第七話 初猟と負傷(後編)
◇◇◇◇
再びジーンの館である。
「ただいま帰りました」
サラが言って、扉を開けた。
「お、おかえりなさい」
おっかなびっくりで、ナオミが出迎える。
そんなナオミは今、メイドの姿で床掃除をしていた。
ちゃんと役割を考えてやれば、ナオミは有能であった。
具体的には大まかな掃除や、荷物運びといった力仕事である。
「そんなシケタ仕事、よく我慢できますね」とはサラの言葉であるが、ジーンに言わせれば「おめーの百万倍役に立ってるよ」である。
「ただいま」
サラに続いて、ジーンが入って来た。
家主の癖にサラに続くあたりに、二人の力関係が見て取れた。
「おかえりなさい!」
露骨に笑顔になったナオミである。
「お、仕事頑張ってるのか。えらいえらい」
「てへへへ……」
ジーンに頭をなでられて、ナオミはご満悦であった。
もっとも、ジーンは背伸びをしていたので、傍から見れば滑稽である。
「それはそうと、今日はお客がいるんだ」
「え? お客様ですか?」
「会っても大丈夫かな?」
「あ、はい」
日が経つにつれて、ナオミの対人恐怖症は、随分マシになっていた。
ジーンの魔物恐怖症とは雲泥の差である。
「分かった。おーい! 入ってくれ!」
外に向かって、ジーンが呼びかける。
「はいよ」
言って、マリーが入って来た。
「おお! 凄いね!」
ナオミを見て、マリーがはしゃぐ。
「あんた本当にデカイね! これなら大型の魔物専門でやっていけそうだ!」
「えっと……」
たじたじのナオミである。
そして、その表情は少し暗い。
「おいおい」
ジーンが割って入る。
「本人が気にしてること、あまり言ってやるなよなー」
ナオミをかばうジーン。
「あ……、ゴメンよ」
「意外ですね。貴方が他人の肩を持つなんて」
マリーが謝る一方で、サラの指摘である。
「俺にも覚えがあるんだよなー」
言って、ジーンが続けた。
「俺も随分と『殺人鬼』だの『決闘マニア』だの言われて、随分と傷ついたんだよ」
「それは自業自得です」
サラとジーンの掛け合いが終わった時である。
「ごめんくださいやし。お届け物です」
訪問者が現れた。
「はいはい……って、あんたか」
ジーンが扉を開けると、そこにいたのは武器屋である。
「ご注文の品、お届けに上がりました」
「こりゃどうも」
「ここにサインを……。へい、結構です。それじゃ、私はこれで」
「ご苦労さん」
武器屋が持ってきたのは、木箱である。
「おーい!」
館内に引き返し、ジーンが木箱を掲げた。
「ナオミの鎧、届いたぞー!」
果たして、箱の中身はサラが注文した、ナオミの革鎧である。
「早速試着してみましょう。ナオミ、ちょっとこっちへ」
「は、はい」
サラがナオミを別室へ引っ張った。
…――…――…――…
そして、十分ほど経った頃である。
「い、いかがでしょうか?」
ジーンとマリーの前に、ナオミが現れた。
「おおっ! 似合ってるじゃん!」
「うん、私もそう思う」
賛辞を贈る、ジーンとマリーである。
「あ、ありがとうございます」
照れながら言うナオミは、鎧姿であった。
鎧の構成は、基本的にサラやジーンと同じである。
皮革を使った胴鎧と、篭手に脛当てである。
「普通の牛皮なので、少し防御に難がありますが……」
「あれ? 俺たちの鎧って牛じゃなかったの?」
サラの懸念に、ジーンが口を挟んだ。
「私たちのは地虫の皮ですよ」
「地虫?」
「地中に潜んでいる、ミミズのお化けみたいな魔物です。人を呑み込むほど巨大で危険ですが、地中に住んでいる分、その皮は分厚く頑丈です。肉も大変美味しく、有用性が非常に高い」
「……そんなゲテモノ着せられてたのかよ」
「では、明日の行動予定ですが――」
青い顔のジーンを置いて、サラが明日の予定を語った。
「え、早速ですか?」
「さあさあ、あんたのハンター登録をここでしちまうよ!」
戸惑うナオミを置いて、マリーが帳面を取り出した――。
◇◇◇◇
翌日の朝である。
「何か久しぶりですね」
「だなー」
眼前の光景に、感慨深いサラとジーンであった。
二人とも、鎧姿の完全武装である。
相変わらずサラは弩を持って、ジーンは剣を佩いていた。
そんな二人がいるのは、城壁の外である。
城壁を出たばかりのそこには草原が広がっていて、森へと続く道が伸びていた。
空には雲一つなく、外界探索には打って付けの快晴であった。
人里に近いこともあって、ちょっと見るだけでは、魔物のいない平和な世界である。
だがしかし、侮ってはいけない。
こんな場所でも、夜ともなれば超絶危険地帯となる。
町周辺の草原は、魔狼が跋扈し、火蜥蜴がうろつき回る地獄絵図であった。
…――…――…――…
火蜥蜴とは蜥蜴の魔物である。
