表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/119

第八話 ペテンと帰還(前編)

◇◇◇◇


 そして一週間後である。

 王都に戻ったサラは、再び玉座の前に控えていた。

 相変わらず両隣は諸侯たちが並び、固唾を飲んで成り行きを見守っている。

 そんなサラの眼前には、大柄な棺が一つ置かれていた。

 

 ちなみに、身分の低いナオミはもちろんのこと、今回はジーンもいない。

 白目が真っ赤になったジーンでは、さすがに見苦しいからである。


「国王陛下のお成ーりー……」


 侍従が言って、現ミッドガルド国王――シグムンド14世が現れた。


「よっこいせ……」


 玉座に腰かける、シグムンドである。


 今回に限っては、シグムンドを始めとして、列席する面々は鎧を纏ってはいない。

 ジーンの及ぼす影響は、やはり計り知れない。


「して――」


 シグムンドが切り出した。


「この度の遠征、まことに大儀であった」

「ははっ!」


 シグムンドの言葉に、サラが頭を下げた。


「それが、吸血鬼ヴァンパイアの死体であるか?」


 指をさしながら、シグムンドが聞いた。


「……左様にございます」

「ほう……」


 サラの答えに、シグムンドが目を光らせた。


「な、何と!」

「不吉な!」

「それにしても、伝説の吸血鬼ヴァンパイアを倒すとは……!」

「サラ女史率いる面々だけのことはあるな!」


 にわかに騒めく諸侯たちである。


「仕留めたのは、やはりジーン・ファルコナーであるか?」

「はい。とは言え、さすがは音に聞こえし化け物。我が婚約者ジーンを以ってしても、無傷とはいきませぬでした」

「ふうむ……。ジーンには後で見舞いの品でも送っておこう」

「ありがたき幸せ!」


 シグムンドの労いに、サラが礼を言った。



「ところで……」


 シグムンドの目は、棺に釘付けである。


「わざわざ持ってきた意味を聞きたいのだが?」

「ははっ! 確実に斃したという証拠をお見せするためであります」

「……興味深いな。見てもいいのか?」

「御意!」


 シグムンドの問いに、サラが答えた。


「おい」


 左右に控える侍従たちに、シグムンドが声をかけた。


「誰ぞ、棺を開けよ」


 シグムンドの命令に、侍従たちが青くなる。


「え、ちょっ……」

「お前行けよ」

「う、嘘だろ、おい」


 互いに役目を押し付け合う、侍従たちであった。


「心配ありません」


 サラが救いの手を差し伸べた。


吸血鬼ヴァンパイアは間違いなく死んでおります。防腐処理エンバーミングもしておりますし、見苦しくもありません」

「そ、そうですか……」

「それでは」

「我ら全員で」


 サラの言葉に、3人の侍従が歩み出た。


「せーのっ!」

「よいしょっと!」

「うぐぐ……」


 3人が力を合わせて、重い棺をこじ開けた。



◇◇◇◇


「ほほう……」


 中から現れた吸血鬼ヴァンパイアを見て、シグムンドが顎髭を擦った。


「ふむ。耳が長い以外は、人間と大差ないように見えるな。むしろ、妖精エルフに近いかもしれぬ」


 じっくりと、中身を見分するシグムンド。


 果たして、棺に横たわっているのは、夜会服を着たフリードリヒである。

 ただでさえ白い肌は完全に血の気を失っていて、どう見ても死んでいるようにしか思えない。


「うん? 外傷がないようだが?」


 シグムンドが訝った。


「それはですね――」


 サラが続ける。


「会敵した時、吸血鬼ヴァンパイアの一撃が運悪く剣の腹を捉えまして、半ばからポッキリと折れてしまったのです」

「ほほう」

「それで止むなく、ジーンは素手にて対峙することになったのです」

「何と! 素手とな?」


 サラの報告に、シグムンドが目を剥いた。


「真か?」

「到底信じられぬ」

「だがしかし、あのジーン・ファルコナーだぞ」

「うむ。やりかねんな」


 再び騒めく諸侯たち。


 もっとも、素手でフリードリヒを制した点はともかく、剣のくだりは大嘘である。

 ジーンの両手剣ツーハンデッドソードは、サラが閂を外すのに使ったせいで、その短い寿命を全うしてしまった。


「はい」


 いけしゃあしゃあと、首肯するサラであった。


「ジーンはファルコナー家秘伝の体術を以って、これを制したのでございます。そのおかげで、このような綺麗な死体に仕上がったのです」

「うーむ……。典医をここへ!」


 サラの言葉を受けて、シグムンドが医者を呼んだ。


「はっ! 御前に」


 言って、人垣から現れたのは、ローブを深く被った高齢の老人であった。


「確と、その目で見分せよ」


 顎でしゃくって、シグムンドが命じた。


「で、では、恐れながら……」


 恐る恐る、フリードリヒに触れる老人こと典医である。


「みゃ、脈は無し」


 首筋を触って、典医が鼓動を確かめた。


「体温は……、これまた無いに等しいですな」


 額に手を当てて、典医が体温を測った。


「どれ、目玉の方は……」


 続けて、フリードリヒの瞼を開く典医。

 転移が蝋燭を使って、フリードリヒの瞳を照らした。


「瞳孔散大。間違いなく死んでおります」


 言って、典医がシグムンドに頭を下げた。


「ご苦労。戻ってよいぞ」

「ははっ!」

 

