第七話 綱引きと戦い(後編)
◇◇◇◇
「ですが……」
ナオミの申し出を、サラが躊躇する。
「貴女は、この仕事に必要です」
サラの言い分は、もっともである。
ジーンには一歩及ばずとも、ナオミの腕力は極めて強い。
この綱引きに置いて、ナオミの役割は大きい。
「あー……、それなら大丈夫だぜ」
ジーンが割って入った。
「ナオミの抜けた穴くらい、俺達が埋めてやるよ」
「そうは言っても、貴方だけで二人分は無理でしょう?」
ジーンの主張を、サラが却下する。
「おいおい……」
呆れて、ジーンが続けた。
「ちゃんと『俺達』って言っただろ? お前も頑張るんだよ」
「……」
ジーンが言って、サラが眉を顰める。
「分かってるんだぜ? お前が陣頭指揮にかこつけて、サボっていることはよ」
「ちっ!」
ジーンに指摘され、サラが舌を打つ。
と同時に、全員の視線がサラに集まった。
「え?」
「おいおい」
「マジかよ」
「いや、俺は最初から気付いてたぜ」
非難の声を、サラが「エヘン!」と咳払いをして黙らせた。
「手伝うのはやぶさかではありませんが――」
縄を掴みながら、サラが続ける。
「私の細腕で、ナオミの代わりになるとは思えません」
縄を引っ張りながらの、サラの感想である。
「それなら大丈夫」
腰をグイっと落として、ジーンが言った。
「今からとっておきを使うから」
「は? とっておき?」
ジーンの発言に、サラが首を傾げた。
その直後である。
「ぬおぉぉぉぉっ!」
ジーンが雄たけびを上げた。
体中の筋肉が盛り上がり、血管が強く浮き上がる。
鎧が弾け飛び、上気のせいで、体が真っ赤になった。
「おおっ!」
「すげーっ!」
「なんてこった!」
「さすがは竜殺しだ!」
皆の感心は、ジーンの変容だけではない。
徐々にではあるが、地虫に勝り始めたのである。
「今だ! ナオミ、行けーっ!」
ナオミに発破をかけるジーン。
「はいっ!」
列から離れて、ナオミが駆け出した。
張り詰めた縄を伝って、ナオミは一直線に地虫へと向かった。
その手にはしっかりと、特大の薙刀が握られている。
だがしかし、あまり時間はない。
ナオミが抜けたせいで、再び地虫が優勢となっていた。
「はぁはぁ……。ここですね」
息を切らして、ナオミが地虫の胴体に迫った。
「よーし……」
ナオミが薙刀を振りかぶる。
狙う先は、地虫が地面から飛び出している付け根である。
「せいっ!」
裂帛の気合いと共に、ナオミが薙刀を打ち付けた。
だがしかし――。
「きゃっ!」
薙刀が弾かれ、たたらを踏むナオミ。
地虫の皮膚は、ナオミの想像をはるかに超えて堅い。
「くっ!」
歯を食いしばって、構え直すナオミ。
「すーっ……」
息を吸って、ナオミは集中力を高めた。
「もう一丁!」
薙刀が、再び振り下ろされる。
『ピギャァァァッ!』
地虫が悲鳴を上げた。
それと同時に、地虫の力が抜けて、全身が地表に露出する。
「やった!」
ナオミが喜んだのも束の間――。
『シャァァァッ!』
「きゃっ!」
地虫がのたうって、ナオミを弾き飛ばした。
◇◇◇◇
「ナオミ!」
縄から手を放して、サラが叫んだ。
「皆さん! 何をしているのです!」
隊商に向かって、サラが言った。
「地虫はもう露出しています! あとはタコ殴りですよ!」
「おうっ!」
「待ってました!」
「一番乗り!」
「お前ら、置いていくなよ!」
サラの指示に、全員が縄を放した。
「さあ皆さん! 今こそ稼ぎ時です!」
「うおーっ!」
「死に晒せ!」
「金貨10枚!」
「くたばれミミズ野郎!」
サラが焚き付けて、銘々が武器を取った。
我先にと争って、全員が地虫に向かって駆けて行く。
「ふむ……。やはり、アホ共を煽るのは簡単ですね」
隊商の背中を見送って、サラが零した。
「さて、私も……って、おや?」
サラが弾弓を握った時である。
「……」
無言のまま、ジーンが蹲っていた。
「ジーン! ほら、貴方も!」
「お、おう……」
サラが急かして、ジーンが両手剣を担いだ。
「さあ、行きますよ!」
ジーンを連れて、サラが意気揚々と駆け出した。
一方で、弾き飛ばされたナオミである。
「痛たた……」
ゴロゴロと転がりながら、ナオミが起き上がる。
薙刀を持ったままの、見事な受け身であった。
ジーンに鍛えられているだけあって、ナオミは既に一端の戦士と言えた。
「え?」
そんなナオミが顔を上げた時である。
ナオミの頭上に、影がさした。
「ひゃっ!」
ナオミを飲み込もうと、地虫の口が迫っていた。
「このっ!」
『シャアアアッ!』
