとれなくてコトネ不足だ!腹立たしい!!」
耳に、首筋にイザークの息がかかる。
「夜会をするって言い出したのはイザークでしょう?」
息のかかる部分がくすぐったいがしっかり抱き締められていて身動きがとれない。
「コトネが可愛すぎて国民に教えてやるのは勿体ないんだがまわりがうるさくて渋々開くんだぞ」
首筋にイザークの唇が押し当てられる。
「ははっ、耳まで紅くなってるぞ?可愛いなぁ」
「もう、くすぐったいし離してぇ」
恥ずかしくてジタバタしていると更に耳を甘噛みされる。
「ひゃっ!」
反射的に背筋が仰け反る。
しばらくイザークは充電中と言いながらコトネを離さなかった。
・・・
営業所の壁に掛けてある時計が午後3時を指した。
「1、2、3…全部で10ページっと」
キリのいいところまで資料作成を終えた琴音は伸びをしてマグカップを手に給湯室へ移動する。
「やっぱりパソコンは肩こるなぁ」
コーヒーを入れようとマグカップを洗っていてふと思った。
右手に空になったマグカップを持ち、左手をかざして…
(マグカップの中に並々と冷たい水を…)
念じ目をあけてみた。
(ってやっぱりこっちの世界じゃ何も起こらないわね)
右手のマグカップは空のままだった。
(あっちにいる時間が長いからもしやと思ったけどだめよねー)
定時まであと少し!琴音は足取り軽くコーヒーを手にデスクへ戻る。