表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/119

第四話 サラとジーン(後編)

◇◇◇◇


 サラのフルネームを〝サラ・ブラッドフォード〟と言う。

 今でこそ、ハンターに身をやつしているサラであるが、実はこの町を治めている〝ブラッドフォード男爵〟の令嬢である。

 もっとも、男爵領自体は人界にあるので、町自体は飛び地である。


 サラは才媛であった。こと魔物学においては、その右に出る者はいない。

 王都のアカデミーを首席で卒業したサラは、将来を嘱望された学士であった。

 その名声は領地を越えて、広く王国中に轟いていた程である。


 だがしかし、得てして物事は順調にいかなかったりする。

 そのまま学者の道を進むかに見えたサラに、2つの障害が立ちはだかった。

 

 1つは身から出た錆である。

 魔物学をこよなく愛するサラは、言い方を換えれば魔物オタクである。

 そんなサラの研究姿勢は、専らフィールドワークにあった。

 自ら外界に赴き、その目で観察することがサラのモットーである。

 ある日の事、サラはそのフィールドワークで標本を採取した。

 標本は飛竜ワイバーンの卵であった。

 飛竜ワイバーンとは空を飛ぶドラゴンの亜種である。

 腕の部分が翼になっていて、一対の後ろ脚に長い首、そして長い尻尾を持つ魔物であった。

 厳密に言えばこの飛竜ワイバーン、亜種に分類されるように、あくまでドラゴンとは違う魔物である。それでも、知能が高い点と執念深い点ではドラゴンと同じ上、似通った外見もあって、混同している者が多い。

 ドラゴン自体へはもちろんであるが、卵への接触はそれ以上の禁忌であった。

 学者であろうとハンターであろうと、発覚すれば唯では済まない。

 フィールドワークを行っている学者は少ない。

 そのせいで、サラの行為はすぐに世間の知ることとなった。


 当然、サラも法に照らされるはずだったが、そうはならない理由があった。

 まず第一に、飛竜ワイバーン分類ニッチである。

 市井の認識はともかく、学問上、飛竜ワイバーンドラゴンでは無い。

 ドラゴンに分類されるには、吐息ブレスを吐けねばならない。

 飛竜ワイバーンには、この能力が無かった。

 それ故に、飛竜ワイバーンドラゴンとは別種なのである。


 つまるところ、最初からサラを裁く根拠は無かったのである。

 もちろん、サラ自身も認識していたからこそ卵を採取したのであったが、偏に学者と役人との認識のズレが生んだ悲劇と言えた。


 第二は、サラの身分である。

 位階としては最下位の男爵でも、サラの生まれは貴族である。

 名誉のため、不祥事はもみ消さねばならない。

 実父のブラッドフォード男爵はもちろん、周囲の貴族たちも、事件の隠蔽にこぞって協力した。

 こうして、公には卵の件は闇に葬られることになった。

 もっとも、人々がそれを忘れたかどうかは別問題ではある。

 

 こうして放免されたサラであるが、事件が収束した矢先、もう一つの厄介事に巻き込まれる羽目となる。

 他ならない、ブラッドフォード家のお家騒動であった。

 サラの父――ブラッドフォード男爵に妻はいない。

 これは別に、男爵が独身を貫いているとか、サラが実は養子であるとか、そういう込み入った話ではない。単純に、病没しているだけである。

 サラが巻き起こした騒動に、男爵はすっかり憔悴していた。


 そんな男爵が、事態の収拾を図るため、貴族間を奔走している時である。

 一人の美女が男爵に近付いてきた。

 そんな美女の正体はメイドである。

 男爵家に仕えたばかりのこのメイドが、事件の鎮静化に一役を買うこととなった。

 何せこのメイド、貴族連中にやたらと顔が効くのである。

 しかもである。メイドは今まで奉公してきた貴族に、男爵との渡りをつけてしまった。

 実はこのメイド、あちこちの貴族をたらしこんできた、手練の悪女であった。

 メイドに手を出した貴族にしても、その後ろめたさから、男爵に協力せざるを得なかったのである。

 そんなメイドの目的は、貴族の正妻に収まることにあった。

 これまで愛人止まりで終わってきたメイドが、ここに来て最大の機会を得たのである。

 こうして、メイドは男爵の後妻に納まった。

 メイドもといサラの継母の行動は早い。

 男爵の財産を独り占めするべく、サラを辺境の町に追いやったのである。

 何せ、サラは騒動の元凶である。

 その上、男爵は若くて有能な継母に鼻の下を伸ばしていた。

 男爵が継母に靡くのは必然でった。

 

