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第六話 魔物と捜索(後編)

◇◇◇◇


「分かった」


 雰囲気に押されて、とうとう根負けしたジーンである。


「それで、どうやって退治するんだ?」


 ジーンが聞いた、その時である。


『ヒヒーン!』


 嘶いたのは、南部商業者連盟(ユニオン)の馬である。


「おい、待て。止まれ!」

『ブルルル……』


 御者の制止を聞かず、馬がジーンに歩み寄る。


「旦那すみません! こいつ、いきなり言う事を聞かなくなって……」

「いや、それは別にいいけどよ……って、あれ? お前ロシナンテじゃねーか! どうしてこんな所に?」


 謝る御者を余所に、ジーンが馬ことロシナンテの顔を撫でた。


「今気づいたのですか?」


 サラが呆れる。


「いや、何かデカイ馬がいるなーとは思ってたけどよ……」


 しどろもどろのジーン。


「まったく、注意力散漫甚だしいですね。まあ、それはそれとして――」


 ジーンを非難して、サラが続けた。


 ちなみに、ロシナンテが同道している理由もナオミと同じで、南部商業者連盟ユニオンが盟主ラシードの計らいであったりする。


「このロシナンテこそが、地虫(ワーム)退治の鍵なのです」


 自信満々に、サラが胸を張る。

 

