第八話 激闘とその後(後編)
◇◇◇◇
声に誘われて、移動を開始した三人である。
「この辺りなんだがな……」
ジーンが言って、「よいしょっ!」と薮を切り開く。
「ほう……」
「うわぁ……」
サラとナオミが声を上げた。
果たして、そこは開けた場所になっていた。
一本の巨木がそびえ立って、周囲の植物を圧倒している。
根っこの周辺は苔むしていて、幻想的なキノコが沢山生えていた。
木漏れ日が差して、空間がキラキラと輝いている。
見ようによっては神秘的でもあり、美しい光景と言えた。
「おーい!」
「ここだここだ!」
「上だよ。う・え!」
声の主は、木の上にいた。
枝に跨っているのは三人組の面々である。
「……って、ジーンの兄貴じゃねーですか!」
驚いたのは三人組のリーダー、弓手のノッポであった。
「え? ホント? あ、サラお嬢じゃん。隣のデカイのは誰だ?」
「噂のメイドさんじゃね?」
ノッポに続いて、投槍使いのデブと、追跡者のチビが言った。
最初の内は、ジーンを軽んじていた三人組である。
もっとも、武勇伝を打ち立てた今、ジーンのヒエラルキーは高い。
素性が知られたとなっては、尚のことである。
そういう訳で、ジーンに対しては敬語を使うノッポであった。
「お三方とも、大丈夫ですか?」
サラが声を張った。
「大丈夫大丈夫!」
「ちょっと腹が減ってるけどな!」
「ついでに言うと、喉も乾いた!」
次々に答える三人組である。
「よくぞ生きていてくれました! 捜索願いが出てますよ!」
「よかった!」
「もう見捨てられたのかと……」
「助かった!」
サラの発言に、三人が湧いた。
「おめー、死んでるって決めつけて――ぐふっ!」
ジーンが茶々を入れるも、サラにわき腹を殴られる。
「ゲホッ! ところで――」
呼吸を整えて、ジーンが続ける。
「お前ら、そんなところに登って、どうしたんだ?」
ジーンが聞いた。
「ヤベー魔物に追いかけられたんですよ!」
「そうそう!」
「死ぬかと思った!」
三人の答えに、サラとジーンが顔を見合わせた。
「それなら、もう大丈夫ですよ!」
サラが呼びかける。
「どうして?」
「あれ、マジヤバかったって!」
「怖くて降りられねーよ!」
喚く三人組に向かって、ジーンがニヤリとほほ笑んだ。
「俺がやっつけた!」
言って、力瘤を見せるジーン。
「マジかよ!」
「すげー!」
「さすがは、竜殺し様だ!」
三人組が再び湧いた。
「分かったら、さっさと降りて来いよ! 町へ帰ろうぜ!」
「へい! ただいま!」
「合点承知!」
「やっと帰れる!」
ジーンに促され、三人組が順繰りに木を降りて来た。
◇◇◇◇
「ああ、久しぶりの地面だ……」
「ずっと枝の上だったからな」
「揺れてないと、逆に気持ち悪いぜ」
三人組が次々に言った。
「ほらよ」
携帯食料と水筒を、ジーンが差し出した。
「ありがてぇ!」
「飯だ飯だ!」
「それよりも水だろ!」
三人組がむさぼった。
「貴方たち、いつからあんなところに?」
サラが聞く。
「いつからって言うと、三日前からかな?」
頬を膨らませながら、ノッポが答えた。
「それだと、ほとんど初日からではないですか」
「うん」
「よろしければ、何があったか話してください」
「いいよ。俺たちの目的は、大芋虫なんだ」
「大芋虫ですか。それはまた珍しい」
「だろ? 前に痕跡を見つけたんだ。ずっと狙ってた訳よ」
サラとノッポの会話に、花が咲いた時である。
「なーなー」
サラの服をジーンが引っ張った。
「大芋虫って?」
首を傾げるジーンである。
「ジーン……」
「兄貴……」
呆れるサラとノッポであった。
「し、仕方ねーだろ!」
顔を赤くして、ジーンが声を荒げる。
「俺ってハンターとしては、まだペーペーなんだぜ。知らねーことの方が多くても仕方ねーだろ!」
「ペーペーの自覚があるなら、ちゃんと勉強なさい」
「お前、人に家事雑事を押し付けておいて――」
白熱するサラとジーンを、ノッポが「まあまあ」となだめた
「兄貴、大芋虫っていうのは、巨大な芋虫みたいな魔物なんです」
「芋虫? そんなの獲って、どうするんだ?」
「えっと、それはですね――」
ノッポとジーンの会話が、脇に逸れた時である。
「そんなことよりも!」
サラが割って入った。
「状況を教えてください」
「あ、ああ」
サラに促され、ノッポが経緯を語っていく。
「大芋虫の行動パターンが分かったんで、ここに罠を張ったんだ」
「ああ、キノコですね」
ノッポの言い分にサラが納得した。
「キノコ?」
「ええ、大芋虫の大好物ですよ」
ジーンの疑問にサラが答えた。
「それで、身を隠して木の上に隠れていたら、あの毛むくじゃらが来たんだ」
言って、ノッポが指さした。
その先には、バラバラになった木片が散らばっていた。
