表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/119

第六話 温泉と保養(前編)

◇◇◇◇


 そして、朝食を終えた3人である。

 サラたちはファルコナー邸を出て、町に繰り出していた。


「ったく……」


 ジーンが舌を打つ。


「いくらなんでも、朝からはねーだろ」


 毒づいたジーン。


「私たちは清潔好きなのですよ。そうですよね?」

「え? あ、はい、そうですね……」


 サラに流されて、ナオミが同意した。


「だからと言って、朝風呂決め込むことはねーだろ」


 ジーンがブー垂れた。


 3人が向かう先は、貴族や大商人といった、富裕層向けの大浴場である。

 昨日の約束を、サラはきっちりと覚えていた。


「でもよー」


 言って、ジーンが続ける。


「アポも無しに、いきなり貸し切りなんて出来ねーと思うぞ?」


 当然なジーンの指摘である。


「そんなことですか」


 サラが肩を竦めた。


「それくらいは譲歩しますよ」

「へいへい」


 サラの妥協に、諦念のジーンである。


「あの~」


 ナオミが口を開いた。


「なんか、さっきから私たちとっても目立っているような……」

「それは仕方がありません」

「それはそーだろ」


 ナオミの言葉に、サラとジーンが同意した。


 とにかく、目立って仕方がない三人組である。

 並外れた大女のナオミに、筋肉ダルマのジーン、超絶美少女のサラといった組み合わせとくれば、目を向けない方がおかしい。

 しかもである。

 いつもの白いブラウスに藍色のスカートのサラは別として、ジーンとナオミの外着は鎧しかない。

 サラだけが大量に普段着を持ち込んだ故である。

 そんな理由わけで、三人は人目を引いて憚らない。


「おい、何だあの大女?」

「さあな。でも、けっこう別嬪じゃね?」

「大女の方はともかく、他の2人は知ってるぜ」

「ああ、サラとジーンだな」

「おい! 目を合わせるな! 殺されるぞ」


 こんな案配で、通行人は三人から距離を置いていた。

 ちなみに、サラとジーンが恐れられるのは、二人で立てた武勇伝が広めっているせいである。


「でも、私驚きました」


 少し猫背になりながら、ナオミが言った。

 目立ち慣れているのは、サラとジーンだけである。


「何がです?」

「ジーンさんって、お母さん似だったんですね」


 サラが聞いて、ナオミが答える。


「あー……、それ、よく言われるな」


 ジーンが続けた。

 ナオミの言うように、ジーンの筋肉質で長身な体格は母親譲りとしか思えない。

 ついでに言えば、精悍な顔立ちもである。


「そうですか?」


 首を傾げて、サラが続ける。


「私は両方に似ていると思いましたが」

「うん? どういうことだ?」


 サラの意見に、ジーンが聞いた。


「たしかに、見た目は母君そっくりですが、内面の神経質ナーバスなところはライオネル殿に似ていると思います」

「おいおい。俺のどこが神経質ナーバスなんだよ?」


 サラの指摘を、笑い飛ばすジーン。


「いや、神経質ナーバスでしょう?」


 サラが畳みかける。


「魔物相手に及び腰になったり、私の生活態度にブーブー文句を垂れたり……。例を挙げれば、キリがありません」

「う……」


 サラの主張に、押し黙るジーン。


「あ、言ってる間に着きましたよ」


 顔を上げて、サラが駆け出す。


「ちょ、待てよ!」

「待ってくださ~い!」


 ジーンとナオミが、それに続いた。



◇◇◇◇


「――で、ここがお前の言う浴場か」


 眼前の光景に、ジーンが圧倒されていた。


「はい。以前にも何度か来たことがあります」


 顔色を変えず、サラが答えた。


 果たして、そこは白亜の宮殿であった。

 金持ちが多く住む地区にデンと構えられたそこは、高い大理石の外壁に囲われている。

 区画の一帯を占有する規模で、広さときたら見当もつかない。

 門番が守る鉄の門扉越しには、同じく大理石の建物がそびえ立っていた。

 下手な貴族の館より豪勢な施設は、それでも一種のリゾート施設である。


「こ、ここがお風呂屋さん……」


 ナオミが息を呑んだ。


「風呂屋と言っても、少し違います」


 サラの注釈である。


「ここの湯は、王都で唯一の温泉なのです」

「温泉?」


 サラの説明に、疑問符を浮かべるナオミ。


「地下から湯が湧き出すんだよ」


 ジーンが胸を張った。


「お湯ですか? 井戸の水は冷たいですけど」

「ぐぅ……」


 ナオミの追究に、ジーンは答えられない。


「サラ、頼む」

「まったく、生半可な知識で語るからそうなるのです」


 ジーンにバトンを渡され、サラが渋々引き継いだ。


「……時にナオミ、水圧ってご存知ですか?」

「いいえ」


 サラが聞いて、ナオミが首を横に振った。


「ふむ、まずはそこからですね」


 納得して、サラが続けた。


「川や湖で泳ぐと分かるのですが、水の底へ潜れば潜るほど、四方八方から押し潰すように力が加わるのです。これを水圧といいます」

「へぇ……」

「そして、同じことが地中にも言えるのです。空き箱を地中深くに埋めたら潰れるのは、容易に想像できるでしょう?」

「はい」

「おいおい、待てよ」


 サラとナオミの会話に、ジーンが割り込んだ。