「うん? どういうこと?」

「魚みたいに地虫(ワームを地中から釣り上げてしまいましょう。その際に、ロシナンテに手伝ってもらうのですよ」

「はい?」

「ちょっと! 誰か、鍵縄を持っていませんか?」


 ジーンを置いて、隊商キャラバンに呼びかけたサラである。


「あ、俺持ってるっス」


 旅人の一人が名乗りを上げた。


…――…――…――…


 ちなみに鍵縄とは、鉄製のフックが付いた縄である。

 崖や斜面を登るため、こうして持ち歩いてる旅人は多い。


…――…――…――…


「お借りしても?」

「どうぞ」


 サラの要求に、旅人が従った。


「それと……」


 言いながら、サラが隊商(キャラバン)を見回した。


「そこの貴方、荷物は何を?」


 サラが聞いたのは、商人でも南部商業者組合ユニオンの物でもない、第三者の馬車である。


「え? えーっと、ウチが運んでいるのは、主に食べ物ですね」

「ちょっと見せてください」


 第三者に向かって、サラが詰め寄った。


「おおっ! ハムの原木があるではないですか。丁度いい。これを下さい」

「いや、でも俺の権限で勝手に――」

「ちゃんと対価は払います」

「いや、でも――」

「トラブルになったら、雇い主には私が話をつけましょう」

「まあ、そういうことなら……」


 こうして、サラは一抱えもあるハムを買い取った。


「ひょっとして、それって餌か?」

「ええ」


 ジーンの質問に、サラが答える。


「えっ! 俺の鍵縄って釣り糸代わりっスか? ちゃんと戻ってくるんスよね? それ、結構高いんスよ」

「ナオミ、ちょっとこっちへ」

「あ、はい!」


 旅人を無視して、サラがナオミを呼んだ。



◇◇◇◇


 サラを先頭にして、再び移動を開始した隊商キャラバンである。

 そんなサラは、ナオミの肩に跨っていた。


「ふむ、さすがに視界が広いですね」


 遠眼鏡で、サラが地平を見渡した。


「いやはや、ナオミがいて助かりました。座り心地もちょうどいい。ぶっちぎりな背丈タッパはもちろんですが、筋肉まみれなジーンだと、こうはいきません」

「そうですか? えへへ……って、あれ? それ褒めてます?」


 サラが賞賛に、ナオミが照れた。


「なーなー」


 ジーンが声を上げた。


「何ですか?」


 遠眼鏡を放して、サラが聞く。


「このまま進んじまってもいいの?」

「と言いますと?」

「ほら、今まで見落とした場所がないかの確認とかさ」

「ああ、そのことですか」


 ジーンの意図を、サラが汲み取った。


「問題ありません」


 サラが断言した。


地虫ワームの巣は、およそ体格に比例します。20メートル級の個体でしたら、その巣は数キロメートル四方に広がっているでしょう」

「だったら、尚更戻らなきゃいけねーじゃん」

「まあまあ、話は最後まで聞きなさい」


 首を傾げるジーンを、サラが宥める。


地虫ワームは待ち伏せポイントを拵えてるとは、貴方も聞いたでしょう?」

「ああ、何かお前が言ってたような……」

「呑気に一カ所でジッとしているだけで、餌が手に入ると思います?」

「そう言われたら、何か違和感あるな」


 サラの問いに、ジーンが頷いた。

地虫ワームは振動に敏感なのです」


 サラの講釈は続く。


「彼らは常に神経を尖らせて、地表を把握しています。それで、獲物がポイントに差し掛かりそうになると――」

「先回りして駆け付ける?」


 サラの言葉に、ジーンが被せた。


「正解です」


 サラがニヤリとほくそ笑む。


「ってことはアレか? さっきからお前が探してるのは、その待ち伏せポイントってやつか?」

「それも正解です」


 察したジーンに、ご満悦のサラであった。


「さて……」


 言って、サラが再び遠眼鏡を覗いた時である。


「でもよー」


 水を差すジーン。


「……どうしました?」


 不機嫌そうに、サラが振り返る。


「だったら、さっきは危なかったよなー」

「何のことです?」


 ジーンの話題転換に、サラが眉をひそめた。


「いや、お前が小鬼ゴブリンった時のことよ」


 ジーンが続ける。


「脇道に逸れてたけど、あれって結構危なかったんじゃねーの?」

「……そうですね。地虫(ワーム)の存在を知っていれば、さすがの私も躊躇したでしょう」


 ジーンの指摘に、サラが同意した。


「ところで――」


 遠眼鏡を覗いて、サラが切り出した。


「うん? どうした?」

「さっきは意気揚々と、『2分だけは持ちこたえろ』とか何とか、ほざいていましたが……」

「お、おう……」

「貴方、地虫(ワーム)がいるって聞いて、顔を真っ青にしてましたよね?」

「そ、そうだな……」

「果たして、そんな貴方が助けに来てくれる確率は、如何ほどだったのでしょう?」

「……」


 サラの疑問に、ジーンは言葉を返せない。


 時間だけが無常に流れていった。

 日が照り付けて、草原の緑が映える。


「あの~」


 沈黙を破ったのはナオミである。


「どうしました?」

「ジーンさん、どっか行っちゃいました」

「え?」


 ナオミに言われて、サラが周囲を見渡した。

 果たして、ジーンは先頭から距離を取って、隊列に紛れていた。


「まったく、あのヘタレは……」


 呆れながら、サラが捜索に戻った。



◇◇◇◇


 それから約10分後。


「ストップ!」


 サラが叫んだ。


「わっ! は、はいっ!」


 慌てて、ナオミが止まった。


「おっと!」

「いきなり止まるなよ!」

「何だ何だ?」

「一体どうした?」


 後続がざわめく。


「ど、どうしたんです?」


 ナオミが聞いた。


「見つけました」


 言って、サラが遠眼鏡を放した。


「え? どこどこ?」


 ジーンがしゃしゃり出る。


「……」

「な、何だよ?」


 無言で見つめるサラに、ジーンがたじろいだ。


「いえ、別に」

「い、言っておくがな!」


 冷たいサラに、ジーンが取り繕う。


「さっきの話を引き摺ってるんだったら、俺はちゃんと事前に断っていただろ! 『正体不明な魔物だったら話は別だ』って」

「はいはい」


 ジーンの言い訳を、あしらうサラである。


「で、どこにあるって?」


 ジーンが聞く。


「……9時の方角、300メートル程先の地面です」


 言って、サラが遠眼鏡を渡した。


「どれどれ……」


 ジーンが遠眼鏡を覗く。

 だがしかし、ジーンの視界には、どこも同じにしか映らない。


「駄目だ! 全然分からねー」


 根を上げたジーン。


「よくご覧なさい」


 サラが遠くを指さした。


「ほら、あそこ。枯れ木の下です。少しだけ、土の色が違うでしょう?」

「うーん、言われてみればそうかも……」


 サラに言われて、渋々納得するジーンであった。


「それで、どうやって引きずり出す?」

「それはですね――」


 ジーンの質問に、サラが答えていく。


「まず、鍵縄をハムに結び付けます」

「ふむ」

「それをロシナンテの馬車と繋げます」

「何で馬車に? 直接ロシナンテと繋げればいいじゃん」

「引っ張り合いとか押し合いは、単純な力勝負ではありません。何よりも、重量が物を言うのです。貴方にも覚えがあるのでは?」

「あー……、確かに、角技レスリングでもデブは有利だな」


 サラの説明に、ジーンが頷いた。

 素手での格闘技において、体重は大きな武器である。


「ついでに重さを稼ぐため、馬車には武器の扱いに疎い者――非戦闘員に乗ってもらいましょう」

「俺たちは?」

「貴方みたいな戦闘要員には、ロシナンテを手伝ってもらいましょう。要するに、綱引きですね」

「他の馬を使わない理由は?」


…――…――…――…


 ジーンの理由はもっともである。

 ロシナンテ以外にも、隊商には(キャラバン)には二頭の馬が残っている。商人の馬と、食べ物を運んでいる第三者の馬である。


…――…――…――…


「理由は二つ。まず、いずれの馬車も一頭曳きなこと」


 言って、サラが続けた。


「そして、もう一つ。ロシナンテは訓練された軍馬です。体格も大きく、少々のことなら動じません。何よりも、行動が予測しやすいのは長所です」

「なるほどなー。ところで、肝心の餌は誰が置くんだ?」


 サラに同調しつつ、ジーンが聞いた。


「……」


 無言でジーンを見つめるサラである。


「え? もしかして……」


 言いながら、ジーンが自分を指さした。


「さっきの汚名返上のチャンスですよ」

「やっぱ俺かよ!」


 サラの指名に、ジーンが天を仰ぎ見た。


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