第九話 吸血鬼と夜警
◇◇◇◇
「行ったか?」
「そのようです」
ジーンが聞いて、サラが答える。
ラシードの行列自体は目視出来るものの、既に遥か彼方であった。
「貴方たち、もう出て来て大丈夫ですよ」
「ああ」
「分かった」
サラの呼びかけに、シルヴィアとフリードリヒが答えた。
シルヴィアが荷物から這い出て、フリードリヒが棺の蓋を少し開ける。
「それにしてもあの御仁、どうも我らのことを知っていたようだが……」
フリードリヒが不安げに言った。
「大丈夫ですよ」
言いながら、サラが続けた。
「利に聡い彼のことです。むやみやたらと触れ回ったりはしません」
「だなー」
サラの言葉に、ジーンが相槌を打った。
「ど、どういうことだ?」
「え? どういうことですか?」
シルヴィアとナオミが同時に聞いた。
「我々も、彼の胡乱な計画を知っている訳です。去り際のあの台詞は、要するにただの牽制ですよ」
「ううん?」
「どういう意味ですか?」
サラの説明に、要領を得ないシルヴィアとナオミである。
フリードリヒだけが、「ああ、そういうことか」と理解していた。
「つまりだな、『お互いの秘密を知ってるんだから、これでお相子にしようぜ』ってことだな」
「ああ!」
「なるほど!」
ジーンの補足に、シルヴィアとナオミが納得した。
「不服ですね。私の説明が足りないとでも?」
「そんなことよりもよぉ……」
サラの文句に、ジーンが被せた。
「お前、ちゃんと新しい武器買ってくれるんだよな?」
「……ラシードから貰ったでしょう?」
「おいおい。これとそれとは別だぜ?」
「むぅ……」
ジーンが言って、サラが眉をひそめた。
「さてと、何を買ってもらおうか――」
「そう言えば」
嬉しそうなジーンを、サラが睨んだ。
「な、何だよ?」
だじろぐジーン。
「貴方がフリードリヒと戦った時のことです」
サラが続ける。
「石を投げた時、貴方何て言いましたっけ? ナオミ、覚えていますか?」
「た、確か、『俺の女になにしやがる』って仰ってました」
「その前です」
「え、えーっと……」
サラが話を振るも、ナオミが目を泳がせた。
「うん? 意識が混濁していたから確かなことは言えんが、『若干1人は不本意』だとか言ってなかったか?」
フリードリヒが口を挟んだ。
「はい。その通りですね。はてさて、その不本意な1人とは誰のことなのでしょうか?」
言いながら、サラがジーンの顔を覗き込む。
「よし! とっとと出発するか!」
話を強引に打ち切って、ジーンが鞭を走らせた。
『ヒヒーン』とロシナンテが嘶いて、馬車が再び動き出す――。
◇◇◇◇
そして一カ月後の夜である。
もう秋が深まったサラの町で、不審者が2人、人目を忍んでいた。
「おい! 守備はいいか?」
「万事順調でさぁ!」
覆面の2人組が、路地裏で言葉を交わす。
「この町は妙に治安がいいからな。みんな腑抜けていやがるんだ」
「仕事がやりやすそうですね、兄貴!」
「ああ。まったく、ブラッドフォード様様だぜ」
「兄貴、準備が出来ました!」
会話をしながら、2人組がロープを準備した。
この男たちの正体は、流れ者の単なる泥棒である。
「でも兄貴」
ロープを渡して、弟分が口を開いた。
「何だ?」
「大丈夫なんですかね? この町の治安がいいのって、あのジーン・ファルコナーがひと役買っているからでしょう?」
「……お前、怖気づいたのか?」
「い、いや、そういう訳じゃあ……」
兄貴分の言葉に、口ごもる弟分。
「お前、馬鹿だな~」
ロープを確認しながら、呆れ返る兄貴分。
「ど、どういうことですかい?」
「相手は竜殺しの英雄だぞ。俺らみたいなチンケなコソ泥、相手にする訳ねーだろ?」
不安気な弟分を、兄貴分が宥める。
若干卑屈な兄貴分であるが、ジーンの風聞を鑑みると、至極妥当な分析と言えた。
「そ、それもそうっすね!」
弟分が胸を撫で下ろす。
「だろ? さ、分かったら、お前はさっさとこの家の雨樋を登れ。ちゃんと上からロープを垂らすんだぞ」
「分かりました!」
兄貴分に言われて、弟分が背中を向ける。
そんな弟分が、雨樋を握った時である。
「ギャッ!」
「あれ?」
兄貴分の悲鳴に、弟分が振り向いた。
「兄貴……って、ななななっ!」
戦慄く弟分の視界には、雲を突くような大男が映っていた。
大男は兄貴分を締め上げて、すでに意識を奪っている。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
弟分が逃げようとした時である。
小柄な人物が弟分にしがみつき、地面に引き摺り倒した。
「は、離せぇ……」
チョークスリーパーを極められて、弟分も意識を手放した。
…――…――…――…
「ふぅ……」
小柄な人物が立ち上がり、服装を整える。
「今日の仕事はこれで終わりかな?」
「はい、父上」
フリードリヒとシルヴィアが視線を交わした。
そんな2人は今、番兵の制服を纏っていた。
「よし。さてと――」
兄貴分を寝かせて、フリードリヒがナイフと試験管を取り出した。
兄貴分の指を突いて、フリードリヒが血を集める。
「これでよし」
「父上。こちらも」
同じ作業を弟分で繰り返す、フリードリヒ父娘である。
「さて、今日のところはこれで切り上げるか」
試験管と傷の後処理をしながら、フリードリヒが言った。
「ええ。それにしても、あのお嬢様には感謝ですね。食い扶持まで用意してくれるとは」
「本当に、そのままの意味だな。さてと、この2人を詰め所に運ばねば」
泥棒たちを担いで、父娘は闇へ消えた。
サラたちの町に、頼もしい夜警が現れた瞬間であった。




