第九話 宴と真実(後編)
◇◇◇◇
ジーンが駆け出そうとした時である。
「おおっ! 若!」
「若じゃないか!」
「おいおい! 主賓がどこ行こうっていうんだよ!」
ジーンの行く手を、3人組の男が遮った。
ジーンと同じ服装の、近衛隊の面々である。
「ちょっ……! こら! お前ら、そこどけ!」
男たちに囲まれて、立ち往生を食うジーン。
「若! 例の話聞かせてくれよ?」
「そうそう」
「俺もそれ聞きたかったんだ」
「あん? 例の話って?」
近衛隊の要望を、ジーンは把握しきれない。
「例の戯曲だよ! えーって、何て言ったっけ?」
「『俺の守護するお嬢様が、こんなに鬼畜な訳がない!』だぜ」
「そう、それだ!」
「ちっ!」
男たちの言葉に、舌打ちするジーン。
「こんなところにまで広まってやがる!」
ジーンが頭を抱えた。
「なあなあ、正直言って、どこまで本当なんだ?」
「竜を倒しってマジ?」
「馬鹿! 若のことだから、本当に決まってるだろ!」
ジーンを置いて、喧々諤々の3人組である。
「あー……。お前らな、あれは要するにその……、ただの創作であってだな――」
「で、竜ってどんなだった?」
「やっぱ吐息ってすげーの?」
「軍のやつらを蹴散らした感想は?」
ジーンが宥めようとするも、3人組は聞く耳を持たない。
「お前ら、いい加減に――」
ジーンが青筋を浮かべた時である。
「ジーン!」
ナオミを連れて、サラがやって来た。
「何をしているのですか? さっさと行きますよ!」
ジーンの手を引っ張って、サラが歩き出す。
サラの勢いに圧され、3人組が包囲を解いた。
「あ、あの……。失礼しました!」
3人組に頭を下げて、ナオミも着いて行った。
「おいおい! あの2人は婚約者だろ? 若のやつ、ここでおっ始める気か!」
「引き止めて悪いことしたかもな。でも、青姦で3Pかよ!」
「さすがは『100人斬りのジーン』だぜ!」
ジーンの行動を誤解する3人組であった。
「それで、一体何があったのです?」
薄暗い廊下を小走りで急ぎながら、サラが聞いた。
「……アンナのところの執事だよ。これみよがしに、また姿を見せやがった」
「なるほど。それは気になりますね」
「だろ?」
「ええ」
「え? あの、どういうことでしょうか?」
サラとジーンに、ナオミは付いて行けない。
それもそのはずで、ナオミは二度目の襲撃を知らない。
「ああ、実はな――」
ジーンが全てを話した。
「え! だったら、その執事さんは味方では?」
ナオミが首を傾げる。
「そういう訳で、真実を確かめに行こうって訳。ひょっとしたら、全ての黒幕かもしれねーからなー」
「もし味方だとしても、本当のとこを聞きたいですからね。私としても、助けてもらった礼を言いたいですし」
「あ、そういうことですか……」
ジーンとサラの説明に、ナオミが納得した。
「そうそう。だから、ナオミは来なくてもよかったんだぜ?」
「……まったく、貴方という人は」
ジーンの言葉に、サラが呆れた。
「な、何だよ?」
肩を竦めるジーン。
「あの場にナオミを置いていくつもりですか?」
「……あっ!」
サラの指摘に、ジーンが得心した。
多少はマシになっても、ナオミはまだ人に慣れていない。
フランクな場所とは言っても、一応は貴族の社交界である。
陰謀渦巻くところに放置するのは、愚の骨頂と言えた。
「すまん。俺が浅はかだった」
「いえ、気にしていません」
ジーンが謝罪して、ナオミが首を横に振った。
◇◇◇◇
「まったく、この服では走り辛いですね……。ああ、ところで、さっき面白いことを言ってましたが――」
愚痴りながら、サラが切り出した。
「『100人斬り』とは、何のことですか?」
3人組の会話を、しっかり聞いていたサラである。
「うっ!」
ジーンが息を呑んだ。
「何やら、色々と聞かねばならないようですね……」
「ちょっと待て!」
サラが言って、ジーンが立ち止まる。
同時に、サラとナオミも足を止めた。
「そもそも、あれはお前らと会う前の話だぞ。前にも似たようなこと言ったけど、責められる謂れは無ーよ!」
しどろもどろになって、反論するジーン。
「しかし100人とは……。尋常な数ではないでしょう?」
サラがジーンをジト目で睨んだ。
「尾ひれが付いたんだって! ほら、ちょうど今の俺達みたいにさ!」
釈明に必死なジーンであった。
ちなみに、ジーンの言うところの尾ひれとは、自分たちが打ち立てた武勇伝である。
流星竜の一件然り、ワーナー将軍の一件然り……。
もっとも、全てジーンが吹聴しているので、今ひとつ説得力に欠けている。
「でも、寝たのですよね?」
「うっ……!」
「それも、1人や2人ではない」
「で、でも、相手は素人だけじゃないし――」
サラの追及に、ジーンがいい訳を重ねる。
「尚更悪い」
サラがピシャリと言い切った。
「正直言って、私は嫉妬している訳ではありません。ただ、貞操観念が緩いと、病気の虞が出てきます。夫婦になったら、貴方だけの問題ではすまないのですよ」
「……すみませんでした」
サラの叱責に、ジーンが頭を下げた。
「よろしい」
