あなたの隣
10日目
「――ほら、そこにxを代入して」
「そういうことね。やっぱり数学は翔に負けるよ~」
「他の教科では軒並み僕よりもいい点とってるくせに。それにどうせわかってて僕に聞いてきたんでしょ」
それから数日、私たちはこうして翔が戻る手がかりを探すために図書館に通っていた。今はその傍らに夏休みの課題を進めているところだ。
すでに回答の道筋が分かっている問題を、肩が引っ付く距離まで近づいて翔に質問していたんだけど、その真意はお見通しだったようで。それでも嫌がらずに教えてくれるところが翔らしい。
「とりあえずこれでよし、と。
それにしても元に戻るすべの成果は芳しくないなぁ」
翔の言う通り、図書館で参考になりそうな文献を片っ端から探ってみたけれど結局ろくなものが見つからなかった。いや、なくはなかったよ。特にギリシア神話とかそういう記述多かったし。でも基本自分たちでやって自分たちで解決してたり、そのままの姿で過ごしたりとか今の翔が参考にできそうなものはほとんどなかった。しいて言えば原因となったことをもう一度繰り返すぐらいだけど……。
「やっぱり原因を探らないと元も子もないかもね」
「やっぱりそうなるか。でも本当に心当たりになることなんてやってないよ」
そもそも何が原因なのかいつのことが今を引き起こしたのか全く心当たりがない。それが一番大変なことだった。せめてそれさえわかればその場所に行って手がかりを見つけることができるかもしれないのに。
いや、どうせ夏休みなんだし、むしろ片っ端からあたっていく時間は十分にあるんじゃないかな。
「それは何回も聞いてるからわかってるよ。だからさ、一つ一つ確かめに行かない?」
「ひとつひとつ?」
「そうそう。こういうのって何かの出来事が引き金になるってあったよね」
簡単に言えば翔が今までしてきたことの追体験をしようというわけだ。これなら気づけば原因になったことも見つかるかもしれないし、ついでに一緒にお出かけもできる。細菌はずっといるけど、私がいなかった4年間に一体翔が何をしていてどんな体験をしていたのか気になるところもあるし。
「うーん。僕が思い出せる範囲なら確かにそれもいいかもね。でもそうなると行く場所多くならないかな」
「そこはほら、何かそういうのが起きるきっかけになる重大な出来事がないといけないわけだし。そういうのに思い当りは?」
何気ない質問に翔は少し考えるそぶりを見せると何か思いついたようで、視線を窓の外に向けた。心なしかさっきよりも顔が赤みが買っているように見えるけどもしかして。
「私が引っ越したのがそんなに印象的だったとか?」
「……」
無言は肯定とみていいだろう。そっかそっか。私がいなくなったのがきっかけだって思ってくれるほどだったんだ。……私も引っ越さなくちゃいけなくなったときお父さんとお母さんに駄々こねまくったからな。翔も同じように思ってくれていたってわかったら私の方もうれしくなってしまう。
ここで照れあってこの前のお風呂みたいになってしまったら元も子もないので高ぶる気持ちはひとまず抑えて話を進めよう。
「いや、もう大丈夫。なんか翔の考えてることは分かったからこれでおしまい。ね?」
「う、うん」
「とりあえずその4年間にあったできごと、翔が思い出せる範囲で回っていこっか」
そのあとは私がいない間、翔がしてきたことを紙にまとめていた。夏休みにいくら時間があるといっても無限ではない。しっかりと計画を立てておかないと回り切れないことも出てくるだろう。それに翔が忘れていることも考えて予備日もきちんと決めておかないといけない。
それと翔には悪いけど一度彼とも合流した方がいいだろう。私とすれ違いで翔の友達になってよく一緒に遊んでたって言ってたし。
こうして二人並んで計画を立てるとか昔もよくやっていたことのはずなんだけど、好きを言葉にして、恋人同士になった今だと何か別の空間に来たような気がしてしまう。姿が変わったとしても隣にいるのは翔で、その翔のそばにいられる喜びが私にはとてもたまらない。
翔には面と向かっては言えないけど、その姿のままでも私はあなたのことが好きみたいです。
女体化現象について調べようと思ったけどろくなのがなかった。