第七話 素性と独白(後編)
◇◇◇◇
「はてさて、どこから話したものか……」
言いながら、フリードリヒが言葉に詰まる。
「では、貴方たち吸血鬼の成り立ちからお教えください」
サラが促した。
「そうだな。それがいいな。さて――」
フリードリヒが続ける。
「吸血鬼――もっとも、我々は自身を『夜の種族』と呼んでいたがね。ともかく、我らはおよそ2000年前に誕生したと伝え聞く」
「2000年前と言うと……、魔物の出現時期と同じではありませんか」
「左様。そのせいで、余計に誤解を生みやすいのは、もうお分かりかと思う。だが、真祖の吸血鬼は、あくまで人間から生まれたらしいのだ」
「ほほう……!」
フリードリヒの言葉に、サラが目を輝かせた。
「でもよー」
ジーンが口を挟んだ。
「何でそんなことが起きたんだ?」
当然なジーンの疑問である。
「分からん」
フリードリヒが首を横に振った。
「魔物に対抗すべく人間が進化したとも、人間自身が対魔物用の決戦兵器として人工的に生み出したとも聞く」
「おいおい、何かはっきりとしねーなー……」
フリードリヒが言って、釈然としないジーンである。
「そうでしょうか?」
サラが割って入る。
「どういうことだ?」
「今の両説ですが、共通する点が一つあります」
「共通する点?」
「ええ」
ジーンの問いに、サラが答える。
「魔物相手に戦う戦士ということですよ」
「あ、そういうことかー」
サラが言って、ジーンが納得した。
「なるほど……。それなら、全て辻褄が合っていきますね」
「え? ど、どういうことですか?」
頷くサラに、今度はナオミが訳を尋ねた。
「つまりですね――」
サラが続ける。
「彼ら吸血鬼は最初から、人間社会に受け入れられていたということですよ。ですが、月日が経つに連れて、徐々に拗れていった――そういう感じでしょう」
「左様」
サラの推量に、フリードリヒが首肯した。
「ようやく聖壁が出来て、我々が用済みになった時だ。いや、もっとも、私はその時代を見てきた訳ではないがな」
フリードリヒが語る。
「魔物と同一視されることを恐れて、我らは敢えて人界の奥深くに引っ込んだ。それが、私の国の興りらしい」
「賢明な判断だと思います」
「……感謝する。最初の内は良かったのだ。昔の栄光を上手く喧伝して、他国と上手く共存していた。少なくとも、血液を提供してもらえるくらいにはな」
「それで、あの大災厄ですか」
「うむ」
フリードリヒとサラの会話はさらに続く。
「大災厄といっても、最初はあくまでミッドガルド共和国の問題だった。救援を求められた訳でもない以上、下手な干渉は外交問題となる。我らは静観を決め込むことに決めた」
「まあ、国家としては、それが普通の判断でしょうね」
「今思うと、その時点ではまだ引き返せたのかもしれない。だが、追い打ちをかけるように、大災厄は他国へと広がった。防備を固めるため、鎖国をする国が増えた。我々の国も例外ではない」
「ちょっと待ってください」
フリードリヒの言葉をサラが遮った。
◇◇◇◇
「鎖国なんかしたら、貴方たちの生命線――血液はどうなるのです?」
「正にそれだよ」
サラの指摘に、フリードリヒが答えた。
「我々は、自身を永い眠りに置くことで、血液の摂取を極限まで抑えることが出来る。もっとも、時たま起きて食べ物を摂る必要はあるが、それすらもかなり少量で済む」
「まるで熊の冬眠みたいですね」
「熊の冬眠とは言い得て妙だな。だが、その通りだ」
「それで、その冬眠はどのくらい続いたのですか?」
フリードリヒの言葉に、サラは興味津々である。
「20年だ」
「にじゅう……!」
フリードリヒが答えて、サラが絶句した。
「言っておくが、我らは長命種だ。我らの感覚では、あっと言う間に過ぎん」
「ですが、そんなに年月が経つと、他の人間からは忘れられるのでは?」
「そうであれば、まだマシだったよ」
「……?」
思わせぶりなフリードリヒに、サラが首を傾げた。
「評価がすっかり変わっていたのだ。人食いの魔物としてのな」
「酷すぎます!」
フリードリヒが言って、ナオミが声を荒げた。
「全ては私の責任だ」
フリードリヒが続けた。
「大災厄が起こった時、静観したのがいけなかったのだ。積極的に討って出れば、魔物と同類とは思われずに済んだだろうよ」
「釈明は出来なかったのですか?」
「試みてはみたが、すべて失敗に終わった。一度生まれた猜疑心は、なかなか覆せない。それに――」
「それに?」
「血液不足の国民からは、実際に人間を襲う者が現れてしまった。もはや釈明は不可能となって、血みどろの戦争が始まった。偽情報が多いとはいえ、我らの弱点は知られている。多勢に無勢もあって、この国は滅ばされてしまった。今から遡ること、およそ100年前のことだ」
