第七話 試合と勝利(後編)
◇◇◇◇
少し時間を置くと、現場は一気に騒然となった。
「た、担架を! 早く!」
ライオネルが指示を飛ばし、救護隊が集まった。
白目を剥いて小便を漏らすアンナを担いで、救護隊が去って行く。
「やっぱり」
「しかし、隊長が一瞬で沈むとは……」
救護隊を見送り、息を呑む憲兵隊の面々。
一方で、衛兵隊の反応は違った。
「二人も娶ると聞いて、どんなのが来るかと思っていたが……」
「ああ、あれなら納得だ」
「さすがは隊長と若だ。二人とも、見る目がおありだな」
「まったく、見事な女武者振りだった」
皆が口々に、ナオミを褒め称えていた。
対して、出場者の縁者はと言うと――。
「さすがは武勇の誉れ高きファルコナー……。婚約者選びにも容赦がないな」
誰かがこう言い出すと、展開は早い。
「……棄権させます。家の娘には荷が重すぎる」
そんな発言が観客席から複数飛び出した。
惨劇を見せられた後なら、当然の反応である。
ちなみに、肝心のアンナは、そのまま医者へ担ぎ込まれた。
幸いにも息はあるものの、憲兵としては当分使い物にならないのは明白である。
「おお、アンナ! 許しておくれ! 私が欲を出したばかりに!」
担架に縋りつく父親の声だけが、見物人の頭にリフレインしていた。
だがしかし、ほとんどの参加者が棄権する中、1人だけ残った猛者がいた。
「グフフフ……。相手にとって不足はないわ!」
舌なめずりをしてのたまったのは、控えているアレクサンドラである。
「ファルコナー卿に申し上げる!」
ドスドスと巨体を揺らして、アレクサンドラが広場に躍り出た。
その途端に、観客席が騒めいた。
「何だあれは?」
「人外だ! 人外がもう1人いるぞ!」
アンナの安否なぞそっちのけで、観客の目はアレクサンドラに釘付けであった。
「あれは何ですか?」
どよめく観客と共に、サラが聞く。
「な、何なんだろうな……?」
目を瞬かせながら、ジーンが答える。
「何を言っているんだい?」
割って入ったのはマリアである。
「肖像画を見ただろう? あの淑女こそ、アレクサンドラ・ロードナイトさ。いやはや、まったく見事な美人さんだこと」
「え?」
「嘘だろ?」
マリアの言葉に、サラとジーンが目を剥いた。
それもそのはず、アレクサンドラの容貌は、肖像画と大分違っていた。
牛皮の鎧に木製の棍棒を持つ姿だけは、確かに戦士と言えた。
だがしかし、肝心の女らしさはと言うと、これが微塵も見つからない。
女だてらに身長は190センチ近く、ジーンとほとんど変わらなかった。
もっとも、ジーンとは体積が決定的に違う。
太ももの周りは90センチを超えていて、胴回りに至ってはその倍ほどもあった。
でっぷりとした体を鎧に詰め込んで、さながら生きたボンレスハムである。
だからと言って、ただの脂肪の塊ではない。
アレクサンドラの腕や足には戦士らしく、きっちりと筋肉も浮いている。
綺麗に言うならば、筋肉を脂肪で覆う――正に重量級の角技に理想的な体格であった。
問題は、その顔である。
二重顎に乗った顔は下膨れていて、ブルドッグを彷彿とさせた。
肉に隠れた目は細くて見えない。
極めつけは、丸刈りにした頭である。
醜女中の醜女、それがアレクサンドラであった。
◇◇◇◇
「肖像画でも、かなり美化されてたんだな」
アレクサンドラを見て、ジーンが額の汗を拭う。
「まるで豚巨人のメスですね」
ジーンに続いて、サラが言った。
「豚巨人って、前に俺が殺った魔物だろ? あれ、3メートルはあったはずだけど?」
「豚巨人は性差が大きいのです。メスならあんなものですよ」
「ふーん……」
「二人とも、失礼だよ!」
サラとジーンの会話に、マリアが割り込む。
「見てごらん。あの太ましい栄養たっぷりのお腹。きっと、元気な子をポンポン産んでくれるだろうね」
「……母ちゃんの感覚が分からねーよ」
「これは失礼しました」
マリアの叱責に、ジーンが頭を抱え、サラが愛想を作った。
「確かに、言われてみれば、とても魅力的な女性かもしれません」
「そうだろう? ……って、あらやだ私ったら。さっきから男爵様のご令嬢に向かって、こんな口の利き方……」
「私は気にしません。続けて下さい」
「そうかい? いやね、さっきも言ったけど、私はあのナオミって娘もいいとは思うんだよ。ただ、体格や腕っ節は良しとしても、今ひとつ覇気が無いのが気になってねぇ……」
「……覇気ですか。そういう意味では、私も役者不足ですね」
「いや、それは違うね」
少し意気消沈気味になったサラを、マリアが否定した。
「あんたの噂は聞いてるよ。あのブラッドフォード家の一人娘で、アカデミー時代には危険なフィールドワークでブイブイ言わせたんだろ? 例の事件があって廃嫡されそうになったけど、ハンターとして再起し遂には立場を奪還。ついでにジーンと一緒に竜退治まで成し遂げたって言うんなら、これはもう言う事はないよ」
「恐縮です。肝が座っていると言う意味では、少しは自信があります」
