翔の決心
6日目
そういうわけで私はモールの中心に位置するイートインのエリアに来ていた。私としては先に洋服をいろいろと物色したかったんだけど、これ以上はさすがに翔も立ち直れなくなりそうだからやめておこう。
その翔はというと、私と別れてしばらく自由に回りたいとのことだったので別行動をとっている。誰か不遜な輩にナンパされなければいいのだけど……。
思えば今日起きてから翔と別れての行動は初めてだった。いい機会だし一旦お茶でも飲みながら、翔がどうしてああなっているのか考えてみるか。
まずは前提条件。翔は男である。これは間違いない。翔とは小さいころからの付き合いだ。そういうそぶりがあればすぐ気づく。その、見たことも、あるし……。
いやいやいや。それは今関係ないことだろ。首をふっていったん思考をもとに戻す。
次に考えられるのは私たちの両親が何かしたか。確かに私たちの両親は製薬会社の重鎮で、性別を変える薬を作り上げたということがあるかもしれない。でもその可能性は薄いだろう。たとえ万が一にでもそのような薬を作ったとして彼らが被検体を放置するとは思えない。
そもそもそんな薬が作れるわけがないし、作れたとしても息子に服用するなんてありえないといってしまえばそこまでだが。
あとに考えられることはあるかな。でも性別が変わるなんて自体普通じゃ起こりえないことだし、常識の範疇で考えない方がいいとは思う。
とはいっても心当たりなんてないものはないしな~。このあたりの伝承とかあんまり知らないし。
となるとやっぱり彼に頼ってみるか。翔の親友だし、私の知らないことに何か心当たりがあるかもしれない。いろいろと状況提供のために翔には内緒で連絡先交換してたんだよね。翔には申し訳ないけど、これは翔のためだと割り切って勝手に行動させてもらおう。
「――送信完了っと」
簡単に今の状況を向こうに送っておいた。あとは返信を待つだけだ。もし何かわかったら翔も交えてどうすればいいか話し合っておこう。
正直、翔が元の姿に戻ることに心残りがないというわけではない。私は相手が翔ならどんな姿になっても好きでいられるし、あんな美少女になった翔と一緒にいたいとも思う。女の子よりも女の子らしく、純粋で可憐な彼を愛せないなんてことはない。
でも、それはあくまで私がそう思っているだけ。翔は本心から元の身体に戻りたいと思っている。その気持ちは今までの反応からよくわかった。翔は男として、守る立場として、私の隣に立ちたいんだろう。
私としてはその気持ちだけで十分にうれしい。でも翔が戻りたいって思っているなら、私はそれに手を貸してあげたい。戻るまでの健康管理や女の子としてのたしなみに手は抜かないけど。
それにしても――
「遅いなぁ」
そろそろ別れてから一時間がたとうとしていた。いつもお出かけするときはこんなに待たされるなんてことはないし、もしかしたら本当に何かあったんじゃないか。
そう考えると急に不安がつのって来る。探しに行かなきゃ? でもどこに? まずは電話? でも、でも……。
「――ごめん黒羽! 遅くなっちゃった」
私の心配とは裏腹に後ろからいつもの調子の翔の声が聞こえてきた。
「もう、遅いよ! 心配し、た……」
一言文句を言ってやろうかと思い振り返ると、――天使がいた。
ごてごてした装飾のないシンプルなワンピース。しかし胸元につけられた青い花のコサージュがいいアクセントを醸し出している。
靴もさっきまではいていたランニングシューズではなく、ヒールサンダルに変わっている。
「はは、やっぱり変だった?」
「ううん、そんなことないよ!」
あまりの変わりように思わず声が上ずってしまう。女の子になったことを打ち明けられた時以上の驚きだった。
「よかった。
今日は黒羽にずいぶんとお世話になったからさ。こんなに風になった僕を何の抵抗もなく受け入れてくれて、恥ずかしかったけどいろいろ手助けしてくれて。僕が気落ちしないようにいろいろと気遣ってくれてたんだよね。
だから、せめてもの恩返しっていうか、黒羽が僕に女の子の服着てほしがってたから、サプライズで喜ばせようかと思って」
本当はただかわいい恰好の翔が見たかっただけです、とは口が裂けても言えない。でも、翔こんな風に思っていてくれたんだ。
「それで店員さんと相談しながら決めたんだけどやっぱり恥ずかしくって。
それで、その……、かわいくできたかな?」
恥ずかしそうにもじもじしながら翔は上目づかいでこちらを見つめてきた。もう言葉に言い表せないぐらいかわいい。尊い。持って帰りたい。……そうしよう。
「えっ、黒羽どうしたの? 帰るって、まだ買い物終わってないよね。てか、早い、もっとゆっくり――」
昨日遅くまでアニメ見てたら寝坊しました。