第六話 魔物と捜索(前編)
◇◇◇◇
「さすがは私謹製の猛毒。とても良く効きますね」
サラが投矢の威力を見届けた。
「さて……」
言って、最初に倒した小鬼に向かうサラである。
「うーん、一応は頭蓋骨の破壊に成功していますね」
しゃがみ込んで、死体を見分し始めたサラである。
「とは言え、あの至近距離ですら、この程度の陥没ですか……。人間より弱い小鬼相手でこれでは、今ひとつ威力不足は否めません。もう少し、改良が必要でしょう」
サラが落胆したのは、弾弓の威力である。
「おっと、弾を回収せねば」
サラが小鬼の頭蓋骨を穿ろうとした。
その時である。
「おや?」
サラが違和感を抱いた。
それもそのはず、小鬼の首には、キラリと光る物が巻いてある。
「金のネックレスではありませんか!」
声を上げて、サラがネックレスと取り外す。
「ひょっとして、他の連中も?」
興奮冷めやらないまま、サラが他の二匹を弄った。
「いやはや、大漁大漁!」
思わぬ収穫に、喜色満面のサラである。
果たして、仕留めた小鬼は全員、装飾品を持っていた。
金銀のネックレスや指輪はもちろん、果てはルビーやサファイアなどの宝石すら持ち運んでいたのである。
「赤字覚悟の旅でしたが、嬉しい誤算です。小鬼が人間から装飾品を奪うとは聞いていましたが、持っているのを見るのは始めてですね……って、おや?」
感慨深げに言って、サラが足下に目を落とす。
「これは!」
サラが摘み取ったのは、一輪の花であった――。
「ただいま戻りました」
再び丘を登って、サラがジーンのところへ帰った。
「お、おう。ご苦労さん」
答えるジーンの、トーンは低い。
「どうしましたか?」
訝るサラ。
「いやな、見事な仕事っぷりだと、褒めてやりたいんだけどよ――」
ジーンが続ける。
「お前、ハンター止めても、殺し屋で食っていけるんじゃねーの?」
手際の良いサラに、若干引き気味のジーンであった。
「まあ、その両者は実際似ていますからね……」
いけしゃあしゃあと、サラがのたまった。
…――…――…――…
サラの言うように、ハンターと殺し屋では、手口が似通っている。
遠戦を志向して、奇襲を是とする点である。
…――…――…――…
「おいおい……」
「冗談ですよ。はい、これ」
渋面のジーンに、サラが花を手渡した。
「花? 俺こんなもん愛でる趣味なんかねーけど?」
ジーンが首を傾げた。
「そうではなくて、問題は色です」
「色? ああ、うん。綺麗なピンク色だな……」
「少々季節外れですが、これはヤマアジサイという植物です。この花は土中の成分で色が変わるのですよ」
「ふ~ん」
サラの講釈に、ジーンは興味を示さない。
「ヤマアジサイのつける花は、普通青色なんですよね」
「へえ……。それで?」
「ピンク色に変わる時、それは地面に特定の魔物が潜んでいる場合です。それも、とびっきりヤバいやつが……」
「……え?」
サラの断言に、ジーンの顔色が変わった。
◇◇◇◇
「ヤ、ヤバいって……、どんな魔物?」
おずおずとジーンが聞いた。
「十中八九、地虫でしょうね」
「地虫って、俺らの鎧に使われてる、あの地虫?」
「はい」
「えーっと……」
サラに言われて、ジーンがさっき脱いだ鎧を持ち上げた。
「……ひょっとして、これくらい大きかったりする?」
鎧と比較して、ジーンが両腕で輪っかを作った。
その大きさから察すれば、概ね胴回り1・5メートルである。
「まあ、完全に成長すれば」
「そんなのが、この下を蠢いてるの?」
「はい」
「ひいっ!」
サラの言葉に、ジーンが顔を引きつらせる。
「あ、あぶ、危なっ!」
つま先立ちになるジーン。
「何をしているのですか?」
サラが聞く。
「い、いや、その……。出来るだけ地面から離れようとだな……」
顔を引きつらせて、ジーンが答えた。
「ひょっとして、地虫が自在に動けると思ってます?」
「そりゃそうだろ。こう地中を泳ぐように、モリモリ進んでるんじゃねーの?」
サラの問いに、ジーンが聞き返す。
「まさか」
首を横に振るサラ。
「いいですか。地虫という魔物はですね――」
サラの講釈が始まった。
…――…――…――…
地虫とは、その名の通り地中に住む虫のような魔物である。
ミミズのような細長い体をしているものの、体格は非常に大きく、最大で20メートルにもなる。
だがしかし、この地虫という魔物、決して地中を自由自在に掘り進める訳では無い。
地虫が穴を掘る速度は、人が歩くよりもさらに遅い。
長い年月をかけて、チマチマと巣穴を構築する――それが地虫のライフスタイルである。
狩りの方法も至極単純で、予め作っておいた地上への出入り口で獲物を待ち伏せておいて、一気に丸呑みにするに過ぎない。
