第四話 お見合いと出立(後編)
◇◇◇◇
さらに三日後の朝である。
「ジーン、早く」
「分かった分かった」
サラに急かされて、ジーンが城門へと急いでいた。
日はまだ昇っておらず、周囲はかなり暗い。
オイルランプの街灯だけが、石畳をぼんやりと照らしていた。
「それにしても、こんなに早く出かけるもんか?」
歩きながら、ジーンが聞いた。
二人とも、いつもの革鎧に加えて、背中には背嚢を背負っている。
ジーンの荷物だけが妙に多いのは、もちろん気のせいではない。
「出来るだけ、魔物との接触を避けるためですよ。昼行性の魔物の方が、圧倒的に少ないのです」
「でも、今回は野営込みなんだろ?」
「だとしても、朝方に出た方が接触は減らせるでしょう?」
「ああ、なるほどなー」
サラの説明に、ジーンが納得した。
いよいよ、王都に向けての遠征が始まるのである。
「それにしても、お前さ」
「何です?」
「武器、それでいいの?」
「ああ、これのことですか」
ジーンが聞いて、サラが答えた。
果たして、ジーンの疑問はサラの得物である。
「大丈夫ですよ」
言って、サラが弾弓を掲げた。
「いや、でもそれ、豚巨人に全く効かなかったじゃん」
指摘するジーン。
「ちゃんと方法は考えていますよ」
ジーンの横に並んで、サラが懐から弾丸を取り出した。
「どうぞ」
「何だこれ? 石じゃねーな。金属か?」
サラから受け取って、ジーンがしげしげと眺めた。
「鋼球です」
「鋼球ってお前!」
サラの言葉に、ジーンが驚いた。
「思うに、堆積岩から削った弾は脆いのです。当たった瞬間に砕け散ってしまう。つまり、エネルギーが逃げている訳ですね。靭性のある鋼なら、その点大いに期待できます」
「俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな……」
サラの講釈に、ジーンが呆れた。
ジーンの指摘は、オーダーメイドで設えた鋼球の値段である。
「……まあ、いいや。でも、豚巨人はさすがに無理じゃね?」
サラへの指摘を早々に諦めて、ジーンが話題に乗った。
「実験した限りでは、人間の頭蓋骨くらいなら、簡単にめり込むでしょう。小鬼程度なら十分に渡りあえますよ。それに――」
続けて、サラが太腿のホルスターに手をやった。
「ちゃんと副武装を用意しています」
サラ取り出したのは、全長30センチほどの投矢である。
「何か心許なくねーか?」
投矢を受け取って、ジーンが聞いた。
「的中率には自信があります」
「それにしてもよー」
胸を張るサラに、不安を隠しきれないジーン。
そんなジーンが、矢尻に触れそうになった時である。
「あ、気をつけてください」
「何が?」
「矢尻に毒を仕込んであります。私が調合した、それはもう一撃必殺な強力なやつが――」
「うおっ!」
サラが言い終わる前に、ジーンが投矢を取り落とす。
「まったく、そのヘタレっぷり、いい加減どうにかしなさい」
投矢を拾って、サラが愚痴った。
「お、お前な――」
戦慄いて、ジーンが続ける。
「それ、冗談でも俺に投げるんじゃねーぞ!」
ジーンの脳裏に浮かんだのは、先日受けたサラの鬼畜な所業である。
◇◇◇◇
そうこうしている内に、城門前へ着いた二人であった。
門の前には、人々が沢山集まっていた。
そのいずれもが、これから猟に行くハンターや、王都を目指す商人たちである。
「あっ! サラさん、ジーンさん! こっちです!」
ブンブンと手を振って、ナオミが二人を出迎えた。
ナオミはいつもの牛頭人の革鎧を着て、特大の薙刀を担いでいた。
南部商業者連盟の荷物を守るため、雇われたナオミである。
だがしかし、サラとジーンに予定が重なったのは、ただの偶然ではない。
全てが、ラシードの粋な計らいであった。
「おはようございます」
「おはようさん」
「おはようございます! ところで、あの――」
挨拶もそこそこに、ナオミが切り出した。
「私とサラさんが、ジーンさんと結婚するって町の人から聞いたんですけど、どういうことですか?」
不思議そうにナオミが尋ねた。
「うん? この前、斡旋所で飲んだよな?」
ジーンが聞き返す。
「はい。でも、何か途中から記憶が曖昧で……」
腕を組んで、ナオミが頭を捻った。
「貴女、酒の勢いでジーンに告白したのですよ」
「えーっ!」
サラの暴露に、ナオミが声を上げる。
「やだもう! 恥ずかしい!」
羞恥のあまり、悶えるナオミである。
もっとも、傍目からは身長2メートル越えの牛頭人が、体をくねらせているようにしか見えない。
「あれ? 結婚って一人だけじゃあ? 何でサラさんが?」
「ああ、それはですね――」
