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第九話 真相と謎(前編)

第一節


「いや~、それにしても災難だったよな」


 森を進みながら、ジーンが言った。


「いや、ホント助かりましたよ」


 ノッポが答える。


「ホントホント」

竜殺ドラゴンスレイヤーし様様だぜ」


 デブとチビが続いた。


「でもよ、何で木の上に隠れてたんだ?」

「それは、大芋虫クロウラーから隠れるためで……って、あれ?」


 ジーンに答えながら、ノッポが質問を理解した。

 

 人目を憚らず、大芋虫クロウラーは現れた。

 ナオミやジーンが触っても、一向に気にしなかった大芋虫クロウラーである。


大芋虫クロウラーは人を恐れませんよ。と言うよりも、怖い者知らずです。何せ天敵がほとんどいませんから」


 サラの補足である。


 頑丈な甲皮のお陰で、大芋虫クロウラーを食べる者は少ない。

 人間を例外とすれば、せいぜいドラゴンくらいである。

 そのドラゴンにしても、別段好んで食べる訳ではなかった。


「じゃあ、木に登らなくてもよかったじゃん……」


 デブが項垂れた。


「でも、勘違いのお陰で助かったんだろ!」

「そうそう」


 チビが言って、ノッポが続けた。


「あんなでっけー角に刺されたら、一貫の終わりだぜ」

「は?」


 ノッポの発言に、ジーンが足を止めた。


「え?」

「あれ?」


 サラとナオミもジーンに続いた。


「なあ、サラ」

「はい」

「あの人狼ウェアウルフに、角って有ったか?」

「有るわけないでしょう」

「……ナオミ」

「無かったと思います」

「ひょっとして、これって……」


 確認を終えて、三人に沈黙が流れた。


人狼ウェアウルフ? 何言ってるんですか?」


 ノッポが割って入る。


「俺たちが見たのは、二本の角が生えた魔物ですよ? 正体は分からず仕舞いですが……」

「――っ!」


 ノッポの言葉に、サラが絶句する。


「ジーン!」

「おう!」

「ナオミ!」

「は、はい!」


 サラの呼びかけに、ジーンとナオミが答えた。

 銘々が武器を構えて、周囲を警戒する。


「い、いきなりどうしたんです?」


 ノッポが聞いた。


「ジーンが斃したのは、人狼ウェアウルフなのですよ」

「えっ? それって……。ま、まさか……」

「はい」


 震え始めたノッポに向かって、サラが続けた。


「件の魔物は、まだ近くにいます」

「マジかよ!」

「嘘だろ!」


 デブとチビが戦慄いた。


「静かに!」


 サラの叱咤に、全員が静まった。


「とにかく、静かにしなさい。とっとと移動を開始しますよ。こちらの人数は六人ですし、私やジーンもいます。お忘れですか? このジーンは竜殺ドラゴンスレイヤーしですよ。どんな未知の魔物が来ても、何とかなります」

「ちょっと待て! それは言い過ぎ――」

「行きますよ!」


 抗議するジーンを無視して、サラが全員を引っ張っていった。



第二節


 結局のところ、サラ一行が魔物に出会うことはなかった。

 そうして無事に斡旋所へと帰った六人であるが、出迎えたのは質問攻めのマリーである。

 当然、争点は魔物の正体である。


「いや、マジで分からねーんだよ」


 ノッポの言葉である。


「泥まみれだったし、こっちも必死で、マジマジと見る余裕なんかなかったからな。ああ、そう言えば、ボロ布を着ていたかな?」

オーガじゃね? あいつら角生えてるし」

「バカ! オーガが毛むくじゃらなもんか。あれはきっと、伝説の悪魔デーモンか何かだぜ」

「いや、悪魔デーモンってコウモリみたいな羽があるんじゃなかったか? あれのシルエットは人の形だったぞ」

「じゃあ、角の生えた豚巨人オークとか……」

「そんなのいるもんか」


 言うことがバラバラの三人組である。

 たとえハンターであっても、魔物の全てに精通している訳ではない。

 ほとんどのハンターが、自分の活動圏の魔物しか知らなかった。

 

 ちなみに、悪魔デーモンと言う魔物は存在しない。あくまでも想像上の産物である。


「困りましたね……」


 サラにしても、お手上げであった。

 魔物学者であっても、あいまいな証言だけでは如何ともし難い。


「こんなことでしたら、現場を検証しておくべきでした」


 歯噛みするサラである。


 サラの実力であれば、足跡から正体を見極めるのは容易い。

 だがしかし、これは一概にサラのミスとは言えない。

 確かに、三人組の救出を急いだことと、大芋虫クロウラーに気を取られたのは事実である。

 そもそもの話、人狼ウェアウルフの仕業と思い込んだ時点で、現場検証はあり得ない。


「今から行っても手遅れでしょうし――」

「俺はぜってー行かねーからな!」


 サラに続けて、ジーンがすかさず言った。

 まだまだ、未知に挑むには時期尚早のジーンであった。

 もっとも、大芋虫クロウラーが歩きまくって、地面を荒らした後である。

 今更森へ取って返しても、足跡は消えている。


「だからと言って、捨て置けないね」


 言ったのはマリーである。


「討伐依頼は出さないのですか?」


 サラが聞く。


「簡単に言うけどね――」


 答えながら、マリーが続けた。


「諸々の手続きをちゃんとして、政府に認められないと、公的依頼は出せないんだよね。向こうから来る注文だと話は別なんけど、こっちから訴えただけじゃあ腰が重いんだよ。早くても数カ月、遅くなると半年は覚悟しないと」