 だがしかし、転んでもただでは起きないサラである。

 フィールドワークで培った経験を元に、ハンター稼業を始めたのである。

 学者崩れとはいえ、サラの研究姿勢は元々ハンターに近い。

 既にその実力は、熟練ハンターの域に達していた。

 非力な腕力を補うためクロスボウを得物にしこともあり、単独ソロで仕事をこなせる希少なハンターとして、サラの名声は高まっていったのである。

 高名な学士が、偉大なハンターへと生まれ変わった瞬間であった。

 そもそも記録の上ではともかく、市井の人間は事件を覚えている。

 その上、ほとんどの人間が無実のサラに同情的であった。

 これはサラの気飾らない性格も手伝ってはいるが、女にうつつを抜かして、娘をないがしろにする男爵への非難でもある。

 

 とにかく、逆境にも関わらずのし上がったサラは、もはや町の名士である。

 遠からず、継母が行動を起こすことは想像に難くない。

 今のところ、これがサラにとっての大きな悩みであった。



◇◇◇◇


 ここで時刻は、サラが家路につくだいぶ前に遡る。

 足早に歩くのは、うだつの上がらないこの男――ジーンである。


「さてと、急がなきゃな」


 ジーンの向かう場所は、夕方の市場である。

 人がごった返す市場も、そろそろ終わり時である。

 すでに店仕舞いが始まっているが、この瞬間こそがジーンの狙いであった。

 ジーンはサラの弟子であり、言ってみればハンターの見習いにすぎない。

 その懐具合ときたら、常にスッカラカンのオケラである。

 マリーの店を早々に出たジーンであるが、サラの酒豪っぷりに辟易したのは事実として、主な理由は閉店間際の特売セールにあった。


「お、ジーンじゃねーか」


 ジーンの向かいから、下っ腹の出た中年男がやって来た。

 ジーンより遥かに背の低い中年男は、後ろに車輪がついた屋台を引いている。


「あ、おっちゃん!」


 片手を上げて、ジーンが答えた。


「今日はもう来ないと思ってたぜ。はいこれ」


 男が言って、ジーンに袋を差し出した。


「おお! ありがとう!」


 礼を言って、ジーンが袋を覗き込む。


「これは……鶏ガラだなー。うん! これならいい出汁が取れるよ!」

「喜んでもらえて何よりだ。こんな残り物でいいなら、いつでも言いな。野良犬にくれてやるより余程マシってもんよ」

「あ、ひでえ。俺って野良犬と同列かよ」

「馬鹿。それよりはマシだと言ってるだろ」

「何だそうか。アハハ」

「だろ? ガハハ」


 談笑する2人である。

 中年男は肉屋であった。時々こうして、ジーンに差し入れをしているのである。


「それにしてもお前さん、出汁から自炊するなんて、男寡にしちゃあ珍しいな」


 中年男もとい肉屋が言った。


「そうかい?」


 ジーンが聞く。


「そりゃそうさ」


 肉屋が答えた。


「いくら貧乏なひよっこハンターだって、大抵は外食で手軽に済ますもんさ。多少値段は張っても、みんなそうするぞ?」

「あー……、俺の場合はちょっと違うね」


 肉屋が聞いて、ジーンが否定する。


「どういうことだ?」

「ほら、俺ってデカイじゃん」

「うん? イマイチ要領を得んな」

「いや、だからさ――」


 首を傾げる肉屋に、ジーンが掻い摘んで話していく。


「俺くらい大食いだと、外食代って馬鹿にならないんだよなー。一食くらいならともかく、毎日3食分だと、とてもとても……」

「へえ、そういうことか。お前さん、本当にデカイもんな」


 ジーンの説明に、肉屋が大きく頷いた。


「そうそう」


 相槌を打つジーンである。


「それでさ――」

「あ! そう言えば……」


 ジーンが続けようとした時、肉屋が顔を上げた。


「どうしたの?」

「ほら、野菜売りの爺さんとこだよ。婆さんと一緒に、お前のこと待ってたぞ。まだ中央の方にいるんじゃないか?」

「お、それはいけない。それじゃあ、今日はこの辺で。また何かあったらくれよ!」

「ああ、またな」


 会話が終わって、二人ともその場を後にした。



◇◇◇◇


 新米ハンターのジーンには、とにかく謎が多かった。

 そもそもジーンという名前からして、本名かどうか怪しい。