「それと温度と、どういう関係があるんだ?」

「いい着眼点ですね。ちょうど今、それを説明するところです」


 ジーンの疑問に、頷くサラである。


「ではジーン。貴方の大好きな剣の話です。鍛屋は熱した鉄を叩いて剣を作る、ここまではお分かりですね」

「ああ」

「そうして出来上がった剣ですが、使っているうちに、折れたり曲がったりすることはありますよね」

「そりゃあ武器だからな。俺も折った経験くらいあるぜ」

「で、折れた剣を触ってみてどうでした?」

「どうって……、何か熱かったような……あれ?」


 サラの誘導で、ジーンが黙った。


「もうお分かりのようですね。つまるところ、熱と力というのは表裏の関係にあるわけです。ここで話を戻しますが、地中深くになると圧力が高まり、それにつれて岩盤やらの温度も上がるという訳です。これを地熱と言います。温泉と言うのは、地下水がこれに触れてお湯になったものの一つですね」

「へぇ~」

「なるほどなー」


 サラの講釈に感心する、ジーンとナオミである。


 その時である。


「あの……」


 三人に話しかけたのは、門番の男である。


「何か御用でしょうか?」


 聞いた門番であるが、ジーンとナオミの様相に戦々恐々である。


「ああ、失礼。今から入れますか?」


 サラが言って、ずいっと前に出た。


「い、今からですか?」


 門番が訝る。


「サラ・ブラッドフォードが来たと、責任者に取り次いでください」

「サラ・ブラッドフォード……って、あのサラお嬢様ですか!」

「はい」

「という事は、こちらの男性は――」

「ジーン・ファルコナーですね。ついでに、こっちのデカイのはナオミと言います」

「――っ! しょ、少々ここでお待ちを!」


 三人の素性を聞いて、門番が中へと走った。



◇◇◇◇


「どうぞ、お通りください」


 門番が門扉を開けて、三人を中へと招く。

 そんな三人の眼前には、平面幾何学式な庭園が広がっていた。


「このまま真っ直ぐ進むと、建物の玄関に行き着きますので、そこで係の者が案内いたします」

「どうも」

「お疲れさん」

「あ、ありがとうございます」


 門番に促され、三人が庭園へ足を踏み入れた。


「しっかし、デカイ敷地だな」


 小道を歩きながら、ジーンが言った。


「貴族の屋敷も顔負けだぜ」

「それはそうでしょう」


 ジーンの愚痴に、サラが頷いた。


「何せ、王都唯一の温泉ですからね」

「さっき仕組みは聞いたけどよ、普通の湯とはどう違うんだ?」

「どうも薬効があるらしいですよ。もっとも、半分は誇大広告でしょうが……。それに釣られて、貴族や金持ちが好んで選ぶのです」

「ふーん……。だったら、料金を下げた方が客も来るんじゃねーの?」

「そうすると、一般の風呂屋と競合してしまうでしょう」

「あ、そうか。他の風呂屋が潰れちまうな」

「それもありますが、客層が変わると、それに対応する人件費コストがかかるでしょう? せっかく安くついてるのに」

「うん? なんで安いの?」

「お湯を沸かす手間が無いのですよ。それだけで普通の風呂屋に比べて、大きなアドバンテージです」

「あ、なるほどなー」


 サラに説かれて、ジーンが納得する。


「あの~」


 二人の会話を、ナオミがぶった切る。


「あそこに立っているのが、係の人でしょうか?」


 言って、ナオミが玄関を指さした。



 果たして、そこに居たのは老人である。

 身長160センチくらいの、小柄な老執事であった。

 とは言え、眼光は鋭く、口髭を蓄えた顔は矍鑠としている。

 背丈の割には体格も良く、伸びた背筋からは武威が感じられた。


「……何か呑んでやがるな」


 執事を見て、分析するジーン。


 そんなジーンを置いて、サラが執事に歩み寄る。


「お久しぶりです」


 言って、サラが右手を差し出した。


「ようこそおいで下さいました。サラお嬢様」


 サラの右手を取って、執事が手の甲に口付ける。

 もっとも、実際に唇をつけてはいない。

 3秒程でサラの手を放す、華麗なキスハントである。


「突然ですが、今から使えますか?」

「普段でしたら営業時間外ではございますが――」


 サラの要求に、執事が答える。


「他ならぬサラお嬢様のためです。混浴でよろしければ、浴場を開けましょう」

「ありがとうございます」


 執事のサービスに、サラが礼を言う。


「おい! 混浴って――」

「おお! あなたがジーン様ですね!」


 抗議するジーンを押し切って、執事が言った。


「武勇の誉れ高い貴方様にお会いできて光栄です」


 ジーンを称えつつ、執事が右手を差し出した。


「え? ああ、どうも」


 ジーンが右手で握り返す。

 だがしかし、執事の握り方にジーンが顔を顰めた。


「無理を聞いていただき感謝する」


 微笑みながら、ジーンが右手に力を入れる。


「……いえいえ」


 観念したかのように、執事が力を緩めた。

 執事に答えて、ジーンが右手を放した。


「ようこそ『ヴァルハラ』へ。当店は皆さまを歓迎します」


 重々しい樫の扉を開けて、執事が三人を招き入れた――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=21128584&si script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