第一話 ある日の取材
◇◇◇◇
これは、まだジーンが館を手放していない時期の話である。
時系列としては丁度、ナオミが牛頭人を倒した直後であった。
「……取材ですか?」
応接室で、サラが客を迎えていた。
いつものように白色のブラウスに、藍色のスカートを穿いて、主人面のサラである。
言うまでもなく、館の主はジーンであって、サラは居候に過ぎない。
「はい」
サラに対面するのは、40絡みの男であった。
ウェーブのかかった黒髪は中くらいの長さで、所々に白髪が混じっていた。
ジャケットを着てネクタイを締め、金回りの良さを感じさせる。
顔立ちは整っていて、身長も180センチと高く、大した伊達男ぶりである。
だがしかし、そんな見てくれの良さはともかく、体格は華奢でハンターとは程遠い。
外界を旅慣れているようにも見えず、どちらかと言えば人界の一般人である。
そもありなん、実際にこの男、王立新聞社の記者で荒事とは無縁であった。
「王都でもお二方は話題なのです」
男もとい記者が答えた。
「両名のご活躍は、王国中に轟いておりますれば、わが社としては是非とも生の声をお聞かせいただきたいのです」
男が言って、懐からメモ帳を取り出した。
「何も今更……。それも、わざわざアポ無しの訪問までして」
呆れながら、サラが頬杖をついた。
「そ、その件に関しては、大変申し訳なく思っております」
額の汗を拭って、男が謝罪した。
「えーと、その……。何分、場所が場所でして……」
言いにくそうな男であった。
「……まあ、一般人ですと、手紙も満足に届きませんしね。直接出向いた方が早いでしょう」
「ええ、まったく、その通りで」
サラが納得して、男が恐縮する。
「それで、話を戻しますが、どうでしょう? お引き受けいただきますか?」
「ふむ……」
記者の申し出に、サラが腕を組んだ。
そのままサラが目を瞑り、ちょうど1分が経った。
「それは、正直に答えてよろしいのですか?」
目を開いて、サラが聞く。
「ええ、もちろん!」
記者の目が輝いた。
「分かりました。それでは――」
こうして、サラへのインタビューが始まった。
「それでは、サラ様。フルネームをサラ・ブラッドフォード、王国南領のブラッドフォード男爵ご令嬢で間違いございませんね?」
「ええ」
「王立アカデミーで、魔物行動学を優秀な成績で修めた才媛と聞いております」
「まったくその通りです」
記者の世事に、まったく動じないサラである。
「……ちなみに、えーっと、飛竜の卵を採取して、一時期話題になったのも?」
「事実ですが、何か?」
記者の質問に、サラが目を細めた。
「いえいえいえ!」
記者が首を横に振る。
「あの事件に関しましては、学者と役人の間に認識のズレがあったことは、重々承知しております!」
言って、記者が汗を拭う。
「それで、あの……」
「構いませんよ。続けて」
記者が聞いて、サラが促した。
「サラ様がハンターとして辣腕を振るわれた、というのは?」
「事実です。この町に、私以上のハンターはいません。何でしたら、斡旋所で聞いてみてください」
「いえいえ。それには及びません!」
「学問をそのまま実践に移しただけです。そんじゃそこらの有象無象とは、持っている物が違うのですよ」
慌てる記者に、涼しい顔のサラである。
「という事は、サラ様については、伝聞の通りということに……って、ああっ!」
メモを捲りながら、記者が目を剥いた。
「どうしました?」
サラが聞いた。
「いえ、あの、その……、この度はご愁傷様です。遅ればせながら、申し訳ありません」
記者が頭を下げた。
その理由は当然、ブラッドフォード家の訃報である。
表向き、サラの継母の死は病死で通っていた。
「ああ、気にしないでください」
サラが答える。
「貴族にとって、身内の謀殺なんて、珍しくもありません」