「だろう? 武勇伝と言う意味だったら、あんたは文句無しさね。アレクサンドラのお嬢ちゃんだって、素手でイノシシを倒したって聞く。ナオミお嬢ちゃんには、それが足りない」
「あれ? もしかして、ご存じないので――」
マリアに向かって、サラが聞きかけた時である。
「ファルコナー卿! すでに我々2人以外の参加者は辞退された! このまま次が決勝戦でよろしいのでは?」
アレクサンドラの大きな濁声が、闘技場に響き渡った。
「むぅ……、ナオミ殿はそれでよろしいか?」
戸惑いながら、ライオネルが聞く。
「あ、はい。でも……」
頷きながら、ナオミが棒を差し出した。
「さっきの試合で、折れちゃったんですが……」
ナオミの言うように、棒の損傷は酷い。
傍から見れば、分からない傷である。
だがしかし、棒は縦に沿って大きな亀裂を作っており、もはや試合には耐え切れない。
「む、ではさっそく代わりの武器を――」
「私に提案があります」
ライオネルを遮って、アレクサンドラが乗り出す。
「な、何かね?」
アレクサンドラに圧されながら、ライオネルが聞く。
「次の勝負、いっそのこと、素手の格闘技で決めてはいかがでしょう?」
「いや、しかし、それはあまりに貴女に有利ではないか?」
アレクサンドラの提案に、ライオネルが渋る。
「あの~」
ナオミが遠慮がちに申し出た。
「私なら構いません」
「え?」
「え?」
ナオミの承諾に驚いたのは、ライオネルと、観客席にいたサラである。
そして観客席である。
「ジーン! ちょっと耳を貸しなさい!」
「痛い痛い! 耳を掴むな、耳を!」
サラが慌てて、ジーンを引っ張った。
「大丈夫なのですか?」
「何が?」
「ナオミは薙刀専門でしょう? 格闘技なんて門外漢ではありませんか!」
「あ~……、大丈夫大丈夫」
不安がるサラを、ジーンが宥めた。
「お前が知らないだけで、一応その手の稽古もつけている」
あくまでも呑気に構えるジーン。
「しかし、相手は角技の優勝者ですよ。付け焼刃が通用するとは、とても――」
「サラ!」
食い下がるサラを、ジーンが押し止めた。
「大丈夫だ。俺を信じろ」
「……」
強気なジーンに、押し黙るサラであった。
◇◇◇◇
「両者、準備はよろしいか?」
ナオミとアレクサンドラを見て、ライオネルが聞いた。
「はい!」
「だ、大丈夫です」
鎧を脱いで、ナオミとアレクサンドラが答えた。
「それでは……、試合開始!」
ライオネルの合図と共に、ナオミとアレクサンドラが身構える。
「フフン! ちょっと顔がいいからって、ジーン様に取り入りやがって! ギタギタにしてくれるわ!」
怨嗟を吐きながら、アレクサンドラが手を伸ばす。
もっとも、ナオミも黙ってやられはしない。
自身を掴もうと伸びてきた手を、ナオミはウィービングで躱してのけた。
「ほほう! 拳闘かい」
ナオミの反応に、感心するアレクサンドラ。
「でも、舐めてもらっちゃ困るね」
舌なめずりをしながら、アレクサンドラが腰を低くした。
「こちとら年季が違うんだ。拳闘士なんて、何人も倒してるんだよ!」
言うが早いか、アレクサンドラがタックルを仕掛けた。
だがしかし――。
「へぶしっ!」
ナオミの膝蹴りが、アレクサンドラの顔にめり込んだ――。
…――…――…――…
「何ですか、あれは?」
ジーンを引っ張ってサラが聞く。
「あんな拳闘、見たことがありません!」
興奮冷めやらぬサラを余所に、ナオミの奮闘が続く。
…――…――…――…
アレクサンドラが詰め寄る度に、ナオミのジャブが極まり、またアレクサンドラが離れようとするとナオミのミドルキックが極まった。
運よく間合いを縮めても、肘打ちや膝蹴りが飛んでくるのでる。
アレクサンドラに打つ手は無かった。
「くっ! このぉっ!」
顔面をボコボコにさせながら、アレクサンドラは苛立ちを隠せない。
「ごめんなさいっ!」
「グハァッ!」
謝罪と一緒に放たれるナオミのストレートが、アレクサンドラの鼻を潰した。
「ヒュー、ヒュー……」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
もはや白目を剥いて立っているだけのアレクサンドラに、ナオミが近づいた。
「ひっかかったな馬鹿め!」
「キャッ!」
目に力を戻し、アレクサンドラがナオミの胴体を羽交い絞めた。
「このまま、投げ飛ばして……て、あれ?」
言いながら、宙を舞ったのはアレクサンドラの方である。
アレクサンドラの首を掴み、ナオミが首投げを極めていた。
もっとも、角技出身だけあって、アレクサンドラもただでは起きない。
「このっ!」
アレクサンドラが受け身を取って、顔を上げた時である。
「ごめんなさいっ!」
ナオミが謝りながら、アレクサンドラの頭を蹴り飛ばす。
「ぐふぅ……」
アレクサンドラはそのまま意識を手放した。
「そ、それまで! 勝者、ナオミ・ベイリー!」
ライオネルの宣言が、高らかに響き渡った。