咄嗟に薙刀を盾にして、地虫を防いだナオミである。
「ぐぬぬぬ……」
地虫の猛攻に、歯を食いしばるナオミ。
特大の薙刀が、ミシミシと音を立てて撓った。
これが普通の薙刀なら、とっくに折れていたかもしれない。
だがしかし、一流の職人が奉納用に作ったそれは、見事にこの圧力に耐えていた。
とは言え、地虫は巨大である。
膂力の差は如何ともし難い。
「も、もう駄目!」
ナオミが根を上げた、次の瞬間である。
『ピギャアアアッ!』
悲鳴を上げて、地虫がナオミから離れた。
「え? え?」
ナオミが周囲を見渡すと、そこにいるのは隊商の面々である。
「おりゃーっ!」
「喰らえっ!」
「うわ、キモ!」
「俺の金貨!」
皆が勝手に喚きながら、飛び道具を放っていた。
ある者は投石紐で石を投げ、またある者は弩を撃った。
変わったところでは、投槍器で槍を放つ者もいる。
「た、助かった……」
ヘナヘナと腰を下ろすナオミ。
「よく頑張りました」
「大丈夫か?」
サラとジーンが駆け付けた。
「あ、はい! ありがとうございます!」
ジーンを見て、ナオミの顔が綻んだ。
◇◇◇◇
「こ、これが地虫か……」
『シャーッ! シャーッ!』と猛り狂う地虫を見て、ジーンが言った。
「全長およそ20メートル。やはり、私の見立ては正しかったですね」
満足気なサラである。
「しかし、よくもまあ、こんなデカイ魔物が人知れず潜んでいたもんだな」
「ああ、それはですね――」
ジーンの疑問に、サラが続けた。
「彼らは変温動物なのですよ。要するに代謝が低い。ですから、粗食にも耐えられるし、結果として待ち伏せ特化型になる」
「変温動物って、トカゲとかヘビとかみたいな爬虫類のことか?」
「哺乳類だったら恒温かと言えば、そうでもないのですが、概ねその通りです。魔物にもきっちり、こういう分類は当てはまるのです」
「ふーん。変温動物ねぇ……」
サラの解説をBGMに、ジーンが地虫を見上げた。
「おい! そっちへ行ったぞ!」
「ぎゃーっ!」
「お助け―っ!」
「こっち来んな!」
『キシャァァァッ!』
群がる有象無象を諸ともせず、地虫が暴れ回る。
地虫の丈夫な皮は、武器をまったく寄せ付けていない。
「さっき、代謝が低いって言ったよな?」
「はい」
「ものすごく元気なんだが?」
「これだからアホは……」
ジーンの質問に、サラが呆れる。
「おいコラ――」
「よく考えて御覧なさい」
怒れるジーンを余所に、マイペースなサラである。
「今の季節は何ですか?」
「そんなの夏に決まって……って、ああ、そういうことか」
サラに促されて、ジーンが自己解決した。
季節柄、地虫の代謝は上がっている。
「それはそうと――」
蹴散らされる隊商を見て、サラが言った。
「私も、少しは手伝わないと」
言いながら、サラが弾弓を撃った。
弾かれた鋼球は見事に、地虫の頭を捉えた。
地虫がピタリと止まって、サラたちの方を振り返る。
「あれ?」
サラが首を傾げた。
「よし、今だ!」
「みんな逃げろ!」
「おーい! 待ってくれ!」
「早く来い! 置いていくぞ!」
これ幸いと、隊商が逃げ出した。
後に残されたのは、サラとジーン、それにナオミである。
「この馬鹿! 余計なことしやがって!」
焦りながら、ジーンが両手剣を抜いた。
鎌首をもたげたまま、地虫が三人に迫ってくる。
「あ、あわわ……」
泡を食いながらも、ナオミが薙刀を構えた。
「二人とも下がってろ。おい、サラ! コイツ、どうやって倒せばいい?」
ジーンの疑問は、地虫の弱点である。
隊商の攻撃を、地虫は悉く凌いでいた。
「頭と腹です! それ以外は、いくら貴方でも剣は通せません!」
「よーし、頭と腹だな……って、腹ってどっちだよ?」
サラの答えに、ジーンが聞き返す。
さもありなん、地虫の形状は概ね円柱形である。
「地面に付いている方! よく見れば、蛇腹状になっているところです!」
サラが言った矢先である。
『シャアアアッ!』
唸りを上げて、地虫がジーンに飛びかかる。
「うおぉぉぉっ!」
雄たけびを上げて、ジーンが剣を振った。
ジーンと地虫が交錯する。
ジーンの鎧が裂けて、血が辺りに飛び散った。
「くっ!」
顔を歪めて、ジーンが膝を地面に付ける。
「ジーン!」
「ジーンさん!」
サラとナオミが叫んだ。
しかしである。
『キイィィィッ……』
断末魔を上げて、地虫が身を横たえた。
地虫の口元から1メートルちょっとを、ジーンの剣が切り裂いていた。
血がドクドク溢れて、地虫は動かなくなった。