箱罠の残骸である。
「もう、ホント凄かったんだぜ」
デブが言った。
「罠を叩き壊したらと思ったら、上にいる俺らに気付いてよ……。もう、しっちゃかめっちゃかに木を殴りつけやがんの」
木を指さして、チビが続けた。
幹は抉れて、ボコボコである。
「ご無事で何よりでした」
サラが喋った、その時であった。
茂みの奥から、ガサガサと音がした。
「うおっ!」
ジーンが驚いて、剣を抜こうとする。
「何だ?」
「どうしたどうした?」
「まさか、あいつが……」
腰が引けた三人組である。
「ジーンが斃したから大丈夫ですよ」
なだめるサラであるが、きちんとクロスボウを構えている。
「な、何か出てきました……」
ナオミが茂みを指さした。
果たして、ヒョッコリ顔を出したのは、全長二メートルほどの芋虫であった。
◇◇◇◇
「おやおや」
サラが言って、弩を下ろした。
「やっとお出ましですか」
「なあ、あれって……」
「ええ」
及び腰のジーンに、サラが答えた。
「大芋虫ですよ。しかも最大級の個体です」
「ちくしょー!」
「今更かよ!」
「なんてこった!」
サラの発言に、三人組が地団駄を踏んだ。
…――…――…――…
大芋虫は芋虫の魔物である。
平均的な大きさは一メートル半くらいで、形はアゲハチョウの幼虫に似ていて、腹には沢山の足が生えていた。
ちなみに幼虫に似ているものの、成長して蝶になったり、蛾になったりはしない。
この姿で、最初から完成形である。
見た目のおぞましさに反して、大芋虫は植物しか食べない。
だがしかし、侮ってはいけない。
植物質であれば、大芋虫は何でも食べ尽くす。
農作物はおろか、時には建材でさえ、その犠牲となった。
とは言え、大芋虫の足は遅い。
全速で動いても、人間が歩くよりも劣っていた。
ちゃんと対策を立てれば、恐れることはない――それが大芋虫である。
…――…――…――…
「――とまあ、これが大芋虫の特徴ですね」
「おいおい、ちょっと待てよ」
サラの説明に、ジーンが口を挟んだ。
「こいつら、わざわざ獲りに来たんだろ? 何でまた?」
「大芋虫はとても価値が高いのですよ」
ジーンの質問に、サラが答える。
「まず硬い甲皮です。これが非常に頑丈で、一級品の鎧になります。場合によれば、竜鱗よりも高かったりします」
「硬い? 芋虫なのに?」
ジーンの頭では、あくまでプニプニの幼虫である。
「……ちょうど生きた教材がいますね。触ってご覧なさい」
我関せずキノコを食べ出した大芋虫を見て、サラが促した。
「え、それはちょっと……」
「あ、でもこの子、意外と大人しいですよ」
躊躇するジーンに対して、ナオミが大芋虫に手を触れた。
「じゃあ、ちょっとだけ……」
ナオミに続いて、ジーンが触った。
「ああ、なるほど。こうなっているのか」
得心するジーンである。
クロウラーの表面は、輪っか状の装甲板が、無数に繋がった構造であった。
「お分かりですか。大芋虫は、構造的にはヤスデやムカデに近いのです。ちなみにですが、この装甲板を蠕動させて、大芋虫はようやく歩くことができます。外骨格である以上、足だけで進むのには限界がありますから」
「どういうことだ?」
「外骨格の生き物は、大きくなると動きが鈍くなります。限界を超えると、自重で潰れかねない。何故だかわかりますか?」
ジーンの質問に、質問で返すサラである。
「う~ん……」
「えーっと……」
「駄目だ」
「分からねー」
ジーンと三人組が根を上げた。
「あの~……」
おずおずとナオミが手を上げた。
「どうぞ」
「筋肉の量ではないでしょうか? 骨が内側にあったら、いくらでも太くなれますから……」
「正解です!」
見事言い当てたナオミである。
「解体してよし、食べてよし、もっと言えば飼ってよし。大芋虫には、およそ捨てるところはありません」
「……百歩譲って、食うまでは分かるけどよ。これって飼う物なの?」
胸を張るサラに、ジーンが聞いた。
「ペットとして好事家に需要があるのも事実ですが、庭の芝刈りや雑草取りに使うことがあります。さながら、生きた芝刈り機ですね。ですから、生きたまま捕獲するのが一番いい」
「……なるほどな」
サラの説明に、ジーンが納得した。
「で、これどうすんの?」
大芋虫を触りながら、ジーンが聞いた。
「それはお三方次第ですが……」
サラが言って、ノッポに向いた。
「……いや、もういいよ」
首を横に振るノッポ。
「罠も壊れて持ち運び出来ねーし、解体するにしても、疲労がでかすぎる」
「何なら手伝いますが?」
「……いや、いい」
サラの申し出を、ノッポが断った。
「分かりました。では、さっさとお暇しましょう」
サラに促され、皆が帰り支度を始めた。
全員が去った後には、大芋虫だけが黙々と、キノコを食んでいた。