ナオミの質問に、この国の結婚制度をおさらいしたサラである。
「でも、えっと……、それはつまり、サラさんもジーンさんのことが――」
「いいえ」
続けたナオミに、サラがピシャリと断言する。
「私の目論見は、あくまでファルコナー家とブラッドフォード家の合体です。今現在、絶賛上り調子なジーンなら、きっとそれを押し通せる」
「でも、お前の親父さんの意向はどうするんだ?」
サラの描く野望に、ジーンが横槍を入れた。
「あの継母がくたばった以上、あれはもう腑抜けです。元々保身しか考えない男ですから、私と貴方で言いくるめたら、嫌とは言えないでしょう」
「……お前の親父さんって、散々な評価だな」
辛辣なサラに、ジーンが呆れた。
そして、ナオミである。
「で、でも……」
今ひとつ、ナオミは納得がいかない。
「分かりますよ。一夫多妻制の是非でしょう?」
「は、はい」
「これはチャンスなのですよ」
及び腰のナオミを、サラが説き伏せる。
「ファルコナー家は領地を、ブラッドフォード家はジーンの名声を得ることができる。何でしたら、新しい家を興してもいい。そして何より—」
言って、サラが続けた。
「貴女にとって、これがジーンと結婚する唯一の方法になる」
「え?」
サラの言い分に、ナオミが目を剥いた。
「どういうことですか?」
喰い付くナオミである。
「ほぼ間違いなく、ジーンの士籍は復活している。だとすれば、貴賎婚は難しい。ここで提案なのですが、貴女、家の養子になりなさいな。戸籍上は私の義妹になりますから、姉妹型一夫多妻制ですね。こちらも、あまり一般的ではありませんが、身分上の障害よりは遥かに小さい」
「わ、分かりました」
サラの押しに、ナオミはコクコクと頷くだけであった。
その直後である。
「おーい」
ジーンが割って入った。
「さっきから好き勝手に決めてるけど、俺の意思は全くの無視か?」
抗議するジーンであるが、当然その効果は無かった――。
◇◇◇◇
東に日が昇った時である。
カランカランと合図の鐘が鳴って、城門が左右に開いていった。
真っ先にハンターたちが飛び出して、その後に他の旅人が続いた。
こういった場合、行き先を同じくする旅人は、自然と隊商を形成する。
そして、サラたちが所属した隊商である。
南部商業者連盟の馬車1台と、王都へと戻る商人の馬車2台を含んだ、総勢30名の大所帯であった。
徒歩で行く者は、商人たちの護衛か旅人である。
「む……」
ある護衛の一団を見て、サラが顔を顰めた。
「どうした?」
ジーンが聞いた。
「あれを見てください」
サラが指さしたのは、太った商人の馬車である。
穀物袋を満載したそれを、5名の護衛が守っていた。
そのいずれもが、鎖帷子や板金鎧で身を固めている。
「あー……」
サラの言わんとすることを、ジーンが察した。
…――…――…――…
およそ外界を行くにあたって、金属の鎧は悪手であった。
派手に音を立てるし、何より金気のせいで、魔物をおびき寄せやすい。
その上、重さのせいで、着用者の体力を奪ってしまう。
最適な防具は、魔物の皮を使った軽量な革鎧である。
…――…――…――…
「素人でしょうか?」
「いいや、それにしちゃあ、身のこなしだけはいい。多分だけど、人界の傭兵かなんかだろうな」
サラの問いに、ジーンが答えた。
「ちょっと行ってきますね」
サラが言って、商人に近寄った。
「もしもし」
「おや? どちら様かな?」
サラのあいさつに、笑顔で返す商人である。
「失礼。私は王都へ向かう途中のハンターです。やぶさかで申し訳ありませんが、どちらからおいでに?」
「おお、ハンターさんか! いやなに、わしは王都の商人じゃよ。南方へ行って、珍しい穀物を持って帰る最中なんじゃ」
サラの質問に、商人が答えた。
「そうですか。それにしても、強そうな護衛をお持ちで」
言って、サラが護衛を見渡した。
「そうじゃろう? 何せ南方へ赴くときも、魔物をしっかりと追い払ってくれた程じゃからのう」
「魔物を?」
「そうじゃ。確か、狼のような魔物じゃったのう……」
「へぇ……」
「これで帰りも安心じゃよ!」
「……それは頼もしい。あっ! 連れを待たせているので失礼します。お話、ありがとうございました」
商人との会話を打ち切って、サラがジーンの元へと戻った。
「どうだった?」
「少々まずいかもしれません」
ジーンの質問に、サラが答えた。
「彼らが追い払ったのは、おそらく魔狼でしょう」
「それのどこがいけないんだ?」
眉根を寄せるサラに、ジーンが首を傾げた、その時であった。
茂みから魔物が飛び出して、商人の馬車に飛び乗った。
「魔物だ!」
誰かが言って、場が騒然となった。




