第六話 論戦と帰結(前編)
◇◇◇◇
「お待たせしました」
サラが言って、席に座った。
「よいしょっと……」
サラに続いて、ジーンも腰を下ろす。
もっとも、少し椅子を引いて、長机との間隔を作ったジーンである。
何かあれば、即座に動ける心構えである。
「いえいえ」
ジーンの思惑を知ってか知らずでか、ラシードは笑みを絶やさない。
「こちらの見解をお話する前に――」
サラが切り出した。
「どのように伝え聞いていらっしゃるのか、お聞きしたい」
サラの要求である。
「それもそうですね」
水を継ぎ足しながら、ラシードが答えた。
「君、お話して」
「へ、へい。ですが……」
ラシードが促すも、中年男は言い淀む。
「どうかされました……」
聞きながら、察したサラである。
原因はジーンであった。
ジーンは腕組みをして、睨みを効かせているのである。
滲み出る殺気は本物で、部屋が底冷えしそうな威圧であった。
「ちっ!」
サラが舌打ちをして、ジーンの足を蹴った。
「いてっ!」と言って、ジーンが殺気を消した。
「申し訳ありません」
頭を下げるサラ。
「躾のなっていない飼い犬で、お恥ずかしい」
「おいおい、飼い犬はひでーなー」
「徒弟制度の弟子なんて、犬も同じでしょうに」
「いくら何でも犬って……。え? 俺、まだお前の弟子なの?」
喧々諤々のサラとジーンである。
「ハハハハ!」
突然、ラシードが吹き出した。
「いやはや、これは失敬」
居住まいを正したラシードである。
「こんなところで寸劇を見られるとは思わなかったもので」
ラシードが言って、「面白かったですよ」と付け加えた。
「……恐れ入ります」
「寸劇じゃねーよ」
サラが恐縮して、ジーンが不貞腐れた。
「それにしても、羨ましい限りです」
ラシードが切り出す。
「何がでしょう?」
サラが聞いた。
「ジーン殿の武威ですよ。まるで心臓を鷲掴みにされた気分でした」
そう言う割に、涼しい顔のラシードである。
「……ラシード殿も、武芸を嗜まれるのか?」
聞いたのはジーンである。
普段はフランクなジーンでも、ちゃんと畏まった口調で話せるのであった。
「ええ、片手剣術を少々……。もっとも、ジーン殿には及ぶべくもありませんが」
半月刀の柄頭をトントンと叩きながら、ラシードが答えた。
「貴殿なら、もっと高みを目指せそうだが?」
「ああ、羨ましいって、そういう意味じゃないですよ」
ジーンの振りに、ラシードが首を横に振った。
「強い護衛がいて、サラ様が羨ましいと申したのです」
「ああ、そういう事」
「ですが、男として生まれたからには、強くありたいのも事実。後学のため、この間の武勇伝をお聞かせ願えますか?」
「うん、あれはな――」
ジーンが答えかけた直後である。
サラがジーンの太腿を抓った。
「……いっ!」
声にならない、ジーンである。
◇◇◇◇
「お前何する――」
「ちょっと耳を貸しなさい!」
抗議しかけたジーンの耳を、サラが引っ張った。
「貴方、何自分から白状しているのですか?」
「……あっ!」
サラが耳打ちして、ジーンが得心した。
「あっぶね~な。誘導尋問ってやつか」
冷や汗をかきながら、ジーンがラシードを睨んだ。
もっとも、当のラシードはニコニコと笑顔を絶やさない。
「……貴方が迂闊なだけです」
サラが呆れて、居住まいを正した。
「えー……、ゴホン。ラシード殿――」
咳ばらいをして、サラが続ける。
「我々をお疑いになるのは結構ですが、まず証拠をお見せ願いたい。そこの彼から、話を聞くはずでは?」
サラが言って、中年男に視線を向けた。
「それもそうですね」
「で、でも、あの……」
納得するラシードに対して、あくまで躊躇する中年男である。
「大丈夫ですよ」
言ったのはサラである。
「何があっても、ジーンには手出しをさせません。こちらから貴方に危害をかけないことは、この私が保証しましょう」
「……わ、分かりやした」
「貴方、お名前は?」
「ジルと言いやす。姓はありやせん」
「そうですか。それでは、ジルさん。何を見たのか話してください」
「へい」
サラに促され、中年男もといジルは目撃談を語っていった。
「いえね、あっしは斥候なんでさ」
「斥候?」
「ええ」
「ということは、単独行動が多いとか?」
ジルが言って、サラが聞く。
斥候とは、軍隊で言う偵察役である。
この場合は、道中の安全を確認する水先案内人を指す。
「へい。あれは、二週間ほど前のことでした」
肯定して、ジルが続けた。
「ちょうど昼を回った頃です。いつものように、あっしは仲間より先に行っておりました。安全を確認したので合流しようと引き返したところ、そ、その……、そちらの旦那が、仲間と揉めているところを見た次第でして……」