とは言え、成長しきった地虫は、人間にとって十分脅威である。
…――…――…――…
「そういう訳で、そんなに慌てなくても大丈夫です」
「いやいやいや! ここが安全な保障がどこにある?」
サラが宥めるも、ジーンは意固地を崩さない。
「……これだからアホは」
「おいコラ」
呆れるサラに、凄んでみせるジーン。
「ここ最近、行方不明者の情報なんか出回っていましたか?」
「そういえば、聞いてねーな……」
「それに、おそらくですが、この地虫こそが火蜥蜴激減の下手人でしょう。地虫には、あれの毒は効かないのです。まず間違いない」
「だとしても、それとこれがどういう関係が?」
「要するにですね――」
サラとジーンの会話が続く。
「地虫は火蜥蜴の生息地に根を張っているのです。火蜥蜴は、主に草地とか岩場にいるでしょう? 街道にいる限り安全ですよ」
「あ、なるほどなー……」
サラの主張に、ジーンが得心した。
「でもよ、何で今になって現れたんだ?」
ジーンが首を傾げた。
これまでに何度も、サラ一行は火蜥蜴の生息地に足を踏み入れていた。
つい先日も、ナオミが火蜥蜴を狩ったばかりである。
今まで遭遇しなかったことは、奇跡に近い。
「……いえ、多分ですが、以前からいたのでしょう」
「うん? どういうこと?」
サラの推測に、ジーンは要領を得ない。
「今までは小さかったのが、成長したってことですよ。虫とか小動物を襲っている間は、誰も気に留めませんし」
「ああ、そういう……」
サラが噛み砕いて、ジーンが納得した。
「そこで、物は相談なのですが――」
サラが続ける。
「その地虫、是非とも仕留めてみたい」
「え?」
積極的なサラに、目を点にするジーンであった。
◇◇◇◇
「おいおい、マジかよ」
「マジです」
ジーンが狼狽して、サラが断言した。
「いや、でも、今そんなことをする必要がどこに……」
何とか話題を逸らそうと、必死になるジーン。
「いいですか、ジーン」
サラがジーンを見つめた。
「これはハンターとしての義務なのです」
「義務?」
サラの意見に、ジーンが首を傾げる。
「火蜥蜴を襲っているとなれば、それはもう途方もなく大きいはず。人食いになって、街道に触手を伸ばすのは時間の問題です。今のうちに片付けておけば、後々の為になるでしょう?」
「いや、人食いなら尚更行きたくないんだが……」
「それにですね!」
ジーンを無視して、サラが捲し立てる。
「そんな貴重な魔物、見逃さない手はありません!」
「結局、好奇心全開じゃねーか!」
目を輝かせるサラに、ジーンが突っ込んだ。
「冗談じゃねーぞ! これ以上、お前の趣味に付き合っていられるか……って、おいコラ! どこへ行く?」
憤るジーンを余所に、サラが元来た道を引き返す。
「どこって、隊商に報告ですよ。どちらにしても、決を採らねばなりませんし」
言って、さっさと歩くサラ。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
脱いだ鎧を着直して、ジーンがサラを追いかけた――。
「――という訳なのですが、皆さんどうします?」
隊商の面々を前に、サラが事情を話した。
「ほう、それは困ったのう……」
商人が眉をひそめた。
「でも、旅の最中だし……」
「わざわざ危険を冒す必要はねーよな」
「何のメリットも無いし」
「魔物退治って、俺やったことないぜ?」
今ひとつ気の進まない、その他大勢である。
そして、ジーンである。
「そうそう。危ない危ない。何か貰えるもんでもないしな!」
その他大勢に、賛同するジーンであった。
しかしである。
「メリットならありますよ」
サラが言葉を被せた。
「え?」
ジーンが目を点にする。
「例えばですね――」
ジーンを置き去りにして、サラが続けた。
「今回の地虫はかなり大きい。その巨体から採れる皮革は、それこそ大量でしょう。この中で、地虫の皮革の値段をご存知な方はいますか?」
サラが聞くも、答える者はいない。
「1平方メートル辺りで、およそ金貨10枚です」
「10枚って!」
「おいおい、マジかよ!」
「しばらく遊んで暮らせるじゃん!」
サラの発言に、全員が湧いた。
「そこで提案しますが――」
どよめく人間をなだめて、サラが続ける。
「討伐が成功した暁には、全員で山分けするというのはどうでしょう? なーに、私の指示に従っていただける限り、安全は保障します。分け前は、そうですね……。一人当たり、最低でも10枚……、いえ、15枚は確約できるでしょう」
「よしっ! 俺はやるぞ!」
「放っておくと、みんなが危ないしな!」
「この街道は、これからも使うんだし」
こうして、サラは隊商を焚き付けるのに成功した。