 シグムンドが典医を下げた。


「さて……、すまぬな。試すような真似をして」

「いいえ。気にしておりません」


 シグムンドの言葉に、どこ吹く風のサラである。


「うむ。この度の活躍、誠に天晴であった。ついては、そなたらに褒美を取らせようと思うが、何がいいかな?」


 顎髭をさすって、シグムンドが聞いた。


「恐れながら――」


 サラが切り出す。


「それでは、吸血鬼そこの死体を賜りたく存じます」

「え?」


 サラの要求に、シグムンドが目を点にした。



◇◇◇◇


「い、今何と?」

「確か、死体を所望するとか……」

吸血鬼ヴァンパイアの?」

「これは一体何事だ?」


 にわかに諸侯がどよめいた。


「静まれ」


 シグムンドが片手を挙げて、騒動を収めた。


「ふむ……。ああ、そうか」


 玉座に頬杖をついて、シグムンドの合点がいった。


「そなたは魔物学者であったな」

「さすがは陛下。お察しの通りでございます」


 シグムンドの言葉に、追従するサラである。


「標本を所望するか?」

「はい」


 シグムンドの問いに、サラが頷いた。


「何せ、我が夫となるジーンを傷つけた、憎き化け物です。この手で隅々まで解剖せねば、気が収まりません」


 サラが言って、口元を歪める。

 ただでさえサラは美少女である。

 悪意に満ちた笑顔は、怖いほど美しかった。


「ぬぅ……」


 サラの迫力に、シグムントが唸った。


「ひいっ!」

「何と恐ろし気な……」

「あんなに人間に似ているというのに……」

「さ、さすがはサラ女史であるな」


 諸侯たちが王に続いた。


「あー……、ゴホン!」


 わざとらしく咳払いをして、諸侯たちを諫めるシグムンド。


「あい、分かった」

「有難き幸せ!」

「その代わりと言っては何だが、ジーンへの見舞いは無しだぞ」

「もちろんでございます!」


 こうして、ジーン本人の意思を余所に、シグムンドとサラの取引は終わった――。


…――…――…――…


 ガタゴトと音を立てて、幌馬車が外界を突き進む。

 もちろん、御者はジーンで、馬はロシナンテであった。

 全てを片付けて、一行はサラの町へ向かっている。


 幌の中にはサラとナオミの他に、ローブ姿の小柄な人物が座っていた。

 そんな3人の真ん中には、先ほどの棺が置かれている。


「おい。もういいぞ」


 周囲を見渡して、ジーンが言った。


「分かりました。……もしもし?」


 サラが答えて、コンコンと棺をノックする。


「も、もうよいのか?」


 聞きながら中から棺を開けたのは、他ならないフリードリヒであった。


「あっ! そのままでお願いします」


 棺から出ようとするフリードリヒを、サラが押し止めた。


「まだ日が高い。危ないですよ」

「う、うむ。分かった」


 サラの指摘に、フリードリヒが首肯した。

 棺の蓋を半開きにしたまま、フリードリヒが顔を覗かせる。


「それにしても、考えたもんだよなー」


 ロシナンテに鞭を打ちながら、ジーンが言った。


吸血鬼ヴァンパイアの習性を利用するなんて、ちょっと出来ない博打だぜ」

「いえ。むしろ私には確信がありましたよ」


 ジーンの言葉をサラが否定した。


 サラの作戦はずばり、死んだふりでシグムンドを欺くことある。

 吸血鬼ヴァンパイアは一度休眠状態になると、その生命活動が著しく低下する。

 体温は低下し、呼吸も極端に遅くなる。

 瞳孔まで散大し、さながら一種の仮死状態と言えた。

 本来ならば弱点でしかないこの状態が、今回は窮地を救うことなった。


 加えて、検死をする典医は、いずれも人間専門の医者である。

 亜人を診たことがない彼らを欺くのは容易い。


「……お三方」


 ローブを脱いで、シルヴィアが口を開いた。


「本当に感謝する。まさか、あの地を生きて出られるとは思わなかった」


 片膝を着いて、深々と頭を下げるシルヴィアであった。


「構いませんよ。もっとも、前にも言いましたが――」

「分かっている。存分に期待に応えようではないか」


 サラを遮って、シルヴィアが胸を張った。


 サラの腹積もりは、町の夜警としての吸血鬼ヴァンパイアの登用である。

 正に吸血鬼ヴァンパイアには、うってつけの役目と言えた。


「それにしても貴女……」


 言いながら、サラがマジマジとシルヴィアを見つめた。


「随分と、肩肘張ったと言うか、古めかしい物言いをなさるのですね?」

「こ、こちらが素なのだ。あまり注目しないでくれ。自分でもおかしいのは分かっている」

「男手一つで言葉を教えたからだよ。私は王家の再興を夢見て、娘を王族男子として扱ったからな。それに何と言うか……、年齢のこともある」


 サラとシルヴィアの会話に、フリードリヒが口を挟んだ。


「年齢って……、シルヴィア、貴女おいくつなのですか?」

「……今年で50歳になるな」

「ご、ごじゅう――!」


 シルヴィアの答えに、サラが驚いた時である。


「おい、サラ。お客さんだぜ」


 ジーンが馬車を止めて、前方を指さした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=21128584&si script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