サラがふんぞり返った。
もっとも、ジーンが言ったように、全てが邂逅前の出来事である。
必要以上に非難される謂れはどこにもない。
これがサラとジーンの力関係である。
「あの~」
遠慮がちに、ナオミが割り込んだ。
「何のお話でしょうか?」
不思議そうにナオミが聞いた。
「ナ、ナオミは知らなくて――」
「後で教えます」
ジーンの言葉をサラが遮った。
「おいっ!」
「いずれは、知らねばならないことです」
ジーンの非難を受け流すサラである。
「……まあ、いいや。ところで――」
言って、ジーンが衛兵刀の柄を握った。
「そこに隠れているヤツ、出てこい!」
ジーンが廊下の曲がり角を見据えた。
「……さすがです。ジーン様」
しばらくして出てきたのは、件の執事であった。
◇◇◇◇
「私の隠形を、こうも容易く見破るとは」
「大したもんだとは思うけどなー……。サラに比べたら一歩及ばないぜ?」
「ほほう。それはそれは」
「それで、俺たちに何の用?」
感心する執事を置いて、ジーンが本題に入った。
「いえ。是非ともお礼をさせていただきたく……」
「お礼?」
執事の台詞に、ジーンが聞き返す。
「サラお嬢様」
ジーンを無視して、執事がサラに向き直る。
「この度は、アンナ様の治療に尽力下さり、ありがとうございました。主人に代わって、厚く御礼申しあげます」
恭しく、頭を垂れる執事である。
「アンナって、ナオミにフルボッコにされた、あのアンナ・シュバルツワルト?」
「はい。その通りで」
ジーンが聞いて、執事が答える。
「話が見えねーな……。サラはずっと闘技場に居たぞ?」
「そこからは、私が答えましょう」
合点がいかないジーンに、サラが補足した。
「私が襲撃される直前の話です。闘技場の従業員に、アンナの父親向けの言伝を頼んだのですよ」
「言伝? どんな?」
「『アンナを診せるなら、アカデミーの医学部を頼るように』と。どうやら、功を奏したようですね」
「お前、そんなことしてたのか……」
サラの告白に、ジーンが感心した。
「サラ様のお陰で、お嬢様は助かりました。お医者様曰く、アカデミー以外なら、腕を切断するところだったそうです」
「うげ……」
執事が言って、ジーンが顔を歪めた。
「アカデミーには、感染症を抑える最新の薬がありますからね。それはそうと、それだけを言うためにわざわざ来たのですか?」
「もちろん違います」
サラの問いに、執事が微笑みながら同意した。
「この機会に、皆さまの疑問にお答えしておこうかと愚考した次第でして――」
答えながら、執事が続けた。
「薄々お気づきかとは存じますが、私は元傭兵にございます」
「やっぱりなー」
執事の独白に、ジーンが納得した。
「でもよー……。アンタ、只者じゃねーだろ?」
「それは捉え方によりますな」
ジーンの追及に、のらりくらりの執事である。
「隠さなくてもいいだろ? 老いて尚、大勢を相手するなんて、並大抵の腕じゃねーぞ。何か特殊な技芸持ちだろ?」
「……現役中は、敵地への潜入や陽動、または攪乱を任されておりました」
ジーンの推測を、執事が追認した。
柔らかく表現する執事であるが、ここで言う任務とは特殊部隊のそれである。
「それにしても、歳は取りたくありませんな。10年程前ならば、あの程度の人数は、私1人で相手取れたのですが……」
「感慨に耽っているところ申し訳ないのですが、とっとと本題に入っていただけますか? 一体、貴方は何をしたかったのです?」
脱線する執事を、サラが押し止めた。
「……まあ、私のような胡乱な経歴ですと、昔の伝手というやつが厄介でして――」
「昔の伝手?」
「はい。人間同士の戦いは、昨今めっきり減りましたから……。傭兵などは、とうの用済みです。私のように堅気になれたのは、ほんの一握りでございますれば……」
「あの襲撃者たちは、貴方の縁者なのですか?」
「殺し屋に落ちた、哀れな元部下たちです」
「という事は、貴方は今回の襲撃を知っていたと?」
「……はい。白状しますと、私にも襲撃に参加しないかと、オファーが来ていたのです」
「ちょっと待て!」
サラと執事に、ジーンが割り込んだ。
「だったら、前もって教えてくれてもいいだろ? そもそも、一体アンタ何がしたいんだ?」
「まあまあ」
憤るジーンを、サラが諫めた。
「人間出来ることには限界があります。身を以って制するほど、彼も我々に義理は無いでしょう?」
「そ、そうだけどよぉ……。でも、真意は知っておきたいぜ」
「あ、それは私も気になります」
「お答えしましょう」
サラとジーンの欲求に、執事が応じた。
「私はあくまで、アンナお嬢様の味方なのです」
「……なるほど」
「うん? どういうこと?」
執事の言葉に、サラが納得して、ジーンが疑問符を浮かべた。
「要するにですね――」
ジーンに向けて、サラが噛み砕く。
「アンナは貴方との結婚を望まない。さりとて、主人の意向に背く訳にもいかない。そういった諸々を妥協した結果が、この人の煮え切らない態度なのですよ」
「ああ、そういうことか」
サラに説かれて、ようやく理解するジーンであった。




