第八話 ペテンと帰還(後編)
◇◇◇◇
サラたちの前から来たのは、四頭立ての豪勢な馬車であった。
ゾロゾロと兵士を引き連れた馬車は、二匹の蛇が杖に絡まった、独特の紋章が描かれていた。
「おい。隠れてろ」
ジーンがシルヴィアとフリードリヒに呼びかけて、馬車を右に寄せた。
「わ、分かった!」
「うむ」
シルヴィアとフリードリヒが答えて、体を隠した。
「なあ、サラ。あの紋章って、ひょっとして……」
「ええ」
ジーンの目配せに、サラが同意した。
「え? 何ですか?」
ナオミだけが、話題に着いて行けない。
「あの紋章はケリュケイオンと言って、古来から商業や医療を代表しているシンボルなのですよ」
「へえ……。でも、それが一体?」
サラの説明に、ナオミが質問で返した。
「……現代の王国法では、誰もが使える紋章ではないのです」
若干呆れ気味に、サラが答えた。
「え? じゃあ、誰が使っているのですか?」
「……ああ。そう言えば、貴女の勤務先は、彼の個人的な店舗でしたね。これは失礼しました」
ナオミの無知を、サラが理解する。
「え? ええ?」
サラの反応に困惑するナオミ。
兵士が一瞥を送って、サラたちの横をどんどん通り過ぎていく。
「貴女もよくご存じのはずですよ」
兵士たちを見送りながら、サラが続けた。
「ほら、いるでしょう? 王国で大規模な商業活動を許されて、下手な貴族より影響力のある存在が」
「あ、ああっ!」
サラが誘導して、ナオミがその意味に気付いた時である。
「停まれっ!」
階級の高そうな兵士が言って、馬車がサラたちの横で停車した。
「これはこれは、お三方。こんな所で奇遇ですね」
馬車の扉が開いて、中から褐色肌の男が現れた。
ターバンを頭に巻いた男は、常に笑顔を絶やさず、中々の好漢ぶりである。
「お久しぶりです」
「よお」
サラとジーンが男に答える。
「ナオミさんも、お元気そうで何よりです」
「い、いつもお世話になってます!」
男の労いに、ナオミが勢いよく頭を下げた。
…――…――…――…
男の名を、ラシード・イブン・ハキームと言う。
王国から遥か南の飛び地にある、南部商業者連盟の盟主であった。
もっとも、このケリュケイオンの紋章を掲げる南部商業者連盟、もはや一国の様相を呈していた。
そのおかげで、ラシード自身は爵位を持たないものの、およそ伯爵相当の地位と見做されている。
柔和な態度のラシードであるが、その雰囲気に騙されてはいけない。
その性根は損得勘定に聡い商人で、時には殺人すら厭わない冷徹な判断力を発揮する。
サラたちとは因縁浅からぬ中、それがラシードである。
ちなみにナオミの雇い主でもあるが、肝心の店はあくまでラシード個人の所有物にすぎない。
ナオミが紋章に気付かなかった理由である。
…――…――…――…
「おや? サラ様、いかがなさいましたか?」
ジト目で睨むサラを、ラシードが訝った。
「貴方、これから王都へ向かうのですか?」
「ええ。陛下に呼ばれまして。何でも火急の用向きとか」
サラの疑問に、ラシードが答える。
「……嘘ですね」
「ほほう……」
サラの指摘に、ラシードの目が光った。
◇◇◇◇
「嘘とは、これまた何のことでしょう?」
「そうだぜ、サラ。一体何がどうしたんだよ?」
ラシードが聞いて、ジーンが便乗する。
「ここで出会ったのが“奇遇”だという点と、“突然の用向き”だという点ですよ」
答えながら、サラが続けた。
「そもそも、おかしな話だったのです」
「だから、何がだよ?」
曖昧なサラに、苛立つジーン。
「あの村で出た、金鉱脈の件です。何が『村長の私を除けば、ミッドガルド王国の高官方しかおりません』ですか。あんなしみったれた貧乏人に、王政府とのパイプがあるわけないでしょう?」
「しみったれた貧乏人ってお前ね……。でもまあ、そう言われたらそうだな……」
サラの言葉に、ジーンが同意した。
「誰かが仲立ち人になったのですよ。利に聡い誰かさんがね……」
言いながら、サラがラシードを見つめる。
兵士たちに緊張が走った。
それと同時に、ジーンが殺気を飛ばす。
「ハハハッ! バレてしまいましたか!」
あっさりと、ラシードが認めた。
「皆さん。もういいですよ。この方々は味方です」
ラシードが兵士を宥めた。
と同時に、兵士が矛を収める。
「いやはや、恐れ入りました。相変わらず、大した慧眼をお持ちだ!」
愉快そうに、ラシードが続けた。
「ですが、一体どのあたりでお気づきになったのです?」
「最初から……と見栄を張りたいところですが、実際に違和感を抱いたのは、村へ向かった段階ですね」