「……今思い出しましたが、文献では大体その時期ですね。『吸血鬼に噛まれると主の傀儡になる』と記され始めたのは」
「そんなの出鱈目だ!」
フリードリヒとサラの会話に、シルヴィアが入ってきた。
「そんな能力があったら、戦いに負けるはずがない!」
「ま、そりゃそーだな」
シルヴィアの言い分に、ジーンが納得した。
「おそらくだが――」
顎を擦って、フリードリヒが口を開いた。
「それは、まだ少しだけ居た我々の理解者だろう。もっとも、結論から言うと、彼らの声はかき消されてしまったのだろうが」
「なるほど。あり得る話です。さて、これからどうするかですが――」
フリードリヒの推測を聞いて、サラが指針を示そうとした時である。
「おいおい、ちょっと待てよ」
ジーンがサラを押し止めた。
◇◇◇◇
「何ですか?」
眉をひそめるサラ。
「俺たちは王宮から、こいつらの抹殺を請け負った訳だろ……って、こらこら、そんなに怯えない。もうそんな気はねーから」
身構えるシルヴィアを宥めて、ジーンが続けた。
「でもよ、吸血鬼が人間だってことは、アカデミーではちゃんと把握してるんだろ?」
「それが何か?」
ジーンの疑問にサラが聞き返す。
「それなのに、世間の認識では魔物のままなんだろ? 王政府の見解も変わらねーみたいだし、これってかなり誘導的じゃねーか?」
「そう言われてみれば……」
ジーンの指摘に、サラが唸った。
「あの~」
ナオミがおずおずと片手を挙げた。
「……言ってみなさい」
「あ、はい。私、かなり怖いこと思い付いちゃったんですけど――」
サラが促して、ナオミが続けた。
「そこのフリードリヒさんって、250年も生きているんですよね? 何か偉い人の秘密でも知っているんじゃ……」
「それです!」
「それだ!」
ナオミの意見に、サラとジーンが同時に乗っかった。
「フリードリヒ」
「何だ?」
「貴方、共和制ミッドランドの政治家には詳しいですか?」
「まあ、一国の元首として恥ずかしくない程度には」
サラの要求に、フリードリヒが答えた。
「今の王家や諸侯は、共和制時代の元老を祖としていると聞きます。そんな彼らの名前なのですけどね――」
フリードリヒに向かって、サラがミッドガルド王国の要人について尋ねていった――。
「こ、これは……」
「やっぱりな」
全てを聞き終えて、サラとジーンが顔を見合わせた。
ミッドガルド王国に伝わる建国史は、そのことごとくがフリードリヒの記憶と一致しない。
当然、王や諸侯の先祖たちも、実在しない人物であった。
「虚飾に塗れた歴史ですか……。これが依頼の理由だったのですね」
サラが肩を落とす。
歴史に傷が付くと、国の支配は正当性を失ってしまう。
全てを闇に葬り去ろうという政府の陰謀が、ここに明らかになった。
「まあ、私の家はただの新興貴族もとい成金ですけどね。関係ないと言えば関係ないのですが、それにしても、これはちょっと……」
言いながらも、サラの顔はどんどん暗くなっていく。
「何か意外だなー」
ジーンが言った。
「お前って、そういうの気にしないタイプかと思ってたぜ」
「何の話です?」
ジーンの感想に、サラが首を傾げた。
「え? だってお前、王国史に想いを馳せていたんじゃ……?」
「いえ、全然。まったくこれっぽちも」
ジーンの問いに、サラが首を横に振った。
「じゃあ、一体何を落ち込んでんだ?」
「私が消沈している理由は、今まで学んだ知識が無駄になった点です。アカデミーでのし上がるまで、どれほどクソ面白くない歴史を学ばねばならなかったか、考えたことありますか? それが全部作り話だったのですよ。まったく、やるせないことこの上ない!」
「前言撤回。やっぱお前はお前だわ」
「これなら、貴方の作った戯曲でも見ていた方がマシです」
「え? お前アレ見たの?」
「うん? そこの御仁は文士であらせられるのか? あんなに強いのに?」
サラとジーンの会話に、フリードリヒが食いついた。
いかに昔の王とは言え、最新の文化事情には詳しくない。
「わーわーっ!」
ジーンが慌てた。
「そ、それは置いといてだな!」
強引に話題を戻すジーンである。
「これからどうすんだ? 俺はもう殺したくねーし、だからと言って、このまま帰る訳にもいかねーぞ?」
「それについては、私にいい考えがあります」
ジーンの疑問に、サラが答えた。
「フリードリヒ。貴方さっき、休眠出来ると仰っていましたね?」
「ああ」
「それは今でも出来るのですか?」
「もう少し、血を補給できれば何とか」
サラの要求に、フリードリヒが応じた。
「では、皆さん。今から作戦を言いますよ――」
ニヤリとほくそ笑んで、サラが計画を語っていった。