 今から遡って、およそ3カ月ほど前のことである。

 突然サラに連れられて、ジーンはこの町にやって来た。

 ジーンはその出自はおろか、年齢すら不詳であった。

 何よりも、ジーン本人が語ろうとしない。


 もっとも、こういった隠蔽体質は、辺境に流れてきた人間には、しばしば見られるものである。

 どこの馬の骨とも分からなくとも、誰も過去を詮索したりはしない。

 これは、辺境という特殊な土地柄の影響である。


 辺境に集まってくる人間は、多かれ少なかれ〝訳あり〟であった。

 例えば失業者である。

 こういう人間は、一発逆転を狙ってハンターになったりする。そうなれば、住む場所は必然的に、魔物のいる辺境しか選べない。

 借金で首が回らなくなった者もいる。借金取りが寄りつかない場所と言えば、やはり危険と隣り合わせの辺境である。

 訳ありと言えば、御大のサラからして、その代表格と言えた。もっともサラの場合は、過去が詳らかになっている例外ではある。


 その他諸々の理由で、第二の人生を辺境で始める人間は多い。

 そして、辺境にある町は、こういう訳ありの移住者に寛大である。

 隙あらば魔物に人口を減らされるのだから、選り好みはしていられない。

 極端な場合だと、軽い犯罪者であれば、新しい戸籍を与えて住民に仕立てることも多い。

 とにかく、他人の過去にみだりに触れない――これが辺境の不文律である。


 こうして、ジーンもすんなりと受け入れられるはずであった。

 だがしかし、いくつもの困難がジーンに立ちはだかる。


 最初の問題は、ジーンの見てくれと実態とのギャップであった。

 髪や目の色が珍しいのは別として、ジーンは筋骨隆々である。背も高く、顔立ちも相応に整っていた。

 こうなれば、年頃の女が放っておくはずもない。

 辺境では肉体の逞しさも、男のステータスである。

 事実、町に来たばかりのジーンは非常にモテていた。

 そうなると、面白くないのは若い男たちであった。

 ただでさえ、美少女のサラとバディを組むジーンである。

 男たちの嫉妬は一入ひとしおであった。

 嫉妬を余所に、鼻の下を伸ばしていたジーンであったが、すぐに馬脚を現してしまう。


 それは、陸海月スライム退治での最中であった。

「ほら、ジーン。触ってみなさい」と陸海月スライム両手に近づくサラに、「キャーッ!」と悲鳴を上げて、ジーンは逃げ出してしまった。

 ジーンは魔物恐怖症なのである。


 ちなみに陸海月スライムとは、半透明の身体を持った刺胞生物である。ただし、その大きさは一抱えほどある上に、水道インフラを詰まらせる厄介者であった。

 とは言え、ハンターでもない一般人ですら容易に倒せる雑魚である。

 プロのハンターであれば、陸海月スライム相手に遅れを取ってはいけない。

 女たちが愛想を尽かしたのは、当然の成り行きであった。

 

 畳みかけるように、ジーンの災難は続いた。

 その専らの原因は、ジーンの卓越したコミュニケーション能力である。

 若者に嫌われているジーンでも、別に村八分を食っている訳ではない。

 その人懐っこい性格と気さくな人柄もあって、ジーンは年配者からの評判が高い。

 お人好しぶりを発揮して、どんな地味な力仕事でも進んで手伝うのであるから、至極当然である。

 ハンターに活かせないだけであって、立派な体格はそれに相応しい体力を誇っている。

 手間賃代わりの差し入れのお陰で、ジーンは金銭的にはともかく、食べ物には困らなかったりする。


 これだけであれば微笑ましいが、肝心の問題はその後である。

 年配者は事あるごとに、ジーンを引き合いに出すようになっていた。

 何かにつけて、自分の息子や娘に「ジーンを見習え」と説教をかますのである。

 ジーンが板挟みになったのは、想像に難くない。

 

 それでも、鷹揚なジーンは細かいことを気にしない。

 今日も明日もボランティアに精を出し、サラにヘイコラと着き従うジーンであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=21128584&si script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