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第六話 論戦と帰結(後編)

第一節


「おかしいだろ!」


 ジーンがいきり立つ。


「あの時俺は剣を使って……じゃない! 持ってなかったはずだぜ」

「え?」


 ジーンの指摘に、ラシードが顔色を変えた。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 言って、ラシードが出入管理記録を捲った。

 果たして、そこにはジーンが丸腰である記載があった。


「『時刻:十四時 外出者:ジーン・ファルコナー(騎乗) 備考:非武装』って、本当ですね……」


 記載事項をラシードが読み上げた。


「だろ?」


 胸を張ったジーンである。


「わざわざそんな記録見なくても、あちこちに証人がいると思うぞ」


 ジーンの言った通りである。

 商人を襲った時、ジーンは丸腰であった。

 相手の槍を奪って戦ったのである。

 いつものように、麻のシャツとズボンのまま、ジーンは馬を飛ばしていた。

 その姿は門を守る番兵だけでなく、町の大勢が覚えている。

 もっとも、そのジーンにしても、最初から証拠隠滅を謀ったのではない。

 単に速度を優先させただけである。


「……ふむ」


 ラシードが出入管理記録を閉じた。

 そのまま眉根を寄せたラシードであったが、すぐに元のアルカイックスマイルを取り戻す。


「これは一体どういうことでしょう?」


 ラシードが向き直ったのは、ジルである。


「へ?」

「いやはや、まったく困ったものです」


 呆気に取られるジルを置いて、ラシードが続けた。


「よもや雇い主を謀るとは。これ、一歩間違えれば王国内で内紛が起こりますよ。はてさて、この罪どう償うおつもりなんです?」

「なっ!」

「大方、貴方が彼らをどうにかしたのでしょう。それを他領の要人に擦り付けるとは。恥さらしにも程がある!」

「そ、そんな。あっしは旦那の言うままに……」


 ラシードの言葉に、ジルが狼狽える。


「う、裏切りやがったな!」


 言って、部屋から逃げ出そうとしたジル。

 

 だがしかし、ラシードがそれを許さない。

 ジルが背中を向けた瞬間である。


「させません」


 ラシードが言って、スクッと立ち上がる。


「サラ!」


 ジーンがサラの襟首を引っ張った。

 その直後である。

 抜く手も見せず、ラシードがジルを斬り付けた。


「ギャッ!」


 背中を斜めに斬られて、ジルが倒れ伏す。

 血しぶきが飛んで、壁と天井を赤に染めた。


「ヒィーッ!」


 頭から血を浴びて、代官が腰を抜かす。

 

 一方でジルである。

 大量の血を一気に失って、ジルは事切れていた。


「……ふう」


 息を吐いて、ラシードが剣を収めた。


「いやはや、見苦しい物をお見せしました。死体と血はこちらで片付けます」


 サラとジーンに向かって、ラシードが頭を下げた。


「おいおい」


 サラを後ろに庇って、ジーンが言った。


「さっき嗜み程度って言わなかったか?」



第二節


 ラシードが部下を呼んで、死体を片付けた後である。

 もっとも、血糊の掃除は後回しなので、部屋はツンと鉄臭い。

 代官に至っては、血塗れのまま呆けている。


「本当に申し訳ない」


 ラシードが頭を下げた。


「全てあの者の虚言でした。私の管理不行き届きです」

「……いえ」

 

 謝罪するラシードの向かいに、サラが腰を下ろした。


「いや、もう本当に何とお詫びしたらいいか……」

「ほほう」

 

 汗を拭うラシードを見て、サラの目が光った。


「そういうことでしたら、一つ頼まれてくれませんか?」


 サラの申し出に、ラシードが顔を上げた。


「もちろん。私に出来ることならば」

「町の不足物資――これの補填をお願いしたい。対価はもちろんお支払いします」

「喜んで」


 快諾するラシードである。


「代官!」

「へ? はは、はいっ!」


 サラに呼ばれて、代官が我に返った。


「ここ最近の市場いちばの様子を教えて下さい。私は相変わらず出不精なものですから」

「畏まりました!」


 サラの指示を受け、代官が語る。


「お嬢様とジーン様のご活躍以来、町は非常に活気づいております。これはもちろん、お嬢様方が盗賊を退治し、ひいてはドラゴンまで追い払った結果でもあるのですが……」


 言いにくそうに、代官が言葉を切った。


「どうしたのです? 続けてください」

「は、はい。何よりも、ジーン様の執筆された『俺の守護するお嬢様が、こんなに鬼畜なわけはない!』という戯曲が馬鹿売れしたことが原因となって――」

「ストップ!」


 途中で遮ったサラである。


「何ですか、その長ったらしい題名は?」

「え? ご存じなかったのですか?」


 サラの反応に、代官が質問で返した。


「あ、それ私も読みましたよ。面白かったです」


 ラシードが口を挟む。


「この男が一発当てたのは知っています。ですが、書いている内容までは……。よろしければ、内容をお願いできます?」

「は、はい。ですが、その……。大変申し上げにくいことなのですが……」


 サラの要望に、難色を示す代官である。

 代官はチラチラと、ジーンの顔色を窺っていた。

 そんなジーンの顔ときたら、これまた蒼白である。


「ああ、なるほど」


 代官とジーンの反応に、何かを察したサラである。


「命令です。言いなさい」

「は、はいっ! 鬼畜外道なオタク令嬢に振り回される哀れなボディーガードを描いた、痛快スプラッタアクションコメディーです!」

「……ほほう」


 サラが眉をひそめた。


「し、仕方ねーだろ!」


 ジーンが割って入った。


「いいいい、一応は自叙伝風のノンフィクション作品として売ってるんだ。ある程度は、明け透けにする必要があるんだって! それにな、こういうのは話題性が大事なんだ。ちょっとくらいの脚色は仕方ねーよ!」