「そんなにかかるのですか?」

「うん。アイツら基本的に辺境を見下してるからね。だから現実的に考えると、町の誰かに依頼を出してもらうのが一番いい」

「私が自主的に行ってもいいのですが、レポートがありますしね……」

「だったら、お嬢が依頼を出せば?」

「ああ、いい考えですね。それでいきましょう」


 マリーの提案に、サラが申し出た。


「依頼料は、ざっと金貨五枚だね」


 さりげなく、ふっかけるマリーである。

 庶民の年収が金貨十枚程なので、正にボッタくりであった。


「分かりました。それではさっそく――」

「ちょっと待て」


 引き受けようとしたサラを、ジーンが押し止めた。


「お前、今月は金欠じゃね?」

「あっ!」


 ジーンの指摘に、サラが顔を上げた。

 大枚をはたいて、牛頭人ミノタウロスもといナオミを買ったサラである。

 ジーンに寄生していることもあって、サラの金銭感覚は麻痺していた。


「金欠? お嬢が? それまたどうして?」


 疑問符を浮かべるマリーである。


「いやな、実はこいつ――ギャンッ!」


 口を滑らせかけたジーンを、サラが殴って黙らせた。


「いででで……」

 

 蹲るジーンは、クロスボウで顔面をシバかれていた。


「どうしたんだい?」


 マリーが聞いた。


「いえ、ちょっとハチが飛んでいたもので」

「ハチ? どこにもいないけど?」

「気のせいでした」

「そうかい? それで、またどうして金欠に?」

「高い専門書を買ったのですよ」


 場を取り繕うサラである。


「……なるほど。それにしても困ったね。誰か他に出せるやつはいないのかい?」


 言って、マリーが三人組を見た。


「俺たちは無理だぜ」

「そうそう」

「基本貧乏人だし」


 拒絶する三人組である。


「いるじゃないですか」


 サラが割って入った。


「ここに、成金が一人」

「え?」


 サラに指名され、ジーンが顔を上げた。



第三節


 それから一週間後の朝である。


「おいおい、この依頼って――」

「おお! お前も見たか」

「あのジーン・ファルコナーのだろ?」


 ハンターが集まって、斡旋所は賑わいを見せていた。


『急募! 二本の角を持った未知の魔物出現! 捕獲求む(生死問わず)。依頼は何人でも受領可。ただし早い者勝ち。報酬金貨二十枚』と張り出されたのは、ジーンの依頼書である。

 

 サラを出し抜いたつもりのマリーであったが、その目論見は脆くも崩れ去った。

 人狼ウェアウルフ討伐と三人組救出の報酬で相殺されて、それなりの価格に収まったのである。


竜殺ドラゴンスレイヤーしって言えば、ついこの間、人狼ウェアウルフも仕留めたんだってな」

「それも素手で絞殺したって話だぜ」

「おいおい、冗談だろ?」

「いやいや、別におかしくはないだろうよ」


 ハンターたちの会話が続く。


「そもそも竜殺ドラゴンスレイヤーしだぞ。俺たちの出来ないことをやってのける。それが英雄ってもんよ」

「……一理あるな」

「でもよ、ジーンって言ったら……」

「……ああ」


 ハンターたちが遠い目をした。


「まあ、何とかと天才は紙一重って言うしな」

「だな」


 納得して、わらわらと依頼書に手を伸ばす、ハンターたちであった。



 一方で、話題の人ジーンである。


「オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ!」


 自室を閉め切って、ジーナは呪文を唱えていた。


「ノウマク・サマンダ・バザラダン・カン!」


 ジーンの呪文は続く。


「祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え!」


 目が血走っているジーンであった。


「天にましますわれらが父よ! 我を救いたまえ! エ〇イムエッサイム・エ〇イムエッサイム!」


 呪文はもちろん、その恰好も滅茶苦茶である。

 護摩を焚き、白装束を着て、首には数珠をジャラジャラ巻いている。

 挙句には藁人形を握りしめ、頭にロウソク付の鉄輪をはめたジーンである。


「ジーン、ちょっといいですか」


 扉を開けて、サラが入って来た。


「……って、まだやってたのですか?」

「お前がやれって言ったんじゃん!」

「いえ、まあ、確かにそうですが……」


 ジーンの反論に、サラは頭を抱えた。


…――…――…――…


 事の発端はジーンの手傷である。

 件の病気を、ジーンは酷く気にしていた。


「なあ、本当に大丈夫なのか?」


 不安げに、サラに聞いたジーン。


「しつこいですね。唾液が入らなかった以上、大丈夫ですよ」

「発症ってことは、時間差があるんだよな」

「ええ」

「期間は?」

「大体一カ月と考えていいかと」

「俺に出来ることは?」

「……祈りなさい」


 こうなると、ジーンの行動は早い。

 ジーンは町中の呪術師や霊能者を、片っ端から訪ねていった。

 そして出来上がったのが、古今東西の教えが混じった、奇妙な祈祷である。

 もちろん、変な壷や像を買わされていたりもするが、ジーンは一向に気にしない。

 ヘタレの成せる所業であるが、その奇行は既に町の噂となっている。


…――…――…――…


「分かったら、とっとと出ていけ。俺はお祈りに忙しいんだ」

「はいはい」


 そして、部屋を追い出されたサラである。


「さてと、どうしたものでしょうか……」


 サラが後ろ手に、扉を閉めた時である。


「あの~……」


 メイド姿のナオミが現れた。

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