全長五メートル程の彼らは、皮膚と牙に毒腺を持っていて、敵と出会うとこれで応戦する。
夜行性の火蜥蜴は当然のように肉食で、一度獲物を見つければ執拗にを付け狙った。
よしんば獲物が難を逃れても、この毒液に触れることがまずい。
強烈な熱傷を負わせる神経毒は、徐々に獲物の体力を奪っていく。
そんな獲物を、火蜥蜴は臭いを辿って、延々と追いかけるのである。
ちなみに、このお零れをちゃっかり頂くのが魔狼であった。
狼型の魔物である魔狼は、その持久力はもちろんとして、足も馬以上に速い。
魔狼は火蜥蜴の追跡劇に割り込んで、獲物をかっさらってしまうのである。
とは言え、火蜥蜴も負けてはいない。
全身の毒のお陰で、火蜥蜴は魔狼に捕食されない。
そんな自分の利点を、火蜥蜴は最大限に活かしていた。
魔狼の巣を急襲して、子供を食べるのである。
魔狼もタテガミに毒針を持ってはいるが、それは成体になってからのことである。
正に骨肉の争い――これこそが外界の醍醐味であった。
…――…――…――…
もっとも、サラとジーンにとって、久しぶりの外界である。
サラはレポートに追われているし、せっかく竜殺しになったジーンに至っては、御三どんにてんてこ舞いであった。
「うわぁ……。綺麗ですね」
サラとジーンに続いて、ナオミが言った。
森育ちのナオミにとって、開けた場所は新鮮である。
そんなナオミもまた、鎧姿に加えて、愛用の薙刀を担いでいた。
「ここから北へ行くと、この町みたいな飛び地が幾つかあって、さらに北上すると王都があります。ちなみに西へ行けば私の実家――ブラッドフォード男爵領、南へ行けば、比較的早く南部商業者組合に着きますね」
「へぇ……。世界って、とっても広いんですね」
サラの説明に、ナオミは感慨深げであった。
「さてと――」
サラが話題を変えた。
「出発前に確認しておきますが、今回はあくまでナオミの肩慣らしです」
言って、サラが続けた。
「武装したまま、どれくらい体力を温存できるか、ただその確認です。けっして無理はしないように」
「依頼はどうするんだ?」
「まあ、遺品回収は出来たらで構いません」
「うーん……」
サラの言い分に、難色を示すジーンである。
「何か不平でも?」
サラが聞いた。
「いやね、もう死んでるって決めつけてるのが、いかにもお前らしいなーって……」
「ぶつくさ言ってないで、さっさと行きますよ」
ジーンを無視して、サラが歩き出す。
「おい、待てよ!」
「ま、待ってください!」
サラの背中を、ジーンとナオミが追いかけた。
◇◇◇◇
街道を外れて、森を進む三人である。
先頭にサラが立って、ナオミとジーンの順で続いていた。
「ナオミ、大丈夫ですか?」
サラがナオミを気遣った。
「はい! 大丈夫です!」
ナオミの声は明るい。
「上等です。さて――」
ナオミを褒めて、サラが足を止めた。
「ふむ、情報によると、この辺りなのですが……」
地図を見ながら、サラが周囲を調べる。
地図に記されているのは、三人組の行方不明地点であった。
「ところで、あの――」
ナオミが切り出した。
「どうしました?」
サラが顔を上げた。
「何かおかしくないですか?」
「何かとは?」
「森が静かすぎます」
「えっ!」
ナオミの指摘に、サラが顔色を変えた。
「……本当ですね」
ナオミの言う通りであった。
森は静かで、鳥の声一つ聞こえない。
外界であっても、旧生物はしっかり混在している。
魔物が減ったにしても、生物全てが消えるのは異常である。
真っ先に気付く辺り、ナオミの洞察力は抜きん出ていた。
「さすがは外界育ちですね……って、ジーン、どうしました?」
サラが気付いたのは、ジーンの変化である。
渋い顔のまま、ジーンは剣の柄を握っている。
「……気を付けろ。何かに見られてるぞ」
「えっ!」
「ひっ!」
ジーンの忠告で、緊張が走った。
サラがクロスボウを構え、ナオミが薙刀を握った。
相変わらず、森はシンと静まり返っている。
一瞬だけ風が吹いて、木々がざわめいた。
その時である。
「あぶねーっ!」
ジーンが左手でナオミを突き飛ばした。
「きゃっ!」
ナオミが尻もちをつくと同時に、茂みから魔物が飛び出した。
人間大の魔物が、ジーンの左手に喰らい付く。
位置的には、さっきまでナオミの首があった箇所である。
「人狼! こんな南に!」
クロスボウを向けながら、サラは驚きを隠せない。
魔物の正体は、狼の頭をした獣人――人狼であった。
『グルルル……』
唸りながら、人狼が顎に力を込めた。
「くっ――!」
ジーンの顔が苦痛に歪む。
「ジーン!」
「ジーンさん!」
サラとナオミの声が、悲痛に木霊した。
次話は本日20時です。




