第十話 サラと休息
◇◇◇◇
「でも、何でそんなにアンナ贔屓なんだ?」
ジーンが聞いた。
「……一口に言ってしまいますと、私の我が儘になりますな」
言い淀みながら、執事が口を開いた。
「ほんの小さい頃から、お世話をさせていただいたお嬢様です。あの方のことなら、主人――旦那様より存じ上げていると自負しております。ここだけの話ですが、私にとっては孫娘も同然でありまして……」
執事はそこで言葉を区切った。
「つまるところ――」
サラが続けた。
「祖父母は両親よりも甘い――そういう論理ですか?」
「……そういうことになります」
サラの解釈に、執事がコクリと頷いた。
「ただ――」
ナオミの方を見て、執事が言った。
「お三方に比べれば見劣りしましょうが、身内の欲目を抜きにしても、アンナお嬢様にしては相当の使い手です。ちょっとやそっとの相手に、無様な負け方はなさりません」
「それはそうでしょう」
「まあ、腐っても現役の憲兵なんだからなー」
執事の言葉に、サラとジーンが相槌を打つ。
「ですから、あそこまでボロボロにされるとは、まったく想像もしていなかったものでして……。こんな羽目になるのなら、最初から意地でも出場を阻止するべきだったと、今になって後悔しております」
「ご、ごめんなさい!」
執事の視線に、ナオミが謝罪した。
「おいおい」
ジーンが眉をひそめる。
「勝負に関しちゃあ、非難される謂れは無いぞ? 勝てないのなら、とっとと降参すれば良かったんだ」
ジーンの反論は尚も続く。
「そもそもの話、出場を申し込んだのはアンタらだぜ? 欲の皮を突っ張ったシュワルツワルト家当主と、箔を付けたかったアンナの自業自得だろうが」
「それは私も同感ですね」
ジーンの批判に、サラが同調する。
そんな2人の傍らでは、ナオミが「あの、その、私は別に……」と言いながら、オロオロしていた。
「いやはや、まったくその通りです」
執事が言って、頭を下げた。
「いけませんなぁ……。どうにも歳を取ると、小言が増えるようで……」
「話はそれだけではないでしょう?」
愚痴る執事を、サラが促した。
「何でそんなこと分かるんだ?」
ジーンが聞く。
「はぁ……」
溜息をつくサラである。
「お前な……。いい加減、その馬鹿を見るような目は止めろ。俺が馬鹿なんじゃなくて、お前が賢すぎるんだよ」
「……そういうことにしておきましょうか」
ジーンの言い分に、ヤレヤレと頭を振るサラ。
「他に要件が残っているでしょう?」
「……?」
サラが聞くも、ジーンは要領を得ない。
「あの~」
2人の会話に、ナオミが割って入った。
「ひょっとして、襲ってきた貴族さんのことではないでしょうか?」
「ご明察の通りです。ロードナイト家の一件が、まだ片付いていません。いやはや、まったく素晴らしい!」
ナオミの推測を、サラが褒め称える。
「それに比べて……」
「うっせーよ」
サラの一瞥に、ジーンが目を逸らした。
「元はと言えば、身内から出た不始末にございます。きっちりと、ケジメはつけさせていただきました」
「おいおい……」
物騒な執事に、不安を隠せないジーン。
「まさかとは思うが、アンタ騎士を――」
「いえいえ」
ジーンの懸念を、執事が一蹴する。
「大人しくなっていただいたのは、臨時雇いの殺し屋たちだけです。ロードナイト様家中の方々には、指一本触れておりませぬ故」
言い切った執事であるが、その全身からは武威が溢れていた。
「それでは、私は失礼させていただきます」
一礼をして、立ち去ろうとする執事。
「ちょっと待て」
「何でしょう?」
ジーンが呼び止めて、執事が振り返る。
「アンタの名前を聞いておきたい」
「これは失礼しました。私、シュワルツワルト家が執事、ウィリアムと申します。元が卑賎の身にございますれば、姓はありません。以後お見知りおきの程を……」
ジーンに答えて、執事ことウィリアムは去って行った――。
◇◇◇◇
そして翌日の朝。
相変わらずファルコナー邸に泊まった3人である。
だがしかし、トラブルに見舞われたのが約1名いた。
他ならないサラである。
「ぐっ……! 身体が!」
ベッドの上で、サラが唸っていた。
「身体が動かない!」
目を開けたまま、顔を歪めるサラである。
「非力だって言うのは、本当みたいだなー」
傍の椅子に腰かけて、ジーンが笑っていた。
大会で活躍したせいで、サラは筋肉痛に襲われていた。
「でもよー、お前普段から結構動いてるよな? あれくらいで、ちょっと極端すぎじゃねーか?」
不思議そうな顔でジーンが聞く。
ジーンの指摘通り、サラの運動量は多い。
ハンターを生業にするだけあって、サラの運動神経はかなり良い。
重い弩を背負って森を駆けまわるし、魔物の攻撃を避けるくらいには俊敏である。
超人的な体力を持つジーンと、体格で圧倒するナオミに囲まれて、サラの存在が霞んでいた。
「別に変ではないでしょう」
サラが答えた。
「使う筋肉が別なのでしょう。そういったことは、貴方の方が専門では?」
「それもそうか」
サラの指摘に、ジーンが首肯する。
「だったら、尚更勿体ねーな」
「は?」
ジーンの呟きに、サラが肩眉を上げた。
「どういう意味ですか?」
寝そべったまま、サラが聞く。
「筋肉痛がくるってことは、筋肉が発達する前段階なんだぜ。ちゃんと鍛えれば、絶対に伸びるのになー……」
口惜しそうに言うジーンであった。
「興味ありません」
サラが一蹴した。
「それよりも、早く回復する必要があります。近いうちに、アカデミーへ行かねばならないというのに……」
「まあまあ」
焦るサラを、ジーンが宥めた。
「今ナオミが薬を買いに行ってるんだ。もうちょっとの辛抱だぜ」
「1人で行かせたのですか?」
「いいや、母ちゃんと一緒。いくら俺でも、そこまで浅はかじゃねーよ」
「……安心しました」
「まあ、良く効く薬があるからなー。それを使えば、明後日には普通の生活に戻れるぜ」
「それは僥倖」
ジーンの言葉に、満足したサラである。
「……」
「何ですか?」
ニヤニヤするジーンを、サラが訝しむ。
「いや、たまには弱っているお前を看るのも、悪くないなーって思ってな」
「……ふむ。では、そのついでに聞きたいのですが――」
「な、何だよ?」
「以前貴方は、もう私が襲われることは無いって言いましたよね?」
「え……?」
「黒幕がシュワルツワルト家なら、平民は貴族を襲わないから大丈夫とか何とか……」
「……」
「結局のところ、敵はロードナイトという騎士で、試合中にきっちりと襲われた訳ですが?」
ジーンが調子に乗って、サラの猛追撃が始まった。
「釈明は如何に?」
「俺、飯作ってくる!」
サラが睨んで、ジーンが逃げ出した。
「まったく……」
1人部屋に残されて、サラが天井を見上げた。
「まあ、たまには休むのもいいですか……」
言って、ゆっくりと目を閉じるサラである。
サラとジーン、そしてナオミの3人は、こうして王都の檜舞台に上がったのであった――。