「え? は? 謀殺?」
サラの発言に、記者が目を丸くした。
「ふむ……。そうですね――」
天井を仰いで、サラが続けた。
「事の発端は、継母の陰謀にあったのですよ」
言って、サラが実家の恥部を暴露していく。
◇◇◇◇
サラに見送られて、記者が家路に着こうとした。
「では、私はそろそろ……」
館の玄関で、記者が頭を下げる。
「もう行くのですか? ゆっくりしていけばよろしいのに」
「いえいえいえ! お構いなく!」
サラの申し出を、記者が断った。
そんな記者の顔は、興奮で紅潮している。
さもありなん、貴族のスキャンダルを掴んだので、もっともな話である。
「もうちょっと待てば、ジーンも帰って来るのですが……」
「いえ、もう十分に頂いておりますから」
引き止めるサラを、記者が振り切った。
「そうですか?」
「はい! それはもう!」
サラが聞いて、記者が答える。
特大のネタを前にして、世直し伝説如きは些事と言えた。
「それでは、お世話になりました」
記者が言って、館を去って行った。
「……ふむ」
扉が閉まったのを見届けて、サラが頬を掻いた。
その時である。
「あの~」
間延びした声と共に出てきたのは、メイド姿のナオミである。
「お、お客様は?」
「ええ、帰りましたよ」
ナオミの質問に、サラが答えた。
「よかった」
ホッと、ナオミが胸を撫で下ろす。
この時点では、まだナオミの人見知りは治っていない。
来客にもかかわらず、姿を見せなかった理由である。
「貴女の人見知りも、いい加減にしないといけませんね」
「ううっ……。すみません」
サラが窘めて、ナオミが肩を竦めた。
「……」
「サラさん?」
黙っているサラに向かって、ナオミが聞いた。
「いえ、あの記者、あのまま帰るつもりでしたら、ジーンと鉢合わせするのでは、と思いまして……」
答えて、サラが扉の鍵を閉めた。
そして記者である。
「凄い! これは特ダネ大スクープだぞ!」
ブツブツ呟きながら、記者は斡旋所に向かっていた。
とっとと町を去るため、護衛を探す算段である。
そんな記者の前に、現れた大男が一人。
「くそっ! やっぱ対人用の剣じゃあ、限界があるよなー……」
独り語ちる大男は、革鎧を着たハンターである。
背丈は190センチと高く、筋肉ムキムキな益荒男は、王都でも滅多に見かけない。
――ジーンである。
「やっぱり、射程が足りねーから、いっそのこと長柄武器にするか……。いや、それだとナオミと被るから、やっぱここは両手剣だよなー……って、あんた誰?」
記者の前まで来て、ジーンがその存在に気付いた。
「あの、えっと……私は」
ジーンに気圧されて、記者が言いよどむ。
「ああっ! あんたアレか!」
「へ?」
「今日家に来る予定の記者さんだろ?」
「あ、いえ、私はサラ様のお屋敷にお邪魔したのですが?」
ジーンが聞いて、記者が聞き返す。
その瞬間である。
ジーンの目つきが鋭くなった。
「おいっ!」
ジーンがガシッと、記者の両肩を掴む。
「ひいっ!」
記者が顔を引き攣つらせた。
「あのな――」
両手に力を込めて、ジーンが続けた。
「館はこの俺、ジーン・ファルコナーの家なの! あのクソ女はただの居候! 分かった?」
「え? あ、はい! ……って、貴方がジーン・ファルコナー様ですか! 痛てて……」
ジーンに答えながら、記者が顔を歪める。
「おっと! すまんすまん」
ジーンが力を抜いた。
「ところで、あんたこれから何処か行くの?」
「ええ、斡旋所へ向かおうかと」
「だったらちょうどいい!」
「へ?」
「今行って来たとこなんだけど、俺が案内してやるよ! インタビューとやらも、そこで聞いてやる」
「えっと、その――」
「いいからいいから! ついでに飯も奢ってやる!」
「いえ、私はこれから帰るところでして……って、痛たたたっ!」