 捲し立てたジーンである。


「鬼畜云々の下りが、ちょっとの脚色かは置いておいて――」


 サラが続ける。


「まあ、いいでしょう」

「あれ?」


 あっさりと引き下がるサラに、拍子抜けのジーンであった。


「代官、続きを」

「あ、はい」


 サラが代官を促した。


「えーっとですね。ジーン様がお書かきになった戯曲の影響で、この町を訪れる人間が増えております。さすがに物見遊山気分で来る観光客は少ないですが、有名人のいる町から商機を見出そうと、商人が押し掛けるようになりました。そのお陰で、食べ物を始めとして、町の物資は大変潤っております」

「……そんな状況は、長くは続きませんね」

「おっしゃる通りです」


 サラの指摘はもっともである。

 金銭の流通が一方的な上、町には特に見るべきものがない。

 遠からず、商人が去るのは明白である。


「ラシード殿」

「はい」

「私からお願いしたいことなのですが――」


 ラシードに向かって、サラは一つ提案した。


第三節


「サトウキビですか?」


 サラの言葉を受けて、ラシードが聞き返す。


「ええ」


 頷くサラ。


「南方の名産に、キビ砂糖があるでしょう。あれをこの町で大々的に売っていただきたい」

「それは別に構いませんが……」


 サラの依頼に、首を傾げるラシードである。


 この世界において、甘味の主流はハチミツであった。

 サトウキビから作る砂糖は、主に王侯貴族の嗜好品である。

 その流通ルートに食い込めれば、町としてはいいことづくめである。


「もちろん、そちらにもメリットはあります」


 言って、サラが続けた。


「当町においては、キビ砂糖を南部商業者組合ユニオンの専売とする。いかがですか?」

「ほほう……」


 サラの提案に、ラシードがほくそ笑んだ。


「ついでにサトウキビの作付けも行っていただきたい」

「作付けですか? それはちょっと……」

「あれ? ひょっとして門外不出ですか?」

「いえいえ、そういう訳ではありません。ただ、南方以外で育つかどうかの保証が……」

「ああ、それなら大丈夫です」

「と言いますと?」

「私が魔物学者だとはご存じでしょうが――」


 渋るラシードを、サラが説き伏せていく。


「通常植物についても、ある程度造詣が深いのですよ」

「ほほう」


 感心するラシードを置いて、サラが続けた。


「先ほど貴方が気にされたのは、作物の生育温度ですね?」

「ええ、その通りです」

「サトウキビはイネ科の植物です。基本的には熱帯で栽培するのが正しい。ですが、温帯以上の気候であれば、実のところ栽培自体は可能なのですよ。アカデミーの文献で、そういう記録を見たことがあります」

「なるほど。ただ、問題は――」

「収穫量ですね」


 ラシードの台詞に、サラが被せた。


「……その通りです」


 ラシードが肯定した。


「この場合気にするべきは、むしろ土壌と肥料なのですよ。この辺りの土は水はけが良く、ついでに多孔質です。サトウキビ栽培に非常に適している。少し茎が細くなるかもしれませんが、十分に採算は採れると思いますよ」

「……もう一つだけ、問題があります」

「魔物のことですね」

「はい」


 ラシードの懸念である。

 サラの提案が上手くいけば、町を足掛かりに王国へ砂糖を持ち込める。

 これは南部商業者組合ユニオンにとって、大きな旨味であった。

 だがしかし、この場合、南方から町へ行くだけでも、外界を突っ切らねばならない。

 そのため、南方と王国本土を行き来するには、わざわざ人界を迂回するのが定石であった。

 道中に他国や蛮族の領域があっても、その方が安全で確実なのである。


「斡旋所を通じて、護衛のハンターを付けるよう取り計りましょう」

「……」

 

 サラに説き伏せられ、ラシードが黙り込んだ。


「いかがでしょう? もちろん、これも南部商業者組合ユニオンの独占・主導で構いませんよ」


「もっとも税は払っていただきますが」と付け加えて、サラが締めくくった。


「素晴らしい!」


 ラシードが顔を上げた。


「噂通りの慧眼をお持ちのようだ! いやはや、これしきの対価で非礼が許されるなら、安いものでしょう。このラシード、町のために一肌脱ぎましょう」

「ありがたい」


 サラとラシードの間で、握手が交わされた。

次回も同じ曜日、同じ時間に更新です。

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