ジーンに怯えつつ、ジルが語った。
「……なるほど。辻褄は合ってますね。ですが――」
腕を組んで、サラが続ける。
「客観的な証拠が無い。それだけですと、貴方たちの妄言とも言えます」
「ああ、状況証拠ならありますよ」
サラの反論に、ラシードが返した。
その時である。
「ただいま戻りました」
脇にファイルを抱えて、代官が入って来た。
◇◇◇◇
「えっと、あの……」
「ああ、丁度よかった」
狼狽える代官に向かって、ラシードが手招きした。
「それ、出入管理記録ですよね」
「は、はい」
「見せてください」
「え?」
ラシードの要求に、代官は目を点にする。
…――…――…――…
出入管理記録とは、町へ出入りする人間の記録簿である。
そこには人物の氏名や特徴、そして出入りした時刻が、詳細に記載されていた。
…――…――…――…
「お、お嬢様」
サラに目配せする代官であった。
出入管理記録は、あくまで公文書である。
他領の要人とは言え、簡単に見せていい物ではない。
「構いませんよ。お見せしなさい」
「か、畏まりました。どうぞ」
代官がラシードにファイルを手渡した。
「ありがとう。どれどれ……」
ラシードがファイルを物色する。
「あった。これですよ」
ラシードが指さす箇所には、ジルと商人一行、そしてジーンの名前が書かれていた。
もちろん、全て時系列順である。
「これはどういうことでしょう?」
聞きながら、ラシードが続ける。
「まるで彼らを付け狙うかのように、ジーン殿が出かけておられますね。何か理由でもあったのでしょうか?」
ニコニコ顔のラシードであった。
「えっとだな――」
返答に詰まるジーン。
「ああ、それはですね」
ジーンの代わりに、サラが答えた。
「ジーンに言伝を頼んだのですよ」
「言伝?」
「ええ」
「それはまた、どういった内容で?」
あくまで食い下がるラシードに、涼しい顔のサラである。
「欲しい物が無かったので、追加の注文をお願いしたのです。猟のため、飛竜の毒が必要になったので……。町の武器屋には在庫が無かったものですから。ちなみに、武器屋を訪ねれば分かることですよ」
もちろん、サラの言い分はでっち上げである。
今思いついたことを、適当に喋っているにすぎない。
とは言え、事実を交えているので、咄嗟の嘘としては上等である。
完璧な反証ではないものの、ラシードを煙に巻く程度にはなる。
だがしかし、問題はジーンである。
「そうだそうだ!」
サラの巻き返しに、ジーンが調子づいてしまった。
「もっとちゃんとした証拠を出せよなー。大体、斥候って言うけど、あんな死食鬼だらけの所に、どうやって隠れてたんだよ」
「うん?」
ジーンの発言に、ラシードの目が光った。
「何故、死食鬼がいたと知っているのです?」
「あっ!」
ラシードに聞かれて、失言に気付いたジーン。
「あ、えーっと、そのだな――」
「それはですね」
しどろもどろのジーンに代わって、サラが答える。
「あの辺りは死食鬼の群生地だと、前もって私が教えていたからです」
「そう、それ!」
サラの機転に、ジーンが合わせた。
だがしかし、そんなジーンの額は汗まみれであった。
それもそのはず、サラが尻を抓っているのである。
「……まあ、いいでしょう」
ラシードが矛を収めた。
「それで、どうなのですか? ジル君」
「へ?」
「ジーン殿の質問ですよ。答えて差し上げなさい」
「わ、分かりやした!」
ラシードが振って、ジルが続けた。
「ス、斥候は隠形だけは得意なんです。生半可な魔物には気付かれやせん」
「……なるほど」
ジルの言い分に、サラが納得した。
重い沈黙が部屋を支配した。
そのまま両陣営が睨み合って、三分ほど経った頃である。
「私から提案があるのですが」
ラシードが沈黙を破った。
「このまま王政府にかけあって、裁判で白黒つけるのも一つの手でしょう。ですが、私としては、そんな面倒ごと本意ではありません。ここは一つ、補償としてささやかなお願いを聞いていただければ、全てを不問にしたいのですが」
「……私たちが良くても、そこのジルさんはどうなのです? いえ、もちろん、私たちは何もしていませんけどね」
「実のところ、ジル君も留飲を下げているのですよ。ね?」
会話の途中で、再びジルに振るラシードである。
「へい。あっしらも、こんな危なっかしい家業です。他人様の剣にかかって死ぬのも、覚悟しておりやしたから――」
「おい、ちょっと待て」
ジルの台詞に、ジーンが割って入った。
「何時誰が剣を使ったんだ?」
ジーンの面目躍如である。