ジーンに引き摺られて、記者は斡旋所へ向かった。
◇◇◇◇
そして斡旋所である。
テーブル席を陣取って、ジーンと記者が向かい合わせになっていた。
昼飯時を大きく回って、ハンターはあまり居ない。
残っているのは、カウンター奥のマリーと、チビデブノッポの三人組である。
「あんた、好き嫌いはあるか?」
葡萄酒を呷りながら、ジーンが聞いた。
「いいえ、特には。ところで……」
テーブルの上を見て、記者が口ごもる。
「これは一体?」
記者が指さしたのは、皿の料理である。
丸太のような肉の塊が、デンと盛られていた。
「それはアレだ。あのクソ女の名前に似た何とかってトカゲの……。確か、サラ――」
「ひょっとして、火蜥蜴ですか?」
ジーンの答えに、記者が被せる。
「確か、毒があるのでは?」
記者が仰け反る。
「肉は大丈夫なんだとよ。食べてみな。美味いから」
言いながら、ジーンが肉を切り取った。
「うん! 美味い!」
口に運んで、ジーンが笑みを浮かべる。
「……それでは、ちょっとだけ」
ジーンに続いて、記者が肉をかじる。
「これは!」
「な? 美味いだろ?」
舌鼓を打つ記者に、ジーンが微笑んだ。
「いやはや、驚きました」
口元を記者が拭った。
「だろ? で、俺に聞きたいことは?」
肉を頬張りながら、ジーンが話を振った。
「おっと! そうでした」
記者が姿勢を正す。
「ジーン様にお聞きしたいのは、世直し人になった経緯についてなのですが――」
「ああ、それ嘘」
記者の質問をジーンが遮った。
「へ?」
「あんなもん、嘘に決まってるだろ。俺は勘当されてるの! 適当にぶらついてたら、何故かそう呼ばれるようになったんだ」
「でも、王都ではその噂で持ち切りに……。政府も特に訂正しませんし」
「人の褌で相撲を取る腹積もりじゃねーの?」
「……」
「ついでに言っとくと、話もかなり盛られてるからな? 俺は竜を殺しちゃいねーし、勝手にどっか行っただけだ。盗賊殺しに関しては事実だけど、別に義憤に駆られた訳じゃねーよ」
目を丸くする記者を余所に、ジーンが黙々と食事を進めた。
…――…――…――…
そして、一カ月後の早朝である。
「ジーン! 届きましたよ!」
新聞を片手に、サラがジーンの寝室を開けた。
「うわっ! お前、ノックくらいしろよな!」
ジーンがベッドから跳ね起きた。
「それよりもこれ!」
「ああ、例の新聞か。わざわざ送ってきてくれたんだな」
頭を掻きながら、ジーンが紙面を開いた。
「どれどれ……」
自分たちの記事を探すジーンである。
「あれ? どこにもねーぞ?」
ジーンが首を傾げた。
「ここですよ。ここ!」
サラが一面を指し示す。
「ああ、こんなところに……って、小さいなおい!」
一面の片隅に、サラとジーンが載っていた。
だがしかし、問題は扱われ方である。
『直撃取材! 件の武勇伝は本当だった! 当社の記者がその真相に迫る! 記者「噂は間違いありません」』
これだけであった。
「一体どういうことだ? 俺、お前に言われた通り、正直に答えたぞ?」
疑問符を浮かべるジーン。
「あの記者が事実を伝えたのか、会社からストップがかかったのかは分かりませんが――」
薄ら笑いを浮かべて、サラが続ける。
「色々と面倒くさくなったのでしょうね。貴族の面子は、ひいては王室の面子ですし。波風を立てたくないのが本心でしょう。いやはや、これだからマスコミは……」
「そう言う割に、何で楽しそうなんだよ?」
呆れるサラに、ジーンが問いただす。
「だってそうでしょう!」
嬉しそうに、サラが答えた。
「これで私たちを追及する者はいない、と証明されたのですから」
「……なるほど。それが確かめたくて、取材を受けたのか」
微笑むサラに、ジーンが納得した。
館の庭にスズメが降り立ち、朝の到来を告げた。
サラとジーンの日々は、まだまだ続くのである。