ラシードの疑問に、サラが答える。
「馬を融通してくれたでしょう? 王都へ向かった時点ならまだしも、二度も重なると、流石に勘繰りますよ」
「なるどほ。でも、それだけですと、単なる私の気まぐれかもしれません」
サラの言葉に、ラシードが被せた。
「極めつけは、岩塩ですね」
「ほほう?」
続けたサラに、ラシードが食いついた。
「あの村の価値は、金鉱脈なんかではありません。砂漠化で露出した、あの膨大な岩塩にあるのです」
「……」
サラの主張に、ラシードの目つきが変わった。
「いや、最初は私も驚きましたけどね。ですが、よくよく考えてみると、これほどの金のなる木を南部商業者連盟が見逃す訳がないのですよ。おそらく、その辺りがきっかけとなって、村へ出入りするようになったのでは?」
「でも、おかしくねーか?」
サラが言って、ジーンが口を挟んだ。
「塩は政府の専売だぜ? 勝手に売ったとなれば、重罪になっちまう」
「南部商業者連盟(彼ら)は王政府御用達の請負商人ですよ。最初から、専売免許を持っています」
ジーンの疑問を、サラが一蹴した。
「それに、お忘れですか? あの村にはまだ王国の支配が及んでいないのですよ」
「あっ!」
サラの指摘に、ジーンが目を剥いた。
「王国への編入騒ぎの手続きに紛れて、一気に採掘を始めてしまう腹積もりなのです。今なら採掘量を誤魔化せますからね。おそらくですが、件の金は政府高官への手土産もとい袖の下を兼ねているのでしょう」
「……素晴らしい」
サラの推理に、ラシードが拍手を送った。
◇◇◇◇
「いや、本当に素晴らしい。全て正解です。サラ様、貴女には商人としての才能がお有りのようだ」
ラシードの賛辞に、サラが「どうも」とだけ答えた。
「おいおいおい!」
ジーンが慌てる。
「ってことは、アレか? 俺らはコイツに踊らされてたってことか!」
怒り心頭のジーンである。
「地虫や吸血鬼と戦ったり、剣が折れたり、挙句の果てには高い所から落ちたりと散々な目に遭ったんだが?」
ジーンの怒りは冷め止まない。
「少し違いますね」
サラが否定した。
「ラシードの陰謀は、私たちが王都へ着いてから始まったのです。出発した時点では、多分純粋に好意だったのですよ。ですから、地虫との戦いは、彼の預かり知らぬところです。もっと言えば、剣を折ったのはラシードではなくて、この私ですね」
「俺には全然実入りが無いんだが?」
淡々と述べるサラに、ジーンは納得がいかない。
「剣が折れた?」
ラシードが首を傾げた。
「おうよ!」
ジーンが答える。
「吸血鬼とやり合った時に、自慢の業物がポッキリと折れて……ゴホンゴホン! 折られちまってな。サラに貸したのが仇になったんだ」
真実を隠しながら、ジーンが続けた。
さすがのジーンでも、閂を外した下りは恥ずかしくて言えなかったりする。
「確か、両手剣をお使いでしたね?」
「何で知って……って、南部商業者連盟なら全部お見通しか。辺境ではバカ高い代物だよ」
確認するラシードに、ジーンが答える。
「それは災難でしたね。誰か来てください!」
言いながら、ラシードが従者を呼んだ。
「確か、積荷に珍しい剣がありましたね。それをこの方に渡してください」
ラシードの指示で、ジーンに剣が渡された。
「こ、これは?」
変わった形の剣に、ジーンが驚く。
「刀の一種か?」
「ええ」
ジーンが聞いて、ラシードが頷く。
「大太刀と呼ばれております。両手剣の一種ですが、珍しく斬撃に特化しているとか」
「ふーん……」
ラシードの説明を聞いて、ジーンが鞘を払った。
日の光を受けて、湾曲した刀身が輝いた。
…――…――…――…
ジーンが受け取った刀は、全長2メートルを超えていた。
刀としては規格外に大きいそれは、馬上から人間を叩き斬ったり、または地上から騎乗の人間を斬り付ける代物である。
…――…――…――…
「確かによく斬れそうだなー」
刀身に顔を映して、ジーンが言った。
「それはもちろん」
「で、これがどうしたんだ?」
「差し上げます」
「え?」
ラシードの言葉に、ジーンの目が点になる。
「今回のお詫びです。是非とも受け取ってください」
「マジで? やったあ!」
ラシードの申し出に、ジーンがはしゃいだ。
「それでは、私はこれで。御同道のお二方にも、よろしくお伝えください。我ら南部商業者連盟は、亜人を蔑ろにしませんので」
頭を下げて、ラシードが扉を閉めた。
「出発!」
兵士が言って、馬車が再び進み始めた――。




