9話 婚約
半日ぶりに魔界へ来ると真っ黒な雲が空を覆い静かに雨が降っていた。
「おはよう、アンナ」
「おはようございますコトネ様。朝食はいかがなさいますか?」
相変わらず私があちらの世界から魔界に来るときはアンナが枕元にいてくれる。
「確か今日イザークは仕事でいないのよね?それなら沢山用意してもらうのは悪いからパンを2つと果物の盛り合わせを部屋に持ってきてもらってもいい?」
いつもはイザークと食堂で朝食をとるのだが大きなテーブルに食欲旺盛な魔界人と同じ量をずらりと並べられてバイキング状態になってしまう。
一人の時はもったいないので適量のみお願いした。
イザークがお城にいるときには3食一緒に食事をとっている。
それ以外にも忙しい仕事の合間を見て毎日理由をつけては私の勉強中に度々顔を出してくれていた。
勉強が難しくて頭を抱えていると上手く教えてくれたり、どう見ても下手くそなダンスを誉めてくれたり、正直いつイザークが顔を出すかなと密かに待っている自分がいたりして…。
「ひとりでも今日もダンスとマナー、頑張るぞー」
伸びをして静かに気合いをいれる。
・・・
ユリアーナに教わったことで形にはなってきたが、未だに慣れないダンスのおかげで最近はベッドに潜り込むとすぐ眠りにつくことができる。
今日も疲れを睡眠で解消!とベッドに入ったところで明かりを消し真っ暗になった部屋の真ん中がぼんやりと光だした。
「えっ、何?」
光は円を描きながら大きくなり縦に伸び散らばって消えたと思ったらランプを持ったイザークが立っていた。
「イザー…」
名前を呼ぼうとするとイザークがジェスチャーと小声で訴える
『シーッ!静かに!』
『イザーク今日は出張じゃなかったの?』
口の前に手をあて極力小声でしゃべる。
『出張中さ。どうしても今日コトネと一緒に行きたいところがあってこっそり魔法で移動してきた。
誰かに見つからないうちに出掛けたいからこっちに!』
ひとまずベッドサイドにかけていたガウンを羽織りイザークに近づく
『どうやって出掛けるの?』
『もちろん、こっそりだからこのまま魔法で出掛ける。
俺から離れないで捕まっていてくれ』
躊躇しながらもイザークの腰に手を回しぴったり寄り添う。今日1日会っていなかっただけなのにイザークの香りが懐かしく感じる。
するとまた光が現れ二人を包み込んだ。
眩しさに目を閉じたが光は一瞬でおさまった。
着いたようなので目を開けたがランプの光に照らされたイザークが見えるだけで周りは真っ暗だ。風を感じるので外だということは分かる
「移動魔法って一瞬なのね」
イザークは私の肩をとり外側を向かせるとランプに手をかける。
「コトネ、よーく見てろよ」
フッとランプの灯を消した途端、真っ暗で何も見えなかった足元が遠くまで輝きだした。
「これは!?」
「夜光花だ。今の季節短い期間しか咲かないうえに空が雲っていて星ひとつ無い日でないと見られない貴重な花なんだ。
どうしてもコトネに見てもらいたくて今日しかないと思って急いで連れてきてしまった」
時おり吹く風に花が揺れ香りがあがる。
キラキラと花弁が輝き、まるで星空の上に立っているような幻想的な風景に感動して言葉が出てこない。
「寒くないか?」
「大丈夫。素晴らしい景色に感動して涙がでそう…」
雨上がりで少し肌寒さは残るけれど後ろから回された腕と背中に感じるイザークの体温のおかげで温かい。
私の反応に満足しているのかイザークは乾かしたばかりでセットされていない私の髪の毛にキスをし頬を寄せる。
「コトネ、こちらの世界に来てからいくらか時間が経ったがどうだ?慣れてきたか?」
「うーん、魔法の勉強は楽しいし皆さん良くしてくれるからこっちの世界に来ることは楽しみになってきてるかな。アサヒは可愛いし」
「それなら良かった。
俺は前にも湖で話したが何十年も前からコトネを待っていたし、いざ会えたら思っていた以上に中身も可愛かったからな、凄く嬉しく思ってる。ただ、もしコトネが無理に召喚されたってこともあって本当は心の中で嫌に思っていたりしてないか心配で今度の夜会もコトネがどう思っているのか聞きたいんだ。
魔法でも人の心は覗けないからな」
イザークの腕に緊張からか、力が入るのがわかる。
「もし、魔法で私の心を読めるとしたら恥ずかしいのでご遠慮願いたいわ!
初めはなんで私が?って思った部分も多かったけどこの国に来て聞いた"お互いの魔力の大きさや質が似ているもの同士が引かれ会う"ってのは最近そうなんだなって思ってる部分もあって…」
ちょっと恥ずかしくなって声が小さくなってしまう
「ん?ちゃんと話して?」
耳元でイザークの甘い声に囁かれて体温が上がる。
「なんて言うかね、イザークとこうくっついてるのはやっぱりまだ免疫がなくって恥ずかしい気持ちでいっぱいなんだけどね、基本強引で、でも紳士的なところもあって…そんなイザークが側にいてくれると心が落ち着くっていうか、もうずっと前から側にいてくれる人って感じの安心感で心が嬉しさでいっぱいになるの」
「それってコトネも俺のことを好きでいてくれてるって思っていいのかな?」
「い…いかな」
イザークの手が肩にかかり向き合うように促される。
お互い向き合うとイザークがその場に片ひざをついて私の手をとる。
「コトネ、これからもずっと俺の愛はコトネのものだよ。
改めて俺と婚約してくれる?」
燃えるようなルビー色の瞳が真っ直ぐに私を見つめている。
「はい…私はまだまだこの世界について無知なところが多いけど、イザークと一緒なら頑張れる」
魔界に来たばかりの頃はドキドキして見つめ返せなかった瞳をじっと見つめ返す。
手のひらにキスをされたかと思うとイザークは立ちあがり強く私を抱き締める。
「嬉しい!ありがとうコトネ」
額にキスをされ互いのおでこがくっつく
「これも、まだ恥ずかしい?」
「だめっ…。もう恥ずかしいのか嬉しいのか分からないけど心臓が持たないわ」
笑いながらイザークは鼻先をくっつけてくる。
「これから先の楽しみにとっておくよ。」
本当は恥ずかしさより嬉しさのほうが大きいのは自分でもわかってる。
でも、まだ心臓が言うことをきかない。
刹那、強い風が吹いて夜光花がきらめきながら空に浮かび雲が晴れ満点の星空が現れる
「わぁ…すごい」
「風が祝福してくれたな」
互いに抱き合ったまま空を見上げる
・・・
イザークの移動魔法で部屋に帰ると廊下に続く扉が開いていて逆光に照らされふたつの人影がこちらを見ていた。
「コトネ様ぁぁ」
「イザーク様っっっ」
半泣きのアンナと怒りに震えるケヴィンだった。
どうやら就寝中の私の様子を見に来たアンナがいなくなっていることに気づき夜勤のケヴィンに急いで部屋に来てもらい調べたところ部屋に残っていたイザークの魔力のおかげで私を連れて城を抜け出したのがバレてしまったのだ。
イザークは別室でケヴィンに散々怒られ私は枕元で泣きじゃくるアンナにひたすら謝り倒した。
これからは抜け出そうとするイザークを止められるようにならなければ、と心に固く誓った夜になった。